第21話 パティシエ捜索

「だ、旦那様⋯⋯申し訳ありません。予約は取れませんでした⋯⋯」


 深刻そうな表情を浮かべ、ロクサーヌが報告してきた。


「ここにいる皆でケーキを食べよう」


 と、彼女には二人で食べた、あの思い出のケーキ屋の予約をお願いしたのだ。

 なのに、予約は取れないときた。

 もう俺は、すっかりあのケーキの口になっていたというのに⋯⋯しかし無理だってことなら仕方ない。

 まあ、ケーキは逃げないし⋯⋯。


「予約不可か。随分と繁盛してるんだな」


「いえ⋯⋯それが、逆で⋯⋯」


「逆?」


「はい。あのお店潰れちゃってました⋯⋯」


 なん⋯⋯だと?

 ケーキ逃げてるじゃねーか。






「ウォーケン様。店が商いを畳んだのは、恐らく奴隷市場の客層が変わった影響だと」


(俺のケーキ、俺のケーキ⋯⋯)


 ケーキの口になっているにも拘わらず、食えない。

 そんな満たされない欲望ゆえ、集中力散漫なまま耳を傾けていたが。

 店が潰れた原因は、オラシオンの考えによると⋯⋯。


 奴隷市場には今、変革の波が押し寄せている。

 その一番の変化は客層だ、ということらしい。


「現状、奴隷市場は我々の統制下にあります。ウォーケン様なら把握されているかと思いますが、顧客として選ぶのは、主に情報収集の価値がある身受け先や、奴隷の労働力無しに立ちゆかない過疎の村などですね」


「ああ、ここに来る前に見てきたぞ」


「御視察頂き、ありがとうございます。奴隷の待遇面には細かな契約を盛り込んであります。契約違反をした場合⋯⋯マウンに動いて貰っています」


 オラシオンが隣のマウンをチラッとみると、マウンが説明を引き継いだ。


「表立って動くわけにはいきませんが、契約違反を犯した顧客には、私が率いる部隊で『痛い目』に合わせてます。その甲斐もあり、顧客には契約を遵守しなければならない、という雰囲気が醸成されております」


 オラシオンはマウンの言葉に賛意を示すように頷くと、再び説明の役に戻った。


「以上から、奴隷市場を訪れる客層はかなり変化しました。情報収集の価値ある人物は身分が高く、そもそも自分で奴隷市場に来たりせず、条件を言い含めた使いを寄越します。また、経済的困窮者は、縋るような思いで、なけなしの金を握ってやってきます。そのせいで、以前のような金持ち向けの高級店は、この街ではなかなか立ち行かなくなってますね」


 つまり、ロクサーヌと一緒にケーキを食ったあの店は高級店で、使い走りの雇われ人や貧乏人だらけになった奴隷市場から撤退した、ということか。


 誰だよ、この街をそんなふうに変えたの⋯⋯あ、オラシオンとマウンの奴か、余計な事しやがって。

 この二人のせいで、俺はあのケーキを食えなくなったってことだ。

 ちょっと皮肉の一つでも言ってやるか。


「まあ、ケーキが食えないのは残念だが、お前たちの手腕が確かだって証明だ。オラシオン、マウン、よくぞまあ、ここまで街を変えてくれたな?」


 俺の皮肉に、オラシオンは軽く微笑みながら静かに頷き、マウンは感激したように


「勿体ないお言葉⋯⋯ありがとうございます!」


 と喜悦を表した。


 やだもー。この子たち、皮肉が通じないー! 俺のケーキ返してー!

 ああ、フワフワスポンジ、たっぷり濃厚クリーム、俺はもう、あれに出会えないのか⋯⋯。


 ⋯⋯まてよ。

 ケーキなんて、大事なのは店じゃない。

 あの団子屋のおばちゃんもそうだが、職人だ。

 あのケーキを作っていた職人、店が潰れたって事はフリーなのでは?

 あの才能を、地に埋もれさせる訳にはいかない。

 今回も多少金は用意したし、俺の専属パティシエとして雇うのも良いな。

 じいやも良く言っていたな。

 えーっと、確か⋯⋯。


「まあ、ケーキ屋の店仕舞いは残念だが、大事なのは箱ではなく、人だ。人をその価値に合わせて招き、正しく遇すれば、勝手に箱は上等な物が出来上がる」


 俺が呟くとオラシオンは頷き、その横に突っ立っていたマウンが感極まったように言った。


「俺もウォーケン様の期待に応えるべく、今まで以上に頑張ります!」


 いや、何いってんのコイツ。

 話聞いてた?

 お前はケーキなんて作れないだろうが。

 期待に応える? 簡単だろうな、期待値ゼロだし。


「適材適所という言葉通り、人には能力に応じた役割を与えるべきだ」


「御言葉、心に刻みます」

 

「はい! 村を守るのもやりがいがありましたが、同胞の事を思えば、以前とは比べ物にならないほど充実しています、嫁や娘にも会えたし、すべてウォーケン様のおかげです!」


 もー。コイツらマジで皮肉が通じないー!

 


 まあ、いいや。

 こんな奴らしばらく放っておいて、俺は俺で、あの店にいたケーキ職人を捜そう。









「ああ、あの店でパティシエしてたお嬢ちゃんなら、故郷の街に帰ったよ。ここでの経験活かして王都で働くってさ。俺みたいな奴にも気さくに話し掛けてくれる、良い子だったよ」


 一週間ほど、あのケーキを出していた店の跡地、その周辺で聞き込みしていると、菓子職人の事を知っている汚いオッサンに出くわした。

 純度100パーセントの浮浪者だ。

 だが、貴重な情報をもたらしてくれる人物であれば、俺は人を立場で差別なんてしない。

 できる男ってのは、相手の身分にはこだわらないのだ。


「そうか、ありがとう」


 ちゃんと礼を述べ、金を渡す。

 金のありがたみがわかる俺に、もう隙はない。


 渡したのはたった一枚の金貨、適正価格だろう。


「こ、こんなに!? あ、ありがとうございます! これで俺もやり直せます!」


 男は俺に何度も頭を下げながら離れていった。



 ⋯⋯。

 あれだけ喜ばれた、つまり、適正価格だな。


 しかし王都か。

 確かここ、アレンポートからは北へ向かうのだったな。


 地図は頭の中にある。

 ここ最近は、ロクサーヌと歯抜けババァの案内所があったところにできた砦チックな建物に滞在していたが、旅立ちの時って奴だな。


 ま、一応アイツ等に別れの挨拶でもしておくか。


 俺が建物に戻ると、オラシオンとマウン、ロクサーヌが駆け寄って来た。


「ウォーケン様! ついに、ついにお捜しの人物の居所が判明しました!」


 マウンの奴が、俺に喜色満面の笑みを浮かべながら報告してきた。

 その言葉に⋯⋯。


 俺の心はジーンと熱くなる。


 コイツ等からすれば、俺は上司。

 奴等は部下。

 あ、ロクサーヌはスイーツ友達だが。


 とはいえ、今までろくに上司や友人として親しく接したわけでもなく、殆ど交流が無かった間柄だ。

 だというのに。


 俺がケーキ職人を捜していると察し、影でその手伝いをしていたなんて⋯⋯。

 なんてイイ奴らだ、上司にせよ友人にせよ冥利に尽きるってもんだ。

 マウン、期待値ゼロなんて思ってすまない、今、4くらい上昇したぞ。


 でも、まあ、もう俺も居所はわかったんだけどな。

 ただ、無駄足だとはいえ、頑張ったことに礼を言っておくか。


「わざわざ済まないな、だが、俺の方でも把握している。王都らしいな」


 俺が言うと、三人は驚いた表情を浮かべた。


「な、なぜそれを、いや、ウォーケン様なら当然か⋯⋯しかしウォーケン様、あなたは一体どのような情報網を⋯⋯」


 ぷっ。

 情報網て。

 マウンの大袈裟な言葉に、俺は思わず笑みが零れ落ちそうになりながら答えた。


「路地裏のオッサンでも知ってるような情報だ」


「路地裏のオッサン⋯⋯とは?」


「マウン、ウォーケン様はこう仰りたいのですよ。ウォーケン様は、この国、いや、この世界の全て、例えちょっとした路地裏であろうとも目を光らせている、見逃しなどしない、と」


「おお、なるほど! 含蓄に富んだ御言葉だな!」


 ⋯⋯いや、そんな事は言ってないが。

 コイツ等すぐ勘違いするな。

 でも、まあ、その方ができる男っぽいし、良いか。


「フッ、まぁどうとでも取るがいい」


 どうとでも取れ、いやー便利な言葉だな。

 これ言っとけば、面倒なやり取りは大抵乗り切れる気さえするな。


「ふふふ、しかしウォーケン様も人が悪い。『彼女』の情報は、王自らが情報を統制するほどの秘事。我々も現在地を知るために人は元より大金を投じたというのに」


 溜め息を吐きながら、オラシオンが愚痴を零す。

 まあ、俺も金貨払ったし、やっぱり情報はタダって訳じゃないんだな。

 しかし、あのケーキを作る職人、この国の王も雇おうとするほどの人物なのか⋯⋯まあ、旨いもんな。

 王も話が合いそうだ。

 スイーツ談義出来そうな人物リストに入れておこう。

 だが、パティシエの雇い入れは、この国との競争ということだ。

 これは急がないとな。


「して⋯⋯ウォーケン様、これからどのように?」


 オラシオンの問いに俺は即答した。


「決まってる、会いに行く。そして⋯⋯可能ならここに連れてくる」


 そう、可能なら俺の専属パティシエとしてここに連れて来て、ケーキを作って貰う。

 そうすれば皆であのケーキを楽しめるってもんだ。


「彼女を、ここに⋯⋯それは、いかにウォーケン様と言えど難しいかと⋯⋯」


 オラシオンが苦虫を噛み潰したような表情で呟く。


「何故だ?」


「ご存知だとは思いますが、彼女は教団の中でも原理主義的派閥に属します。『魔族は排斥する』という信念、その一点で活動しています」

 

 俺も知ってるように、魔族排斥派⋯⋯だと?

 そんな事別に知らないけどな⋯⋯あー! なるほど!


 確か、ロクサーヌとケーキを食いに行ったときも、奴隷にはケーキ出さない、みたいな事言ってたな!

 魔族といえば、この国ではほとんどが奴隷、だから俺が知ってるって事か!

 ほとんど忘れてたわ。

 でも、あの時も俺が店員脅したらあっさり出てきたし、まあ大丈夫だろ。


「大丈夫だ、問題無い」


「ウォーケン様にお考えがあるとするならば、私がこれ以上申し上げる事はありません。私は貴方を信じるのみです」


「ああ、信じろ」


 信じるのはタダだしな。

 裏切られても文句を言わない、それさえ頭にあれば、人を信じるってのは悪いことではない、ってじいやも言ってたし。


「ただ⋯⋯我が儘を言わせて貰えれば、是非ロクサーヌを同行させて頂けませんか? ウォーケン様にとっては足手まといになりかねませんが、彼女にも見聞を広めて欲しくて」


「ロクサーヌを?」


 俺が彼女を見ると、ロクサーヌは期待と不安に瞳を揺らしている⋯⋯ように見えた。


 そうだな。

 パティシエを雇えなかったとしても、一緒にケーキを食うって約束もあるし。

 確かに俺の足の速さからすれば足手まといかも知れんが、連れて行くか。


「わかった、そうしよう。あの店は潰れたが、ケーキを一緒に食う約束は有効だ。目的の人物に会うついでだ、二人で王都の最新スイーツでも食うとしよう」


「あ、ありがとうございます! 旦那様! 楽しみです!」


 ロクサーヌは喜色満面となり、興奮したように叫んだ。


 うむ。

 パティシエ雇い入れ競争には負けるかも知れんが、それならそれで構わない。


 たとえ目的地には遠回りだとしても、だ。

 それが友人を喜ばせる道だとしたら、あえて回り道を行き、共に道草を楽しもう。

 これは出来る男ならば、当然の選択だ。




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