第26話 九十九式
オッサンのあとを付いて行きながら、この男を観察していた。
訓練──いや、修練を積んだ者の歩き方だ。
歩幅が一定だし、体幹もかなり鍛えられているのだろう、身体の軸もぶれない。
つまり、身体能力を押し付けるように戦う俺とは違い、魔将軍筆頭のグルゲニカのように、たゆまぬ努力により得た、技の術理にて敵を倒す──戦いの技術を修めし者。
只者ではない。
では、何故そんな奴が俺に声を掛けてきたのか?
──俺はこの男の事に、心当たりがある。
俺がここに来るまでの状況を踏まえれば、この予想は間違いないだろう、いや、外れようがない。
⋯⋯厳しい戦いになることは必至だ。
それはオラシオンとの遣り取り。
この国の王も、甘い物が好き。
なので俺と王は、同じパティシエを雇おうとしているライバル。
つまりこのオッサンは、国王からパティシエ獲得を託された、王宮の高官⋯⋯。
間違いないだろう。
つまり、丁度パティシエの店で、王が遣わしたヘッドハンティングの担当者とバッティングしたということだ。
つまり今、パティシエ争奪戦に向けて俺たちは歩んでいる、ということだ。
オッサンに連れてこられたのは、店に来る前に通った広場だった。
「ここら辺で良いか」
先導していたオッサンは歩みを止めて振り返った。
相手が用件を話す前に、俺の方から話かけた。
「大変だな、国王の使いっパシリってのも。色々気を使いそうだ」
俺の言葉に、オッサンは苦笑いを浮かべた。
「随分とあっさり切り込んでくるな。だが『まあな』と返事する訳にもいかねぇな。あくまでもこれは、一介の浪人拳士が勝手にやってるって事にしてもらわねぇと」
ふん、なるほど。
パティシエ捜しに執心する王、そんな噂はマズいって事か。
自分がケーキを食いたいなんて事に部下を使うのは、公私混同だもんな。
「んで、改めて聞くが⋯⋯コイツに何の用だ?」
オッサンがパティシエを親指で示しながら聞いてくる。
とぼけやがって⋯⋯まあ良いだろう。
駆け引き開戦、ということだ。
このオッサンと俺の間での──パティシエ争奪戦に向けての、駆け引きが。
なら俺は──直球勝負で行く!
「俺のために働いて貰いたい」
俺がストレートに告げると⋯⋯。
オッサンとパティシエは一瞬、ポカンとした表情を浮かべたが、次にオッサンは笑い出し、パティシエは怒りに声を上げた。
「わ、私が魔族の為に働くわけ無いでしょう!? 何を考えてるんです!」
うわ、やっぱり。
オラシオンが言うように、このパティシエは魔族排斥派なのだ。
じゃあ、どうやって説得すれば⋯⋯。
ふと、俺に同行している二人を見る。
ロクサーヌは何か緊張しているように見えるし、子供はオロオロと、所在なさげにしている。
⋯⋯そうだな。
交渉決裂、じゃあ帰ります。
⋯⋯なんて情けない姿を二人に見せる訳にはいかない。
「別に、魔族の為に働いて貰いたいってわけでも無いんだがな。⋯⋯この子には、この街で会ったんだが」
俺の言葉に、パティシエは眉をひそめながら聞いて来た。
「⋯⋯それが?」
「この街の衛兵に殺される寸前まで痛めつけられてたよ。衛兵は言ってたな『処置が面倒だからやり過ぎるな』と。奴らは自分の子がそんな扱いされたらどう思うんだろうな?」
「⋯⋯」
「母親の薬を求めて、この街に来たそうだ。お前たちも知っているように、魔族の、こんな少年がここに来るのは命懸けだ。だが、少年はそれでも来た。別に人に害をなそうとした訳でもなく、自分の大事な者を守りたい、その一心で」
「⋯⋯」
「さっき、あの店で一緒にケーキを食べたんだがな、こんな旨いものが存在するのか、と感動してたよ」
「⋯⋯それで?」
「子が、親を思い、旨い物を食えば、一時の幸せに浸れる。魔族と人⋯⋯何が違う?」
「そ、それは⋯⋯」
「お前なら、魔族だ、人だ、そんな事を区別せず、どちらも幸せにする事が出来る⋯⋯その力がある、と俺は信じている。お前のその手は、これから先、何を作り出す為にある? 魔族だ、人だ、そんな事にこだわるのは、視野が狭いのではないか? お前には、魔族や人なんて区別せず、皆を笑顔にして欲しい。その為にも俺の元で働いて欲しい。俺が来た目的は⋯⋯それだけだ」
我ながら良いこと言った!
これは響くだろう。
なんせ、あそこまでケーキ造りにこだわっているのだ、それは絶対に自己満足なんかじゃない。
『食べる人を一時でも幸せな気持ちにしたい』
あのケーキからは、そんな想い、哲学を感じる。
でなければ、あえて見栄えが劣る黄色のクリームではなく、コストも安く、手に入りやすい白いクリームを使うはず。
単なる商売人ではなく、人の為になる職人を目指す。
そんな生き様すら感じ取れるケーキだ。
だから、その気持ちを刺激すれば、心が傾くだろう!
実際は、俺の為にケーキ作ってくれりゃあ、あとは何でも良いんだけどな!
──と。
パチパチパチパチパチパチ。
スカウトのオッサンが拍手した。
「いやあ、中々の御高説だ。なるほどなるほど。盗賊団を壊滅させたのも、その信念ってことか」
⋯⋯?
盗賊団? 何言ってんだコイツ。
盗賊なんて、団子屋のおばちゃんに材料届ける時くらいしか遭ってないが。
俺の戸惑いをよそに、オッサンは拍手を止め、指を一本立てながら言った。
「こうしよう、俺とアンタで勝負しないか? もしアンタが勝ったら、アンタの下で働くように俺からも彼女を説得する」
「ちょ、勝手な事言わないでください!」
抗議するパティシエを無視しながら、スカウトマンは続けた。
「ここは男らしく、二人で殴り合いといかねぇか?」
「殴り合い?」
「ああ、できれば魔法抜きでかかってきて貰えるとありがたいんだがな」
「ふむ。じゃあ、そうするか」
「⋯⋯へぇ? 受けるのか、意外だ」
「話が早い方が良いからな、仕方ない」
相手の提案に、あまり気乗りしない感じで答えながらも、俺は内心でほくそ笑んだ。
魔法抜きで殴り合い?
アホか、そんなのは俺にとっては約束された勝利だ。
パティシエ争奪戦は、どうやら俺の勝利のようだ。
「じゃあ⋯⋯始めるか」
それまでニヤついた表情が多かったスカウトマンが表情を引き締め、構えた。
⋯⋯変な構えだ。
両手をダラリと下げ、手のひらをこちらに向け、足は前後に軽く交差している。
俺は武術の知識なんて持ち合わせていないが、それにしても動きにくそうだが。
まあ、良い。
さて。
説得してもらう、という前提を考えれば、殴り殺す訳にもいかないな。
適当にぶん殴って、勝負を決めるか。
俺は無造作に踏み込み、相手の胸のあたりへと拳を突き出した。
それなりの力は込めたが、相手もそこそこやるようだし、まさか死にはしないだろう。
──と。
オッサンの左手が跳ねるように持ち上がり、人差し指と中指のみを軽く立て、俺の手首あたりに触れた。
瞬間、俺が攻撃に込めた力が抜け、身体のバランスが崩された。
そのままオッサンは左手を開き、俺の手を掴み、捻った。
バランスが崩れた俺はなすすべなく、背中から地面に倒され⋯⋯。
オッサンはそのまま俺の顔面へと拳を叩き込んでくる。
まあ、食らったところで俺には⋯⋯。
背中に、ゾワリと。
悪寒が走った。
俺は身体のバネ、背中の筋力を駆使し、強引に横に転がり、拳を避ける。
俺の顔面があったあたりにオッサンの拳は突き刺さり、地面が爆裂したように
攻撃の隙を突くため、俺は地面に転がりながら、身体を片手で支えながら、オッサンの顔面に蹴りを放った。
オッサンは拳を素早く地面から引き抜き、先ほどの構えに戻っていた。
今度は右手の甲で俺の足首あたりに触れた。
俺はまたバランスを崩し、地面に転がされた。
今度はオッサンが俺を踏みつけようとしてくる。
再度転がり、その攻撃も避けた。
やや距離を取り、起き上がる。
オッサンは更なる追撃をすることなく、先ほどの構えに戻った。
⋯⋯ったく。
今の攻防、そして俺に走った悪寒。
間違いない。
俺は確信を込めて言った。
「お前は魔法を使うんだな?」
俺の言葉に⋯⋯。
オッサンは悪戯を咎められ、その上で開き直る子供のような笑みを浮かべた。
「ああ。魔法抜きでかかって来て欲しい、とは言ったが、俺は使わない、なんて言った覚えはねぇな」
「そうだな」
「どうする? 諦めるか?」
「いや、殴り合いを続けよう。俺がどうせ勝つからな」
「⋯⋯へぇ。この『九十九式』を飛び道具や魔法無しで破った奴はいねぇが⋯⋯楽しみだ」
オッサンは自分の構えに対する自信をのぞかせた。
──そう、あれは魔法。
あの妙な構えが
簡単に勝つ方法なら、いくらでもあるだろう。
例えば、そこらへんの建物でも引っこ抜いて、ぶん投げれば楽勝で倒せるだろうが⋯⋯そんな野暮な真似はしない。
そんな勝ち方は、俺の矜持が許さない。
魔法使いだろうとなんだろうと。
俺の手が届く範囲で。
俺より強い奴など存在してはならないのだ。
「お前は直接俺がぶん殴って、格の違いをわからせてやろう」
俺の言葉に、オッサンは不敵な笑みで応えた。
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