第20話 オッサンの世話を押し付ける

 さて、気絶したオッサンをどうするか。

 それが当面の問題だ。


 俺はオッサンを抱えたまま、街道を進んでいた。


 おっ?


 なんか村がある。

 とりあえず、あそこに行くか。


 少し街道を離れた場所に、その村はあった。

 結構寂れているが⋯⋯なんか、復興中って感じだ。


 俺は道を歩いていた爺さんに話しかけた。


「なあ、じーさん。この村、何て名前だ?」


「ああ、ここはレビーサ村⋯⋯あっ、あなたは!」


 爺さんは俺を見ると、びっくりした表情を浮かべた。


「そのお姿⋯⋯まさか、ウォーケン様では?」


 え?

 なんでこんな村の爺さんが、俺の事を知ってるんだ?


 俺が疑問に思っていると、爺さんが叫んだ。


「おーい! ウォーケン様が、ウォーケン様がおいでなさったぞ!」


 爺さんの呼びかけに、村から人がワラワラと集まってきた。

 見ると、ほとんどジジババだが、数人の若者が混ざっている。


 その若者の中から、ひとりが歩み出てきた。

 若者はそのまま俺に近づき、跪いて顔を上げた。


「そのお姿⋯⋯マウン様から聞いております、ウォーケン様。われらをあの忌々しい船から解放し、新たな生き方を与えてくれた、と」


 ⋯⋯なんの事だ?

 全然身に覚えがない。

 まあ、素直に聞いてみるか。


「さて、何の事だかな」 


「ふふ、あの方に聞いている通りです。そんなご謙遜頂かなくても大丈夫ですよ、我々はわかってますから」


 あ、これダメだ。

 コイツ、あのマウンの奴と同じ目してる。


 綺麗な瞳してるだろう? コイツ完全に誤解してるんだぜ? って感じだ。


 なら、無理に誤解を解かなくて良いか。

 

 俺がそんな事を考えていると、今度は爺さんが俺に近寄ってきて、オッサンを抱えている手と反対の手を握りながら、泣き始めた。


「ワシはこの村の村長です。この村は、マーラン伯爵の悪政によって、滅ぶ寸前じゃったんじゃ」


「そうか」


「はい。若者は無理やり徴兵され、若いおなごは奴の慰み者にされ⋯⋯この村には、老人しか残されていなかったんですじゃ」


「大変だったな」


「ええ、それをアナタ様が、奴隷を安くしてくれたおかげで、なけなしのお金で、何とか働き手を確保できました。もちろん、彼らを奴隷として扱ったりしておらん、新しい家族としてここに迎え入れたつもりじゃ。アナタは村の救世主じゃ、本当に、本当に、ありがとうございます」


 なるほど。

 ジジババは元々の村人、若者はあの船に積まれていた魔族で、奴隷⋯⋯いや、今はこの村の家族って事か。

 だけど、俺のおかげってのがわからん。


「俺のおかげなどと思わなくていいぞ、俺は何もしてないからな。頑張ったのは、あくまでお前たちだろう?」


 だって、奴隷を買う金を用意したのはコイツらだ。

 ふっふっふ、俺は金のありがたみがわかる、違いのわかる男だ。


 俺の言葉に、村人がざわついた。

 


「おお⋯⋯何と謙虚な⋯⋯」


「これが、ウォーケン様⋯⋯正に人の上に立つに相応しいお方⋯⋯」


「やはり排斥派は間違えている⋯⋯この方に会えば、すぐにでもわかるはずだ⋯⋯」

 

「他の村にも伝えないと⋯⋯」


「少し疑っていた、そんな自分が恥ずかしい。やはり人と魔族の融和こそ、大事なことなんだ⋯⋯」


 ⋯⋯何かさらに勘違いが加速した気もするが、まあいいか、本題に入ろう。



「少し、頼みたい事があるんだが」


「はっ、何なりと」


 答える若者の前に、俺は担いでいたオッサンを下ろした。

 すると、村長が叫んだ。


「こっ、こやつは!」


 おっ。

 知っているのか。


 どうやら若者も知っているみたいだ。

 ブルブルと体を震わせている。


 やべー。


 ヤッパリこいつ、融和派とかいうやつの、偉い奴なんだな。

 だから、意識を失ってる姿を見て、こんなに震えるほど焦っているんだろう。


 二人だけではない、村人は次々と言い始めた。


「こいつには、息子が!」


「私は、娘を!」



 へーっ。

 ずいぶん色々な人を世話してやってるんだな。

 さすが魔王様の知り合い。


 俺は若者に聞いてみた。


「コイツは、お前にも色々とやってくれた⋯⋯そうだな?」


 俺の言葉に、若者は頷いた。


「はい。私の父母は以前、コイツの⋯⋯」


「いや、みなまで言わなくていい」


 そこまで興味ないし。


「はっ、失礼しました」


 若者が答えてくる。

 うんうん、素直な奴だ。

 さて、本題に入るとするか。


「コイツの面倒⋯⋯任せても良いな?」


 俺が頼むと、若者は驚きに、少し喜悦を混ぜたような表情を浮かべた。


「よ、よろしいのですか!? 助けて頂いただけでなく、こんな機会まで!」


 ⋯⋯?

 何コイツ、オッサンの世話するのが好きなの?

 あ、そうか。

 だからジジババの村がコイツには合ってるんだろうな。

 俺にはわからん趣味だが、まあ、それも人それぞれか。


「ああ、好きにするが良い」


「はい! ありがとうございます! 何という慈悲深い方なのだ⋯⋯自分でやれば簡単なのに、コイツに対しての我々の気持ちを考え、わざわざここに連れてきてくれた⋯⋯そうですね?」


 いちいち大袈裟な奴⋯⋯。

 もう面倒だし、それで良いよ。

 

「まあ、そういうことにしといてくれていい。その代わり、しっかり面倒見てやってくれ」


 俺の言葉に、若者は心底嬉しそうな笑みを浮かべながら頷いた。


「ええ、しっかりと面倒見てやります。しっかりと⋯⋯ふふふ、楽しみです」


 若者は「覚悟しろよおっさん、この俺がトコトン面倒見てやるぜ」そんな気持ちが伝わってくる、何か仄暗い信念と覚悟を感じさせる表情を浮かべていた。


 ⋯⋯ここまで来ると、何かちょっと怖いな。

 オッサンの面倒見るのに、何か執念すら感じる。


 まあ、良いか。

 しかしこんだけ慕われてる様子を見るに、オッサンは幸せ者だな。

 きっとこの村でも、このあと相当歓迎されるんだろうな。

 良かった良かった。


  




 俺はオッサンを置いて、アレンポートへと向かった。






「ん? この匂いは⋯⋯」 


 アレンポートに到着前、オッサンを預けたのとは別の、街道沿いの村を通りがかった時、甘い匂いが俺の鼻を刺激した。

 そちらに目をやると、こぢんまりとした建物の前に、長椅子が置いてある。

 店の軒先には「茶屋」との表記。


 茶を飲む場所ってことか。


 店からちょっと離れた、開けた場所に数人の男女がいた。

 集まって何やら話しているが、俺は地獄耳だからって、人のプライバシーにまで侵害しない。

 だから聞き耳を立てたりしない。

 

 以前、魔王様がトイレに入っている時に、中の音を聞いたのがバレて、三日三晩の連続魔法地獄を味わったからな。


「お腹の調子悪いんですか?」


 なんて、変な優しさ出して聞かなきゃよかったぜ。


 普段は俺の粗相なんて軽く笑う鷹揚な魔王様も、あの時ばかりはずっと無表情だったからな。


 まるで罰を執行する機械のような責め苦。

 永遠に続くかと思われた気絶のループ。

 もうあんな思いはしたくない。


 男女から視線を店に戻し、メニューがかかれた木板を眺める。

 

 茶。

 団子。


 シンプルだ。


「ふーん、スイーツも置いているみたいだな」


 ふふふ、こういう小さな店に思わぬ名品があったりするものだ。

 まぁ、そんな経験ないけどな。


 店の中を覗くと店員が待機していた。

 おばちゃんだ。


「おーい」


「はいはい、何にしましょう」


「団子と茶をくれ」


「はい、銀貨一枚です」


 ふっふっふ。

 実は前回の訪問の時、オラシオンに渡したのは黄金の袋だけ。

 金貨と銀貨は少量だが確保してある。

 できる男は備えも万全。


 俺は銀貨を払い、茶と団子を受け取る。

 茶を啜り、団子を口にした。


 うむ、シンプルだが、素材の旨味が生きている。

 どうしても色々足したくなる菓子作りにおいて、あえて余計な味を足さない勇気。

 あのおばちゃん、ああ見えてなかなかの職人と見た。

 なんせ俺は数百年、素材しか味わうことがなかった男。

 この判定は間違いないだろう。


「どうですか? お口にあいますでしょうか」

 

 おばちゃんが俺に評価を求めて来た。


「ああ、うまい。素材の味が生きている。色々な味を足すのも職人の腕だろうが、できるだけシンプルに作るのも職人の腕。つまり、職人の腕が良い⋯⋯」


「あ! すみません! タレを付け忘れてました!」


「そうだろうと思った」


 おばちゃんが団子を一旦下げた。

 正直、もう一味足りないな、とは感じていた。

 なんせ俺は数百年、素材しか味わって無かったせいで、物足りなさには敏感だ。


 団子を待っている間暇なので、茶を啜りながら男女の集まりを再度見る。


 なんか盛り上がってるな。


 プライバシー? 知るかそんなもの。

 俺は見たい物を見て、聞きたい音を聞く。

 耳を傾けた瞬間、聞こえて来たのは⋯⋯。


 

「では、天が遣わした我らが救世主、魔王ウォーケン様に祈りを!」


 ぶっ。

 茶を吹いた。


 救世主?

 ウォーケン?


 どういうことだ?


「お待たせしました、ごめんなさいね」


 おばちゃんがタレ付き団子をもって戻ってきた。

 良いタイミングだ。


「なあ、アイツらは何をやってるんだ?」


「ああ。私は最近東国からここに来て、ここに店を出したばかりだから詳しくは知らないんだけどねぇ、なんか魔王ウォーケンを信仰する人がいるみたいですよ」


 あー、なるほど。

 過去存在したって最強の大魔王、ウォーケンを信仰してるのか。


 同じ名前だから焦ったわ。

 俺、魔王じゃないし。


「なんかすごい人みたいですよ。強いのに、とっても優しいんだとか」


「ふーん?」


 俺が聞いた魔王ウォーケンとはちょっと評判が違うが⋯⋯まあ、信仰ってのは人の目を曇らせるって言うもんな、そんな捉え方する奴も出てくるのだろう。


 まあしかし、俺もいつか信仰の対象になるような男になりたいもんだ。


 せめて魔将軍筆頭くらいにはならんとな。


 とりあえず団子と茶を平らげる。


 味はまあまあだったな。

 絶品! とまではいかないが、まあまあ。

 まあ、所詮はおばちゃんがやってる小さい店ってことか。


「ごめんなさいね、まあまあだったでしょ?」


「ん、まあ、そうだな」


 わかっとんのかい。


「どうしても材料がねぇ。材料さえあれば、絶品団子を食べさせてあげられるんだけどね」


 ふーん、絶品団子⋯⋯。

 食いたいな。


「それは旨いのか?」


「まあ、東国では、おかげさまで毎日列ができてたねぇ。でも、いっぱい作んなきゃいけないから大変で、この辺でこぢんまりやろうと思って移ってきたのさ」


 なるほど。

 これは食わない訳にはいかないな。


「材料はどこで手に入るんだ?」











「うまっ! 団子うまっ!」


 数週間後。

 俺はおばちゃんの故郷まで材料を調達しに走り、おばちゃんに団子を作って貰った。


 盗賊に絡まれたり、人間同士の戦争、その戦場を突っ切ったりと道中色々あったが⋯⋯まあ、些事だ。

 

 邪魔する奴は全員ぶっ飛ばした。

 幸いな事に、盗賊や戦場で出会った奴らに魔法使いはいなかったしな。

 俺の旨いもの食べたいという欲求は、奴らごときには止められないぜ、はっはっは。

 団子をムシャムシャ食っていると、おばちゃんが首を傾げながら言った。


「普通の人だと、数ヶ月から数年かかるんだけどねぇ?」


「俺は足が速いからな」


「そんな問題じゃない距離のはずだけどね、しかもこんなにいっぱい荷物抱えて⋯⋯数年分はあるよ、本当にお代は良いのかい?」


「ああ。そのかわり俺が来たときは、タダで団子作ってくれ」


「お安いご用だよ」


 黄金の粒一つで買えるだけの材料を持って来た。

 防腐用の魔法もかけてもらったし、しばらくもつだろう。


 団子用の材料が足りなくなれば、俺がまた調達してもいい、そう思えるくらい旨い。


 茶と団子。

 素晴らしい組み合わせだ。


 それぞれ単体でも旨い。

 組み合わせるともっと旨い。


 何よりこの団子だ。

 今回はタレ無しだ。


 おそらくあのタレを付けていたのは、素材がイマイチだったからだろう。

 東国から用意した材料だと、どうやらタレに頼る必要もないみたいだ。


 素材の味がそのまま生きている、シンプルながら奥深い味わい⋯⋯。


「あ、ごめんなさいね、またタレ付け忘れて!」


「そうだろうと思った」


 タレ付きは、これはもう格別に旨かった。

 おそらくタレも、材料で製造の工程が変わるのだろう。

 団子だけでなく、タレも俺のおかげでバージョンアップ。


 良い事をした。


 そんな事を考えていると、おばちゃんが茶のおかわりを持って来てくれた。


「タレの材料は、この辺でも良いのがあるから、ここに店を出したんだけどね。やっぱり団子そのものは、材料次第だねぇ」


「ほう、ではタレは⋯⋯」


「食べてわかるだろうけど、前と同じだよ」


 うむ、そういう事だ。


 しかし、団子も良かったがケーキが食いたくなった。

 俺は今度こそ、アレンポートに向かった。

 

 


 






「あれ⋯⋯こんなだっけ?」


 奴隷市場の入り口。

 あのロクサーヌと婆さんがいた、ボロい案内所があった場所についた俺は、少し困惑した。


 やたらデカい建物に変わっていた。

 砦を小さくしたような造りだ。


 恐らく数十人が中で活動できるだろう。


 中に入ってみると⋯⋯。

 何人かの職員? ぽい奴らの中から、ゴツい男が俺に気がつき、走り寄って来た。


「ウォ、ウォウォウォウォーケン様!」


 確かコイツは⋯⋯ああ、この匂いはマウンだったか。

 ふふふ、俺は犬並の嗅覚で、匂いで人を識別できるのだ。


「なんだマウン、俺の名を忘れたのか? 俺は『ウォウォウォウォーケン』ではなく、ウォーケンだ」


「わ、わかってますよ!」


「もちろん、こっちも冗談だ」


「あっ! そう言えば聞きましたよ! ウォーケン様のおかげで、同胞の無念が晴らされた、と!」


「そうなのか?」


「はい。名前を口に出すのも憚られる男⋯⋯わかりますよね?」


 名前を口に出すのも憚られる⋯⋯。

 あ、あのオッサンかな?


 そうか、オッサンは魔王様の工作員みたいなもんだからな、名前をあまり口にしない方が良いって事だろう。


「もちろんわかるぞ、その辺の事情は」


「我々の気持ちを汲んでいただき、ありがとうございます。奴はあのあと、色々な村をたらい回しにされ、まあその、『歓迎』されてですね」


「そうか」


「ええ。ウォーケン様がお優しいのは十分理解しておりますが、それでも逆らう者には容赦しない⋯⋯そうですよね?」


「ああ、そうだな」


「その辺が周りにも伝わるように、奴をトコトン利用して、キッチリやっておいた、と報告がありました。具体的には、まず、治癒魔法を使える術者を同行させ、ナイフをそれぞれの村の、村人の数だけ用意して⋯⋯」


「いや、そういうのは良い、任せる」


「はい、失礼しました」


 要はあれだ、ワイロじゃないけど、奴を連れまわして、色々な村で歓迎して、色々な噂を流させた、って事だろ?


 まず治癒魔法で奴を治療して、んで、ご馳走を用意して、村人全員でナイフを使って料理を切り分けた、とかだろ?

 そんな事報告されても困るわ。


 でも、まあ。

 接待が、上手く行ったのかくらいは聞いとくか。


「奴は感謝してたか?」


「ええ。『やっと終わらせてくれるのか、ありがとう』って言ってたらしいです」


 ははは、バカだなマウンは。

 それはあまりにも歓迎しすぎて、逆にうんざりされてるだよ、皮肉って奴だ。


 それを指摘しようとすると⋯⋯建物のドアが開いた。


 タイミング悪いな、まあ、接待のアドバイスは今度⋯⋯って、俺も詳しくないから良いか、忘れよう。


 入口から、なかなかお似合いの美男美女が中へと入ってくる。

 ひとりはオラシオン、もうひとりは⋯⋯。


「ウォーケン様! ご無沙汰してます!」


 美女が嬉しそうに俺に駆け寄ってきた。

 この匂いは⋯⋯間違いない。


「ロクサーヌか? 見違えたな」


 二年経ち、ロクサーヌはなかなかの美女になっていた。


「ありがとうございます。⋯⋯その、ウォーケン様、これ、どうですかね?」


 髪の毛をいじいじしながら聞いてきた。


「ああ、似合ってる。思った通りだ」


「ほ、本当ですか! 嬉しいです!」


 しかし、なぁ。

 ちょっと引っかかる事がある。

 それを指摘しようとすると、オラシオンが話しかけてきた。


「ロクサーヌは頑張りましたよ。ここ二年で魔法、それなりの体術、そして何よりウォーケン様のサポートができる程度には、様々な知識を叩き込んであります」


「ふーん」


「何より彼女は魔法の天才のようで。かなりのレベルで無詠唱魔法を⋯⋯といっても、当然ウォーケン様から見ればまだまだ拙いレベルでしょうが」


「ほう、見せてみろ。じゃあマウンにかけろ」


「えぇ!? 俺ですか!?」


「わかりました、いきますよー、えいっ!」


 おっ。

 なかなかの固有行動ユニークアクション速度だ。

 魔王様より、ちょっと遅いってレベルだ。

 魔王軍の中でも、恐らく魔将軍クラスだろう。

 といっても俺は魔法を使えないので、俺以外の、ということになるが。


「あたたたたたっ! し、痺れる!」


 リアクションを見るに、おそらく、魔王様が俺に罰を与える時によく使う極小雷撃プチサンダーのようだ。

 しかし、マウンは情けないな。


「その程度で叫ぶな、見苦しい」


 俺なんか叫ばないよ?

 気絶するからな。


 ロクサーヌは魔法を止めたあと、俺に聞いて来た。


「ウォーケン様、どうでしょうか? 私の魔法は」


「なかなかのもんだ。しかし上には上がいる、それを忘れるなよ」


 魔王様とかな。


「はい!」


「でも、頑張ったのはわかった、偉いぞ!」


「⋯⋯はい! はい! ありがとうございます、ウォーケン様!」


 ロクサーヌは俺が褒めると、興奮したように喜んでいる。


 それ自体は、俺も嬉しい。

 だが⋯⋯ウォーケン様、か。


「ロクサーヌ」


「? 何でしょうか、ウォーケン様」


「それをやめろ」


「それ、とは?」


 俺の指摘に、ロクサーヌは困惑した様子で表情を曇らせた。


「その、ウォーケン様っての、やめろ」


「しかし⋯⋯オラシオン様にキツく命じられてます、部下としての節度を持て、と」


「お前がいつから俺の部下になった?」


「⋯⋯えっ?」


 ロクサーヌは何か傷ついたような表情になった。

 アホか。

 傷ついたのは、俺だ。

 俺はオラシオンを睨みつけた。


「お前か? ロクサーヌに変なこと吹き込んで、俺の部下みたいに扱ったのは?」


「は、その、申し訳ありません⋯⋯」


 オラシオンは冷や汗を流し、マウンは少しオロオロしている。


 周りの職員達も手を止め、建物の中に緊張感が走ったのを感じる。


 全く。

 これだけいて、誰も、俺の気持ちを理解してない。


 勝手に部下みたいに振る舞いやがって。

 とはいえ、ロクサーヌもまだまだ若造。

 その辺の、人の心の機微を察しろというのも酷な話だ。


 こっちが折れてやるしかないか。


 俺は笑顔を浮かべながら、ロクサーヌの肩に手をおいて諭した。


「俺とお前は、スイーツ友達だろ? 友人だ。勝手に部下になるんじゃない。俺はお前に『旦那』って呼ばれるのが好きなんだ」


 こっちに来て、初めてできた友人が、いきなりよそよそしくなってたら寂しいわ。


 そんな事もわからんのか、こいつ等は。


「⋯⋯そうでしたね、大変失礼しました」


 オラシオンは少し笑顔になり、頭を下げた。

 すぐに察したか、やっぱりこいつは良い奴だな。


 マウンは、またなにか勘違いしたのか


「ウォーケン様! 俺はアナタに一生ついて行きます!」


 そんな宣言をしやがった。

 空気を読め、空気を。


 職員達に走った緊張も、今は緩和している。

 目を拭っている奴もいた。

 そんなに怖がらせたかな⋯⋯なんかすまないな。


 ロクサーヌはしばらく呆けたように俺の顔を眺めていたが⋯⋯やがて自我を取り戻したように言った。


「あの、すみません。もう、ウォーケン様と、様付けで呼ぶのが癖になっているので⋯⋯間を取って、『旦那様』で良いですか?」


 ん?


 それだと⋯⋯ちょっとニュアンス変わらないか?


 まあ⋯⋯良いか。

 本人がそれが呼びやすいってんなら、そのくらい折れてやろう。


「ああ。それで良い」


「ありがとうございます、旦那様。私、嬉しいです、友人だなんて」


 ロクサーヌは嬉しそうに、肩に置いてあった俺の手にそっと触れた。


 ⋯⋯。

 なんだろう、この感じ。


 変な予感がする。


 例えるなら、二頭の竜。

 

 一匹は、絶対王者に相応しい威容を湛えた、堂々とした竜。

 もう一匹は、そんな王者に戦いを挑む、新進気鋭の、若手の竜。


 そんな竜同士が、何かを奪い合うために、死力を振り絞り戦う。


 そんな未来の予感。





 ⋯⋯ま、俺には関係ないか。


「それではウォーケン様。様々な手筈は既に整っております。御命令頂ければ、すぐに動けます」


 オラシオンが聞いてくる。

 勇者を探してくれる、って事かな?


 まあ、それは後でいい。


「ではまず、予約しろ」


「予約?」


「ああ。ロクサーヌに聞けばわかる。ロクサーヌ、わかるな?」


 ロクサーヌは少し考えたあと⋯⋯花のような笑顔で言った。


「あ、あのお店ですね、約束しましたもんね、旦那様!」


 そう。

 彼女の髪が伸びた時。


 そう約束した。


 そして、時は来た。


 俺はその場にいる職員達、その全員に聞こえるように叫んだ。


「さあ、全員で、まずはケーキを食いに行くぞ、俺の奢りだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る