第25話 解呪の儀
「旦那様は優しすぎるよ!」
石材の使用率が高く、華やかさよりは堅牢さを感じさせる王都の街中を歩く中、ロクサーヌから呆れ顔で注意された。
その隣で、衛兵にボコボコにされていた少年は、俺とロクサーヌそれぞれを視線で往復させながら、居心地悪そうにしていた。
少年の怪我は、既にロクサーヌの魔法で治癒されている。
しかし俺を叱る彼女の剣幕に怯えているのか、顔色は青いままだ。
「優しい? 俺が?」
そんなつもり全然無いんだけどな。
「魔族がトラブルに遭ってるところを見かけても、全てを救おうなんて⋯⋯無茶だよ!」
「ああ、そうだな」
そりゃ無茶だな、そもそもそんな事する気ないし。
その辺を勘違いされると面倒なので、きっちり説明しておかないとな。
「あれはこの坊主を助けた訳じゃない。あの衛兵が、弱っちいくせに俺の提案を蹴ったのが気に食わなかっただけだ」
「もう。私の時もそうだったけど⋯⋯照れ隠しにまたそういう下手な言い訳を⋯⋯」
ええー⋯⋯。
正直に言っただけなのに、聞く耳を持って貰えない⋯⋯。
「いや、本当⋯⋯」
「あー、はいはい、わかりました。別に優しさじゃなく、気に食わなかったから。旦那様の言うとおり!」
不機嫌そうにロクサーヌは話をまとめたが、その後、少し黙ったあとで、急に表情を変えて笑顔を浮かべた。
「でも、私は、わかってるから」
⋯⋯情緒不安定かな?
まあ、本人が納得しているなら、いいか。
俺を悪く思ってる感じじゃないし、なら、細かい事など気にしない。
「ところで坊主」
「は、はい!」
「いや、そんな畏まるなって。普通に話せ」
「⋯⋯で、でも、ウォーケン様って、俺の村でも噂になってるし⋯⋯」
噂⋯⋯?
噂になるようなことした覚えも無いが。
まあ、まちがってたら訂正しなけりゃいかんし、聞いてみるか。
「どんな噂だ?」
「えっと、とっても強くて、格好良いって⋯⋯」
⋯⋯妙だな。
噂になるような事はしてないのに、噂の内容はバッチリあってるな。
強くて格好良いなんて、これほど俺にジャストフィットする噂もなかなか無いぞ?
ああ、そうか、オラシオンやマウンの噂のついでだろう、あいつら有名っぽいし。
だが、俺は現在一応極秘任務中だし、あまり噂にされても困るな。
謙遜でもしておくか。
「さっきも言ったように、俺は別にお前を助けようとしたんじゃない。気に食わない奴をぶっ飛ばしただけなんだからな?」
「う、うん⋯⋯」
「なんかお前、かーちゃんの薬がどうとか言ってなかったか?」
「あ、うん、かーちゃん病気で⋯⋯医者の話だと王都にしか売ってない薬が必要だ、って」
「ふーん、大変だな。まあ、お前一人だとまたあの門を抜けるのは無理だろうから、しばらく付いて来い。帰りは送ってやるよ」
ついでとは言え、乗りかかった船って奴だ。
それに⋯⋯。
俺は自分の母に会ったことがない。だからこの坊主の気持ちがわからん。
この坊主としばらく共に過ごせば、人の気持ちを学ぶ機会となるかもしれん。
できる男は学びを忘れないのだ。
ふとロクサーヌに視線を移すと、彼女は満足げに微笑んでいた。
わかってる、とでも言いたげに。
まあ、友人がそう解釈したいなら、あえて否定する事もなかろう。
ロクサーヌの機嫌も治ったようだし、この状況でやることは一つ。
「んじゃ、追っ手が来る様子もないし、三人でスイーツでも食うか」
「⋯⋯えっ?」
ロクサーヌは、なぜか再び呆れ顔になった。
とりあえず王都をしばらく散策し、それらしき店を何軒かはしごした。
最初は何か言いたげだったロクサーヌも、途中からはノリノリでケーキを食った。
ふっ、若い女の機嫌を取るのは、やはりスイーツだな。
魔将軍のひとり爆炎のナターシャも、俺が迷惑掛けてもスイーツ渡せばすぐ機嫌治るし。
四店舗目を出たあたりで、俺はロクサーヌへと言った。
「どれもイマイチだな」
「えっ? 美味しかったよー!? ねぇ?」
ロクサーヌが横の少年へと同意を求めた。
少年はケーキ自体初めてだったらしく、そのどれもに感動している様子だったが⋯⋯。
「いや、旨いはうまかったんだが⋯⋯なんか土地柄のせいか、伝統に拘ってるというか、素朴過ぎるな。アレンポートで食ったケーキにはかなわんな」
別に代々伝わるものより、革新的な物の方が優れてる、とは思わんが⋯⋯おばちゃんの団子は旨かったし。
だが、この王都で出されたケーキは、ハッキリ言ってどれもヴェルサリュームでも食えるレベルだ。
──と。
「この匂いは⋯⋯」
俺の鼻が、微かに漂う匂いを捕らえた。
途切れそうなほど微かに、だが確実に香る甘い匂い。
逃すまいと鼻から強く空気を吸い込み、匂いを辿る。
「二人とも、こっちだ」
そのまま二人を従え、狭い路地に入る。
しばらく進んでいると、ロクサーヌがボソッと呟いた。
「なんだか⋯⋯同じところをぐるぐる回っているように錯覚しちゃうね⋯⋯」
狭い路地は分岐も多く、しかも似た道が多い。
通い慣れている人物でもなければ迷いそうだが、俺の嗅覚は目的地に近づいている事を示している。
匂いの発生源は近い。
一度開けた場所を通ったあと、再度路地に入り、進む。
しばらくして、匂いの発生源に辿り着いた。
街の奥、隠れ家のような場所。
見た目は綺麗だが、人通りのない路地裏というこの場所も相まって、その店は寂しげに
「ここだ⋯⋯」
もう、俺は確信していた。
望みの物が、ここにある、と。
店に入ると、曇り一つなく磨かれたガラスのケースの中に、それはあった。
「いらっしゃいませ」
ケースの裏にいた、売り子の女性が声を掛けて来た。
美人だが、やや
まるでこの店の外観を、この女店員に落とし込んだようだ。
「これをくれ」
ケースの中に並ぶケーキの中から、俺は一つを指差した。
「はい。おいくつにしま⋯⋯」
「あるだけ、全部くれ!」
見た目もそうだが、匂いからも間違いない。
これはアレンポートで食った、あのケーキだ。
店は狭かった。
かろうじて一組だけ、店内で食べれるようにテーブルが一組おいてあるだけだ。
女性店員がテーブルにケーキを用意するやいなや、俺はフォークを突き刺し、かぶりついた。
「やっぱり旨い⋯⋯」
長らく口が求めていたものを食した事で、寂しさに震えていた心の隙間を埋めてくれる。
山を下り、俺は人の
旨いものを食うのは幸せだ。
だが、未知の味が既知となり、それが自分にとって好ましければ好ましいほど、食というのは新たな欲求を自分に宿す、正に呪いにも等しい行為。
そう、これはアレンポートでこの身に宿してしまった俺の新たな呪い、その解呪の儀なのだ。
同席してる二人も、それまで以上に夢中で食べていた。
「んー! やっぱり美味しい! 旦那様の勘違いだと思ったけど、これは別格だね!」
「ああ、これに比べたら、王都で食った他のケーキなどカスだ!」
正直見栄えで言えば、他の店の方が旨そうに見える。
他の店で食べたケーキは、クリームが真っ白で綺麗だ。
それに対してこの店のクリームはやや黄色がかっている。
だが、それは痛んでいるのではなく、クリームからは新鮮な味わいとともに深いコクを感じるのだ。
「不思議だ⋯⋯この黄みがかったクリームの何がこの味わいを生むのだ⋯⋯」
俺の呟きに、女性店員は嬉しそうに言った。
「そこに気が付いて頂けるなんて嬉しいですっ!」
そして、俺の顔面近くまで顔を寄せ、興奮したように言った。
「実は、普通の牛ではなく水牛の乳を使用しているんです!」
「す、水牛?」
近い近い。
近いぞ。
「はい。水牛の乳は脂肪分が多いので、それでクリームを作ると深いコクが生まれます。さらに、飼料ではなく牧草で水牛を育てると、より脂肪分が多くなり、味わいが深くなります!」
「な、なるほどな」
「ただ、牧草で育てた水牛の乳は、少し黄色くなるんです。見た目は白いクリームの方が美味しそうに見えますが、味わいでは比べ物になりません!」
「へっ、へぇ⋯⋯」
何だろう。
さっきまで幸薄そうな地味美人だったのに、狂信者のように瞳を輝かせ、こだわりを語っている。
まあ、このくらいじゃないと、ケーキ屋の店員なんて務まらない⋯⋯のか?
「このお店が開店してから、そこに気がついた人は初めてです! ⋯⋯って、そもそも、なぜかお客さん殆ど来ないですけど⋯⋯ここなら繁盛間違いなし! って話だったのに⋯⋯」
いや、場所だろ。
場所が悪いわ。
完全に騙されてるな、この店。
だが、パティシエを引き抜くなら、順風満帆な店より潰れそうな店の方が都合が良いな、黙っとこう。
場所の話には触れず、ケーキの話に戻すか。
「うーん。その知識だけでも、わざわざアレンポートから来た甲斐があるってもんだ」
「えっ!? アレンポートから!?」
「ああ。前にアレンポートで食ったケーキが忘れられなくてな。閉店して残念に思っていたんだ」
「そうですか⋯⋯」
「ああ。それで、できればこのケーキを作る職人を、俺の専属として雇いたいと思ってるんだがな」
「そうなんですか! ⋯⋯あっ、ちょ、ちょっとお待ちを!」
女性店員はそういうと、店の奥へと姿を消した。
もしかしたら、このケーキを作ったパティシエを呼びに行ってくれたのかも知れない。
そう思ってしばらく待っていると⋯⋯。
入り口から、一組の男女が店に入ってきた。
オッサンと若い女だ。
オッサンは少しニヤニヤと笑みを浮かべ、女の方は緊張しているように見えた。
二人はそのまま俺の側まで来ると、オッサンの方が俺に話しかけてきた。
「よお、その外見⋯⋯アンタで間違いないな? コイツを捜しに王都に来たってのは」
オッサンは親指で、後ろにいた若い女を差し示した。
ということは⋯⋯。
この女が⋯⋯あのケーキを作ったパティシエ、ということか。
さっきの女店員が、外出していたパティシエをわざわざ呼んできてくれた、という事だろう。
⋯⋯なんでこのオッサンがしゃしゃり出てくるのかはわからんが。
「ああ、そうだ」
俺が肯定するとオッサンは頷き、店の外を指差した。
「ここだと問題がある。ちょっとそこの広場まで同行願えないか?」
⋯⋯なるほど。
確かにパティシエを引き抜く話なんて、店にとっては損失。
ここではマズいのだろう。
⋯⋯なんでこのオッサンが仕切ってるのかわからんが。
「わかった」
俺は立ち上がり、オッサンに付いて行く事にした。
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