第27話 大地を穿(うが)つ

 当初ベイドラントは、王都に現れた男が魔王であるという話に半信半疑だった。


 魔王がリューガス大陸で暗躍しているなどと、馬鹿げた話だ、と。

 

 王から魔王へと対処する許可を得て、最初に行ったのは情報収集だった。

 実際に魔王と相対した衛兵達からの聞き取り調査によって判明した、魔王の戦い方は──意外なものだった。


 衛兵を掴み、放り投げる。

 素早く近付き、骨を砕く。


 それによってわかったのは、魔王を僭称するウォーケンなる男は、魔法だけではなく格闘においても強敵だ、ということだ。

 いや、もしかしたら自分同様、近接戦闘と魔法を併用した戦闘スタイルなのかもしれない。

 とはいえ、ベイドラントが長年の修行によって身に付けた『裏九十九式』を超える近接魔法戦闘技術というのは想像できない。



 むしろ魔王が格闘にも自信を持っているなら、駆け引きによって接近戦に持ち込める可能性がある、と判断した。

 その後街中での目撃情報を元に、ベイドラントは魔王を追跡した。

 そして最初にその姿を見た時──ベイドラントは恐怖に身を震わせた。

 安請け合いしてしまった、と。

 後悔こそしないものの、己の認識が甘かった事を悟り、気を引き締め直した。


 敵地のど真ん中であるにも拘わらず、まるで自らのサロンに居るかのように、優雅に茶を嗜む魔王。


 一目で、尋常ならざる相手だと気が付かされた。

 そう、魔王にとって王都に出向いて来ることなど、茶会の延長線、その程度の行為でしかないのだろう。


 過去の大魔王ウォーケン。


 その伝説から、今回王都に現れた男も、魔法を以て敵に当たる、と思い込んでいた。


 違う。


 もちろん、魔法にも長けているのだろう。

 だが、目の前の男は、圧倒的な武を身に宿している。

 袖や首元から覗く僅かな肉体が、鍛え抜いたという言葉では足りないほどの暴虐さを孕んでいた。


 相手には気取られない程度に、チラリとリリシュナを盗み見る。

 実際に魔王を目の当たりにした為か、放心したような表情だ。

 無理もない。

 が、自分まで飲まれる訳にはいかない。

 ベイドラントは無理やり笑みを浮かべ、男に話し掛けた。

 強者の余裕か、魔王はあっさりとベイドラントの提案を受け入れ、素直についてきた。

 そして語られた、魔王の野望──いや、夢想。

 リリシュナを配下に勧誘するという意外な提案。

 そしてその言葉に込められたメッセージは、多くを語らずとも、あまりにも明確だった。


 ──人間、魔族、その両者が平等に、手を取り合える世界にしたい。


 そのために、本来魔族の一番の仇敵である、勇者を手を結ぶという、その発想と度量、そして実際にそのためにここまでやってきた行動力。


 そして何よりも、その発言が、この男こそが間違いなく魔王だと証明している。


 勇者と手を組む。

 そんなこと、一介の魔族はもちろん、暗黒大陸の魔族の高官であっても独断で決められる事ではないだろう。


 そんな決断が出来る存在──それは、魔王その人としか考えられない。



 圧倒的な力を持っていたと伝わる、過去の大魔王ウォーケンでさえ、人間を支配することはあれど、魔族と同様に扱うことなど無かった。


 つまり、過去の大魔王ウォーケン以上の将器、深い懐⋯⋯。


 しかも、だ。

 リリシュナがここにいる、ということまで調べているのだ。

 当然の事ながら、魔王はベイドラントの事も把握しているだろう。

 だというのに、ベイドラントの土俵である近接戦闘への誘いにあっさりと応じて来た。

 その事に意気を感じ、当初ベイドラントはせめてもの誠意として、表九十九式にて魔王と戦うつもりだった。


 九十九式には、『表』と『裏』がある。


 共通するのは、九十九の防御の『型』がある、ということ。

 『表』の場合、どの型を選ぶかはベイドラントの選択だ。

 相手の攻撃に対し、九十九の中から最適な防御手段を選び、相手の攻撃を去(い)なしつつ、崩し、攻撃する。

 

 対して、『裏』は。

 魔王の踏み込み、その速度を見た瞬間、『表』では対処不可だとすぐにわかった。

 あまりの速度に、思考を挟み込む余地はない。

 『裏』は無詠唱魔法。

 ベイドラントは即座に表と裏を切り替えた。


 『裏九十九式』は自動防御。


 魔法によって張られた不可視の結界が、ベイドラントがこれまで経てきた膨大な戦闘経験を参照し、最適な型を自動で選択し、相手の攻撃を防ぎ、崩す。

 その際に、失われるはずの相手の攻撃、その威力を我が物とし、追撃時に魔力へと変換し、相手に返す。


 つまり、相手が強ければ強いほど、返す攻撃の威力は高まる──技の名は『報拳ほうけん』。


 崩しからの投げが決まり、次の報拳が当たる事を確信した、が。

 完全に崩れた状態であったにも拘わらず、魔王は攻撃を躱した。

 魔王の代わりに地面を捉えた報拳、その威力に驚く。

 魔王は無造作に拳を突き出しただけだった。

 なのに、返しの攻撃によって地面が炸裂したのだ。

 恐ろしい威力だ⋯⋯ベイドラントには──寿命に限りのある人間には、どのような修練を積もうとも、生涯到達不可能な領域の威力を秘めた拳。

 その後の攻防を経て、魔王は言った。


「お前は魔法を使うんだな?」


 一流の武道家は、一流の役者でなければならない、というのがベイドラントの流儀だ。

 だから動揺は表に出さない。

 出す訳にはいかない。


 どんなに相手の攻撃によって心が折れそうな時も、それを表に出すようでは、勝利を掴めない。

 どんな一撃を喰らっても、笑っていなければならない。


「コイツには、俺の攻撃は効かないのか?」


 と、疑心暗鬼にさせなければならない⋯⋯。


 実際は心臓を鷲掴みにされたような心持ちで、笑みを浮かべた。


「ああ。魔法抜きでかかって来て欲しい、とは言ったが、俺は使わない、なんて言った覚えはねぇな」


 言いながらも、何故バレたのか? と理由を探す。

 『裏九十九式』を知るものは、ベイドラントの他にいない。

 弟子であるリリシュナにも伝えてない奥義だ。


 過去、実戦で使用したのは二人。

 そのどちらも、もうこの世にはいない。

 戦いには目撃者もいない。


 対戦相手以外に人が居る場で、使用するのは今回が初めてだ。

 だからこれが『魔法』だとバレるはずは⋯⋯。


 そこまで思考が進んだ時に──気付く。


『魔王は相手の魔法を盗む』 


 盗むということは、我が物に出来る、ということだ。

 我が物に出来るということは、魔法の内容を理解できる、ということ。


 魔王はこの魔法を破る事に自信を覗かせた。


『裏九十九式』の弱点⋯⋯持続力。


 一度発動すれば、ベイドラントの魔力が尽きるまで『裏モード』になる。

 途中で解除できない。


 魔力が尽きるまでの時間は、およそ五分。

 そして九十九式は表も、裏も、防御の型。

 迎撃型の能力だ。


 だからといって、先ほど見た魔王の身体能力を考えれば、こちらからの攻撃は通用しないだろう。


 そう、魔王はただ待てば良い。

 ベイドラントが力尽き、無力になる、その時間を──。


 魔王はここで殺さなければならない。

 ベイドラントが今回行ったのは、利敵行為だ。


 タダでさえ強い、この魔王が。

 今回は魔法を使わない、とは言っているが、もし、今後リリシュナがこの男と戦う際に、裏九十九式を使ったら?


 自分がここで殺さなければ、魔王は──戦う程に強くなる!


 ベイドラントの予想を裏切り、魔王が動いた。

 もしかしたら、念のためにベイドラントの技を再度、観察するためなのかもしれない。

 だとしたら、これは──最後の勝機!


 ベイドラントは、『報拳』を一点型から、次は拡散型に切り替える事にした。


 一点型なら相手の攻撃、その威力を拳や蹴りに乗せ、叩き込む。


 拡散型は初の実戦導入だ。

 これまでは崩しが決まりさえすれば、一点型でも外すことなど無かった、ゆえに使う必要などなかった。


 拡散型は、奪った相手の攻撃力、その威力を周囲に放つ。


 魔法は範囲内必中。

 ゆえに崩しが決まった相手は躱せない。

 先ほどの魔王の攻撃を考えれば、拡散型でも周辺の景色は変わるだろう。


 範囲内にリリシュナや、魔王の従者、魔族の子も含むが⋯⋯リリシュナならうまく対処するだろう。

 他の二人に恨みはないが、仕方ない。

 拡散された攻撃で、魔王にどれほどのダメージを与えられるのかはわからないが、無傷とはいかないはず。


 ダメージを与えた魔王を、リリシュナと二人掛かりで、殺す。


(これが最後だ、魔王!)


 ──と。

 

 眼前で、魔王の姿が消えた。


(後ろ⋯⋯か!? 無駄だ魔王!)


 仮に背後からの攻撃であっても、『裏九十九式』なら自動的に──。


 いや、ベイドラントは動かない。

 動かないという事は、攻撃を受けていない。


 直後、足元から振動が伝わって来た。

 足元を見る。


 魔王は背後に移動などしていなかった。

 ベイドラントの眼前で、ただ──目にも止まらぬ速さで、しゃがみ込んだのだ。


 そして、拳を地面に叩き込んでいる。

 ベイドラントが立っていた場所、足の下、踏みしめていた大地が──消失していた。


 ベイドラントは、自らの負けを悟った。



 魔王の攻撃により生まれた空間。

 その隙間を──ベイドラントは落下する。


 それは一秒にも満たない時間。


 『型』とは──体捌きだ。


 全身の動きが、一連となっていなければならない。

 足捌きを奪われてしまえば、型は使えない。

 つまり、自動防御も発動しない。


「師匠ぉおおおおっ!」


 リリシュナの絶叫が聞こえた。

 当てずっぽうで、ベイドラントは腕を、身体の前で交差した。

 武術でも何でもない、恐怖に怯える人間の、本能的な所作。





 その中心に──魔王の拳が叩き込まれた。

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