第24話 緊急会議

 魔王ウォーケン、王都襲来。



 報せを聞いた宰相が、配下へと最初に指示したのは箝口令だった。

 魔王が王都にやって来たなどと市中に流布すれば、どれほどの混乱を生むか予想出来ない。


 それでも、その報は瞬く間に宮中を駆け巡った。

 まだ城下にこそ広まってはいないが、それも時間の問題だろう。

 急ぎ事態に当たるため、緊急対策会議が開かれる事になった。

 宰相は急ぎ部下がまとめた報告書を手に、会議へと向かう。


 参加可能な重臣は王を含めすべて出席。

 総数40人以上、という異例の事態だ。


「陛下。まずは会議の前に、私から現状を皆へとお話させて頂きます」


 宰相の言葉に、王は頷く。

 許可を得た宰相は、資料を見ながら話を始めた。


「まずは⋯⋯昨今、巷で噂されている『ウォーケン』なる人物が、本当に魔王なのかどうか。ここは議論が分かれる所です」


 噂の出始めは二年前。

 最初の目撃情報は羊飼いからもたらされたという。


「古(いにしえ)の竜王と見紛う程のドラゴンを使役し、王国に襲来したと言われています。その後アレンポートにて暗躍した、とも、東部の国では突如として戦場に現れ、融和派が多数を占める国を支援し、敵対国の兵士を蹴散らし、戦の趨勢を変えた、などという噂もあります、ただ⋯⋯」


 資料の次のページには、参加者に伝えるべきか迷った出来事が記されている。

 だが、情報に偏りを出さない為にも、宰相は資料の続きを読んだ。


「その地域で長らく猛威を振るっていた盗賊団を、単身壊滅させた、との情報も。これにより、その周辺の地域では、この者を英雄視する向きもあるとか」


 宰相の言葉に会場がざわめく。

 なぜ魔王がそんな事をするのか不明だからだ。


 資料はこの時点で殆ど読み終えていた。

 あまりにも情報が少ない。


 そもそも魔王が治める地域を『国』として認めないのが人類側の言い分。

 その為、一部の密輸業者を除けば暗黒大陸とは没交渉であり、情報が殆ど入ってこない。


 つまり人類側には『暗黒大陸は、どうやら魔王と呼ばれる者が治めている』というくらいしかわからない。

 諜報員を派遣しようにも、地域の特性を考えれば魔族を派遣するしかない。

 そして普段虐げられている魔族を派遣したところで、どうせまともな情報を寄越さない、だからやるだけ無駄だ、という考えが支配的だ。

 残り少ない資料に目を通しながら宰相は続けた。


「マーラン伯爵の死去により、暗黒大陸遠征における最重要拠点、港町アレンポートは現在、事実上魔王の統制下にあると分析されています。また、現地の主要産業である奴隷売買において、奴隷の待遇向上や教育に尽力しているとのこと。そして王国内に息のかかった奴隷を順次派遣し、情報網を構築している、という噂まであります」


 参加者たちは顔を見合わせた。

 ここにいる人物たちはその身分から、全く奴隷を利用していないものなど少数派だろう。

 家の中でどれほど秘密を保とうとしても、来客や出入りの商人などから察せられる情報も多い。

 本来気を休めるはずの我が家から、王国を窮地に陥れる情報が漏洩するかも知れない⋯⋯参加者からはそんな焦りが伝わってくる。


 アレンポートが存在する旧伯爵領下には代官が赴任したものの、マーランの悪政による影響か周辺の街、村には独立の気運が高まり、激しい抵抗により領地経営は現在破綻している。

 これにより、アレンポートは現在王国の統制を外れている。

 王国内に築かれた橋頭堡が、ジワジワと王国を蝕んでいるのだ。


 その上最近では、奴隷解放や盗賊団壊滅の件で、魔王を地上から差別を無くす為に遣わされた『救世主』だと奉じるような輩まで現れている。


 つまり、や、恐らく、でしかないが、過去最強の魔王と評される「ウォーケン」を名乗る者がおり、それが今代の魔王である可能性が高い、という認識が広まっている。

 王国ではその程度しか把握してない、ということになる。


 ──といった現状を宰相が伝えると、重臣の一人が挙手し、宰相の指名を受けて質問した。


「もし、門を突破したのが、件の人物だとしたら⋯⋯人捜しとの事ですが、その対象は?」


「私でしょう」


 疑問に答えたのは宰相ではない。

 部外者にも拘わらず、王の要請に応えこの場に呼ばれた人物、そのうちの一人。


 リリシュナ=アーデルフェイン。

 次期勇者。


 二年前、勇者認定戦を勝ち抜き、あとは洗礼を待つだけの身だ。


 魔王の目的が洗礼前の勇者なのでは? というのは一部で噂されていた。

 勇者は洗礼により力を得て、人類を率い、魔族との戦いに臨む。


 数百年繰り返してきた『伝統』であり、『事業』でもある。


 歴史上、洗礼が行われる、それは即ち魔族への宣戦布告と同義だ。

 魔族の側から見れば、仇敵が誕生する儀式──それが洗礼。

 その妨害する、または候補者を亡き者にするのが目的と言われれば筋が通っている。


 勇者は本番の洗礼前にも様々な儀式を経る。

 その行程は教団の教皇、儀式を担当する国、次期勇者しか預かり知らない秘事。


 勇者の滞在先も、影武者などを使用し、関係者以外にはわからないようにしている。


 だというのに、魔王を名乗る男は、リリシュナがここにいる、とあっさりと突き止めたということになる。


 誰も口にする事はなかったが、重臣達は皆、一様に危機感を覚えている。


 片や、暗黒大陸の情報が一切取得できない人間側。

 一方、魔王側は奴隷を活かし、リューガス大陸に情報網を構築し、人類の内情を吸い上げている。

 今回の魔王襲撃は、その事実が明確になってしまった、ということだからだ。


 ──つまり。


「魔王がわざわざ人捜し、などと伝えた理由は⋯⋯」


 重臣の一人が呟くと同時に、宰相の脳裏には魔王のメッセージ、その意味が浮かぶ。


「王都を混乱させたくなければ、勇者を差し出せ、という意味でしょうな⋯⋯」


 呟いたのは他の列席者だったが、その後の沈黙が、皆同じ考えに至ったのだと証明していた。

 重苦しい沈黙の中、重臣のひとりが言った。


「取りあえず、騎士団を挙げてウォーケンなる人物を捜索、捕縛、といったところでしょうか?」


 その言葉に、何人かが追従するように頷いた。

 だが、リリシュナの横にいた、もう一人の部外者である中年の男は笑い声を上げた。


「ははははは。相手がもし魔王だとしたら、その悉くは誅殺されましょうな。過去の魔王ウォーケンの伝説は皆様もご存知かと?」


「それは⋯⋯」


 大魔王ウォーケン。

 別名『孤独な覇者』。


 部下が居なかったわけではない。

 ウォーケンに付き従った者達は、どれも一廉の人物だったという。


 だが、ウォーケンはふらりと戦場に一人姿を見せ、万の軍団を相手に恐ろしい魔法を行使し、撃退したと言われている。


 つまり、部下がいようがいまいが変わらない。

 単身であれ、敵にすれば──死。


 それが大魔王ウォーケンの伝説だ。

 宰相含め列席者が、脳内でウォーケン伝説を反芻したのを確認したであろうタイミングで、男は話を続けた。


「もちろん、件の人物も同じだとは限りません。ただ、相手が事を荒立てる気がない、と宣言している現状で、数を頼みに事態に悪化させる事も無いのでは?」

 

「しかし⋯⋯」


「もちろん、言葉を信用し放置しろ、ということではございません。我々がここに滞在したのも何かの縁。よろしければリリシュナと私めが事態に当たりましょう」


「『勇者』と『拳聖』が?」


 宰相の確認に、二人はそれぞれ頭(かぶり)を振る。


「私はまだ『勇者』ではない」


「私が『拳聖』を名乗るに足る実力だったのは、四半世紀も前。今は最盛期(ピーク)を越えたロートルですよ。まあ、まだ接近戦に限れば、横にいるリリシュナにも引けをとらないと自負してますが」


「ご謙遜を。私はまだまだ師匠には遠く及びません」


 宰相は改めて、謙遜に自信を織り交ぜた男の事を心中で確認する。


 拳聖ベイドラント=ルオニバス。

 早すぎた最強。


 二十年前、当時『剣聖』と呼ばれた人物との戦いを素手で制し、『拳聖』の称号を得た。

 年齢ゆえに今回の勇者認定戦を辞退したが、仮に参加すれば間違いなく優勝に絡んだ、とされる男。

 認定戦が二十年前なら、間違いなく勇者に選ばれていたのは、この男だ。


「時代に選ばれなかった私ですが、ここに居合わせたのも何かの縁。一武道家として、魔王に挑むという栄誉を賜れるならば、是非にでも。死したとて一介の浪人拳士が、国とは無関係に勝手な行動をした、とすれば良いでしょう」


 単身乗り込んで来た魔王軍の頭領に、今ニルニアス王国が用意可能な個としての最高戦力を投入する。

 理にかなった提案ではある。

 宰相はチラリと王へと視線を送るが、王はまだ考えあぐねている様子だ。

 そこでベイドラントが次の言葉を発した。


「もし私が倒されたとしても、リリシュナが何とかします」


 ベイドラントの言葉に、リリシュナが眉をひそめた。


「⋯⋯師匠?」


 リリシュナが何か言おうとするのをベイドラントは手で制し、さらに続けた。


「接近戦はともかく、総合力なら彼女に分があります。魔王相手でも何とかするでしょう⋯⋯いえ、彼女に何とかできる程度には消耗させます、私がこれまで重ねてきた武に賭けて」


 ベイドラントが見ているのは宰相ではない。

 王だ。

 王はしばらくベイドラントと視線を交わしたのち、フッと笑みを浮かべた。


「頼む、ベイドラント。余はお前を信じている。二十年前、余との戦いを制したお前を⋯⋯な」


 王の言葉で、魔王ウォーケンへの対応策は決定した。










────────────────




「なんちゅーこと引き受けてるんですかぁあああああっ!」



 用意された控え室に戻ると、リリシュナが叫びながら詰め寄って来た。

 弟子の抗議を受けながら、ベイドラントは言い訳を考える。


「いや、ああでも言わねーと、あのくだらねぇ会議終わんねーだろうが」


「私は嫌ですよ! 魔王と戦うだなんて!」


「あのさぁ⋯⋯お前もうすぐ勇者になるんだぜ?」


「騙された結果ですけどね! 二年前の勇者認定戦も、師匠に『お前じゃどーせオラシオンにかなわねーから、気楽に参加しろ』って言われて参加しただけなんですよ!?」


「いや、だって、あいつが親父(おや)っさん殺して認定戦失格になるとか、わかんねーよそんなもん」


「もおおおおおっ! 健康と出会いの為に武術習ってただけなのに、なんでこうなるんですかぁあああっ!」


「⋯⋯運命?」


「もうやだぁあああっ! 剣の師匠も魔法の師匠も、このオッサンも私をハメてるぅうう! 周りに良い男が現れないいいいっ!」


「オッサンて。まぁ、オッサンだけどよ⋯⋯」


 抗議が愚痴へと変わり、リリシュナが頭を抱えた。


 実際リリシュナは天才だ。

 剣、魔法、武術、それぞれを高いレベルで習得している。

 一つ一つならまだ『極めた』とまではいかないが、総合力という点で見れば各々の師を倒しうる実力は有している。

 だが、戦闘の場に身を置くにはややその性格に難があった。


 彼女が何故剣術や武術、魔法を習ったかと言うと、本人いわく『強い男と出会いたかったから』ということだ。


 動機こそ不純極まりないが、取り組み自体は真面目そのものだ。

 だが、精神が追い着いていない。

 彼女にとって戦いを学ぶのは、理想の男に出会う為の婚活の一種だからだ。

 勇者として魔王と戦う覚悟なんてないのだ。


「あと師匠、ダメですよ」


「ん? 何が?」


「自分が捨て石になって私に繋ぐ的なこと仰ってましたけども」


「ああ」


「死んじゃダメです」


 そして──時々鋭い。

 鋭いのだが。


「ああ。謙遜して言っただけだ。魔王だろうが何だろうが、俺が負けるわけねぇだろ? 最強なんだから」


「えー? 本当に?」


「ったりめーだ。戦場ならともかく、こんな街中なら幾らでも接近戦に持ち込める。相手がどんな魔法巧者でも、殴り合いなら負けねぇよ」


「まあ、師匠の『九十九式』なら、そうですけど⋯⋯私なんてまだ『八式』しか使えないし⋯⋯」


「何度も言ってるだろ? 魔法も剣も使えるお前が、残りの九十一を学ぶ必要ねぇよ。左手が起点となる八式を極めれば十分なんだよ」


「でも、剣も魔法も奪われるかも知れないじゃないですか⋯⋯」


「そん時ゃ、大人しく死んどけ」


「弟子に言うセリフじゃないですよ、もう⋯⋯」


「ま、とにかく魔王は俺が倒す、心配すんな。お前に繋げるなんて殊勝な心構えはねぇから安心しな」


「はーい、わかりましたー」


 鋭いのに、人を信じやすい。

 つまり、騙されやすい。

 だから、彼女が理想の男と結婚するのはまだまだ先だろうな、とベイドラントは思った。


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