第28話 一流の職人

 いきなり地面殴ってビックリさせる作戦、大・成・功!

 

 驚きから、構えを解いたスカウトマンへと拳を叩き込もうとした瞬間、パティシエの叫び声が聞こえた。


「師匠ぉおおおおっ!」


 師匠⋯⋯だと?

 その言葉に、俺は咄嗟に拳を止めようとした。


 だがもう──止まらない。

 そのまま相手の腕に、俺の拳が当たる。


 攻撃をガードしようと交差した両腕、その両方を叩き折った感触があった。

 スカウトマンは地面スレスレを滑空するように吹き飛びながらも、空中で器用に体勢を変え、建物の壁に着地するかのごとく、足から激突した。

 だが、それで勢いは止まらず、足が砕ける音とともに、そのまま背中を壁に打ちつけ、滑り落ちるように地面に臥した。

 

「⋯⋯うっ、くっ」


 当然立ち上がったり出来ない様子だが⋯⋯辛うじて生きているようだ。


 ⋯⋯。


 やべーやべー。

 殺しちまうところだった。


 いきなり地面殴ってビックリさせる作戦があまりにも上手く行ったせいで、本気で殴りそうになった。

 殺しちまったら、パティシエを説得して貰う約束もパァだ。

 ガードによるクッションと、奴の大道芸じみた壁への着地、そして何よりも、俺に本気で殴るのを躊躇らわせた、あの叫び声。

 そのどれか、一つでも欠けていたら奴は死んでいただろう。

 そう⋯⋯あのパティシエは聞き捨てならない言葉を叫んだ。


『師匠』


 と。


 なんとあのスカウトマンは、女パティシエの師匠。

 そこから導きだされる、当然の結論──。


 あの男も菓子職人だ、ということだ。

 じゃあ何故、菓子職人がこんなに強いのか?

 普通なら繋がらないその問いに、俺は答えを持っている。


 ⋯⋯一流だからだろう。


 職人は体力勝負、きっとそう考えて身体を鍛えているのだ。

 何事にも手を抜かない、そんな菓子作りの信念が、自己の鍛錬にも波及している⋯⋯ということなのではないか?


 そう考える理由は、俺は同様の人物をよく知っているからだ。


 ──魔王様。


 魔王様は一流の魔法使いでありつつも、一流の魔導具職人だ。

 俺が知る限り、魔法使いだからといって、全員が魔導具を作れるわけではない。

 魔王様の魔導具作りには妥協がない。

 他人から見れば十分な効果を持つ魔導具でも、自分が望む効果に達していなければ破棄する、そんな事例を何度も見てきた。


 なんか壺にこだわる職人が、失敗作は割る、みたいなの本で読んだし、一流の職人ってのは妥協ができない生き物なのだ。



 一流の職人は、得意分野に限らず、常に妥協知らずで自己研鑽を怠らないって事だ。


 つまり魔王様は、魔法が得意で、ついでに魔導具を作っているのではなく⋯⋯。


 一流の魔導具職人が、ついでに魔法を極めているのだ!


 ⋯⋯知らんけど。

 まあ、今度聞いてみよう、忘れてなければ。


 まあつまりこの男は⋯⋯尊敬に値する職人、ということ。


 恐らく奴は王宮で、デザートの責任者でもやってるのだろう。

 そして、街にいる弟子に「お前も王宮で働かないか?」みたいな感じであのパティシエを呼びに来た、ってことだろうな。

 そこに俺がやってきた。

 そして、俺が弟子を預けるに足る人物かどうか、見極めようとしたのだろう。


 ⋯⋯なぜそれが殴り合いなのか、そこまではわからんが。

 まあ、俺はパティシエじゃないからな。



 そんな相手にやり過ぎたなと感じ、怪我の具合を見ようと俺がオッサンへと近寄ると⋯⋯。


 パティシエが、俺の前に立ちふさがった。

 そのまま両手を広げ、俺の進路を塞いだ。


「こ、これ以上、師匠には何もさせません!」


 ⋯⋯?

 もちろん、何もする気はない。


「ああ、勝負は着いた。俺の勝ちだ」


「本当⋯⋯ですか?」


「ああ」


「信用、できません」


 うーん。

 魔族嫌いが徹底してるな。

 仕方ない、俺じゃだめそうだな。


「ロクサーヌ!」


 俺は振り向いて、ロクサーヌへと声をかけた。


「は、はい」


「すまないが、あのオッサンに治癒魔法をかけてやってくれ」


「え、でも⋯⋯良いの?」


「ああ、良いんだ」


「⋯⋯うん、わかった」


 ロクサーヌは左手を胸に添え、右手の人差し指と中指を立てて、手のひらを上に向けた形で前に突き出した。

 オッサンの身体が光ると、バキバキに折れた腕と足が元に戻る。

 オッサンは驚いたように、自分自身の身体を見ていた。


「えっ、この距離で、あの怪我を無詠唱⋯⋯嘘でしょ?」


 パティシエが驚いている。

 うーん、俺は怪我をしないから治癒魔法を受けた事がないからわからんが、どうやら凄いらしい。

 ここは乗っかっておこう。


「ははは、凄いだろ」


「⋯⋯流石に部下も一流、ってこと⋯⋯ですか?」


「いや」


「⋯⋯?」


「部下じゃない、頼りになる友人だ」


「⋯⋯友人」


「ああ。できればお前とも友人になりたいものだ。すぐには難しいかもしれんが」


「⋯⋯そう、ですか」


 友人になれれば、流石にケーキくらい食わしてくれるだろう。

 そう思って言ってみたが、よくわからん反応だな。

 グイグイ行き過ぎたか?

 俺がパティシエと話していると、師匠と呼ばれた男が立ち上がって側に来た。


「完敗だ。約束は守る⋯⋯といっても、アンタの為に働くかどうかは、彼女の意志だ。説得はするが⋯⋯無理強いはできん」


 ⋯⋯。

 まあ、そうだよな。

 それに、彼女の態度を見るに、俺の為に働くってのはハードルが高そうに思える。

 

 こういう時は、保留にした方が良い。

 変に結論を出すと、それに引っ張られるんだよな。

 そこで、俺はこの男が師匠だと知ってから、考えていた事を聞いた。


「お前は師として、彼女に持てる技術を全て伝えた、と思うか?」


「⋯⋯いや。まだまだひよっこだ」


「そうか」


 いや、あんな凄いケーキ作るのに、ひよっこ扱いとか。

 コイツの菓子作り、奥が深過ぎだろ。

 じゃあ、全部伝えたらどんな凄いケーキが出来上がるんだよ。

 俺からすれば、あのケーキでも充分だ。

 でも、彼女が王宮で師の下で働き、腕を上げれば、もっと美味いケーキが食えるのかも知れない⋯⋯。


 ⋯⋯食べたい。


 どうせ、今、俺の専属にしようとしても断られるに決まってる、なら⋯⋯。


「ならば、説得する必要はない」


「⋯⋯なんだと?」


「その代わり⋯⋯師として、持てる技術、心構え、全てを伝えろ。俺の下で働く、働かない、その話は⋯⋯それからとしよう」


 時間を置けば、彼女の魔族嫌いにも変化が起こるかも知れないし、ここは結論を先送り、が正しい判断!


 俺の提案に、おっさんは暫し驚いた顔をしたが、やがて神妙に頷きながら言った。


「⋯⋯わかった、俺が伝えうる全てを、彼女に伝える。約束しよう」


「頼んだぞ」


 俺はオッサンから、パティシエへと視線を移した。


「また会いに来る」


「⋯⋯はい」


 うーん。

 何か、凄い緊張してるっポイな。

 ⋯⋯ま、師匠と殴り合いするような奴、警戒して当然か⋯⋯まあ、相手の提案だったんだけどな。


「お前は俺が魔族だって事が気になるようだが」


 俺の問いに、パティシエは首を振った。


「あ、いえ、そういう訳では⋯⋯いえ、気にしてました、確かに。でも今は⋯⋯」


「そうか」


「はい」


「⋯⋯」


「⋯⋯」


 か、会話が続かない。

 魔族とかじゃなく、俺自体がダメって事か?

 なら、やっぱり時間を置くべきだな。


 二人をそれぞれ見ながら、俺は最後に言った。


「では、俺はこれで帰る。⋯⋯そうだ、彼女が腕を上げたら⋯⋯この国の王も交えて茶会でもしよう。おおっぴらには難しいかも知れんが」


「⋯⋯わかった、そう伝えよう」


「頼む。ではな」


 ふっふっふ、やっぱりスイーツ談議ができる友人は多い方が良いからな。

 きっと王もそう思っているはず。

 王が魔族と茶会なんて周りがうるさいだろうから、しばらくしたら、こっそり会いに行ってやろう。


 ──と。


「あ、あの!」


 去ろうとした所を、パティシエに呼び止められた。


「ん、なんだ?」


「なぜ、私なのですか?」


「なぜ、お前か?」


「はい」


 そりゃ、お前が作るケーキが好きだから⋯⋯。


 いや、そんなありきたりな言葉では、ダメだ。

 出来る男なら、ケーキへの感想ひとつ取っても詩的でなければな。


「お前は俺に、新たな呪いをかけた」


「の、呪い!?」


 あ、出だしミスったか!?

 いや、押し切れ!


「その呪いは、新たな欲望でもあり、甘美な思い出でもある。思い出すだけでも俺に幸せな気持ちと、足りない物を想起させる⋯⋯」


「⋯⋯」


 やっべ。

 何いってんのコイツ? みたいな目してるぅううう。

 押し切るの無理、全力撤退!


「この先は、また次に会うまでの、宿題だ」


「わかりました。あの⋯⋯」


「ん?」


「頑張ります、私」


 パティシエはそう言ったあと、出会って初めて笑顔を見せた。

 うん。

 自分でも何言ってるか分からなかったぐらいだ、そりゃ、可笑しいよな。

 ま、笑って貰えたなら良かろう。

 これで少しはわだかまりが消えてくれるなら、御の字だ。


「ああ、そうしてくれ」

 


 ちょっと恥ずかしいので、俺はそそくさと立ち去った。

 





 ──その後、少年の探していた薬を購入し、俺は王都を辞した。

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