非情な勇者はただ観測する

@syake1728

ディスグランド

プロローグ あと5メートル

 世の中というのは上手くいかないように作られている。金も女も学力も顔も。何もかも全てにおいて生まれ持ったものに左右されるのだ。それが俺の行き着いた結論なんだ。その点俺はラッキーだった。この世で生きる術については誰よりもよく理解している。何があっても、それがどれだけ非情であっても。それを乗り越えられる心が備わっていた。


 幼い頃から自分が何をするべきかを把握し、友達、彼女、家族まで切り捨てた。この世界に改良を施し、より住みやすい世界を作り上げた。素晴らしい事だ。


 ______だが、もう疲れた。もう、いい。


 だから今日は自分の家でもないマンションに来ている。正攻法でマンションに入ることは出来ないが、マンションに入っていった人と着いていけば入れる。汚い手だけどこれが最善だ。


 エレベーターに乗り込み、最上階である14階でおりる。手すりから辺りを見渡すと、暗闇が幾千の白光に照らされている。とても綺麗だ。最期なんだから、目に焼き付けておかないとな。


 手すりの反対側へ体を乗り上げる。そして、手すりの反対側に残っている僅かな足場に立つ。


「さようなら、現世」


 一言を残して顔と足のポジションが逆になる。顔にそれなりの風圧を受け、周りの景色がめぐるめぐる変わって行くのがわかる。このスピードは正直怖い。


 ______やっと終わる。


 この世に性を受けてたったの25年。機械的に暮らした25年で様々な偉業を成し遂げることはできたが、特にそれに意味は見いだせない。こんな所でも、俺は非情なんだ。


 頭部と地面の間が15メートルになるといったところだろうか。あと5秒もあればこの世界とお別れだ。そして俺はそれに対して全くの悔いがない。とても、清々しかった。だが、その時だった。


「………逸材」


「確かに、この人は唯一無二の天才ですね」


「お前ならできるのかもしれない」


「…は?」


 景色が変わらない。風圧がない。なにより死んでいない。恐る恐る声のした方向に顔を向けると、そこには3人の羽が生えた少女が浮かんでいた。


 かたや緑髪の少女、かたや赤髪の少女、かたや青髪の少女。綺麗な長髪を携えた彼女らは、髪色が揃っていたら誰が誰かわからないだろうと思ったほどに顔立ちが同じだった。


「お前、世界救うのに興味ある?」


 口の悪い青髪の少女が質問する。


「いや、この世界はもう飽きた。しかも既に沢山救った。楽にさせてくれ。」


「ああ、違います。この世界ではなく、異世界ディスグランドでさ。」


 敬語を使う赤髪の少女はとんでもないことを言い出した。


「やっぱあるのか…存在自体はあると提唱されていたからな。まああったらあったでやっぱ驚くなあ…」


「ちょっと考えさせてくれ」


 異世界とは言うのは、どれ程のデメリットが生じるだろうか。痛みを感じることは勿論あるだろうし、さっきのこの子達言葉から、きっと辛い世界になるとも予想できる。文化や言語の違いも考慮しなければ。でも折角の異世界、この機会を無駄にするのはたとえ死を覚悟しているとしても勿体ない。しかも、どうせ死のうとしてたって考えたら別にデメリットが幾つあろうが大丈夫か。


 ______うーん。だが、行くのならば楽しみたい。


 あ、そうだ。これはできるのか?


「えっと…極力戦闘はしたくないから前衛を務めないことと、君らからナビゲーターを紹介して付いてきてくれるっていうのはどうだ?」


 彼女達は顔を見合せ、頷く。


「いいだろう。ナビゲーター役はルナに任せる。一番合っているしな。ただ、あくまでナビゲーター。ナビゲーター以上の事は出来ないからな?」


「ああ、わかった。ていうか、君らの中からやってくれるのか…」


 ならナビゲーター以上の事もやろうとすればできるのか…そうすりゃいいのに…


「ええ、それが1番適切ですね」


「………頑張る」


 え、緑髪の子………ルナが案内するんだ…意外だな。


「………失礼だ」


 …!ごめんなさい…


「………よろしい」


 ああ、確かにこれはナビゲーター向きだな。すげえな、異世界っていうのは。ただこいつはつまり…


「じゃあ、早速行きましょう」


「え、もう行くのか?」


「ルナが行くんだったら現地でルナに説明してもらった方が圧倒的に早いです。というかこの時間停止の結界自体に制限時間がありますので…」


 …?ならルナが行かなかいんだったら説明はどうしたんだ?


「………天才め」ボソッ


「?今何か言ったか?」


「………」プイッ


 俺の発言を無視して、3人の少女は未だ逆さまの俺の周りで何かの詠唱を始める。この世のものでは無い言葉で詠唱をする少女達を見て、悲しくもこう思った。


(俺も、そっち側が良かったよ)


 そう心の中で呟いた瞬間、俺の周りには光が発生し、俺の意識が無くなる直前………


「………っ!!!」


何者かが、丁度視界の正面だった青髪の少女の心臓を刃物で貫いたのを俺は見逃さなかった。

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