第19話 慌てる伯爵

 羊飼いからの陳情があった二年前。

 教団が密かに謀っていた、奴隷の武装蜂起計画は頓挫した。


 計画の邪魔をする組織の存在によって。


 その組織は、金に糸目を付けず、奴隷を高額で買い集めた。

 そのせいで奴隷の過剰在庫は次々と解消され、奴隷たちの不満は募ることなく、王国各地へと分散していった。


 最初、マーランはその報告を聞き、首を傾げた。


 どうやらその集団は、奴隷を高値で買ったあと、今度は安値で再販売しているという。


「金をドブに捨てるような行為だ⋯⋯何の為に?」


 だが。


 しばらくして状況は大きく変化した。


 まず、奴らの行為により、奴隷価格の暴落が起きた。


 当初こそ、奴隷は高値で売買されたため、マーランの元にもそれなりの税収があった。


 しかし、本来なら奴隷の不満を溜め、武装蜂起させることによって魔族への恐怖を煽り、彼らを弾圧する大義とするのが第一目的。

 そして、万が一武装蜂起が起こらなくても、船にいる過剰な魔族を間引き、奴隷の流通量を調整し、それによって価格を調整するという二段構えの策、そのどちらも破綻し始めていたのだ。


 現状、奴隷は二束三文で販売される。

 しかも、そのほとんどは半魔や魔族。

 長い寿命を持つ彼らは、数世代に渡り運用が可能なため、その需要のほとんどは新規購入、買い替えの需要は低いのだ。


 つまり、本来数が少ないからこそ価値が高く、高値で売買される魔族を、バライア村から大量に連れてくる、それ自体が今思えば悪手だったのだ。


 奴隷売買はその相場が急速に下落、思ったように税収は入らなくなった。


「融和派の仕業だとしても⋯⋯その資金はどこから捻出したんだ!」


 息をかけてあった最大手案内所も、何者かの仕業によって⋯⋯いや、間違いなくオラシオンだろう。

 度重なる放火や、幹部の暗殺により、すでに組織としての体をなしていない。


 武装蜂起のどさくさに紛れて亡き者にしようと準備していたが、それも上手くいかず、むしろオラシオンを派遣したのは裏目に出ている。


 金の卵を産む鶏だったはずの奴隷市場に、今は別の飼い主が現れつつある。



「そうか⋯⋯奴らの狙いは!」


 奴隷市場が産む、莫大な利益。

 そして、文字通りの人的資材。


 最初に行われた奴隷の高値買いは、その二つを何者かが握る為の先行投資。


「一体誰だ⋯⋯そんな大胆な策を⋯⋯」


 そこで、マーランは思い至った。

 あの羊飼いの陳情に。


『まるで魔王のようだった』


 魔王。

 そんなの、本気にしていなかった。


 せいぜい高位の魔族だろうと思っていた。


 そして、一度考え始めると、マーランの思考はどんどんと悪い方向に進んだ。


 もし、魔王の狙いが、この国を攻める橋頭堡を確保するために、奴隷市場の掌握を狙ったものだったとしたら⋯⋯。


 その最後の仕上げは⋯⋯マーランの排除。


 そうとしか考えられない。


「魔王が、私を、殺しに来る⋯⋯?」


 コンコン。


「ひいっ!」


 最悪の考えに至ったタイミングでドアをノックされ、過剰に反応してしまう。

 叫び声に驚いた秘書は、驚いて許可も得ずに入室してきた。


「ど、どうされました!?」


 秘書に答えず、しばらく机の下に隠れていたマーランだったが⋯⋯やがて下から抜け出した。


「何でもない⋯⋯ちょっと机の下にペンを落としただけだ。探している時に頭を打ってな」


「そ、そうですか」


「で、何のようだ?」


 部下に弱気な態度は見せられない。

 冷静さを装い、ペンで秘書を差しながら用件を問いただす。


「それが⋯⋯また、羊飼いから陳情がありまして⋯⋯あのドラゴンと男が、再び領内に現れたようです!」


 カタン。


 その言葉に、手から自然と力が抜け、ペンが机へと落下した。



 しばらくして、我を取り戻し秘書に命令する。


「馬車を⋯⋯今すぐ馬車を用意しろぉ!」











────────────────────────



 いやー、二年ぶりのリューガス大陸だな!


 この二年間は大変だった。

 短期間で黄金を使い果たした俺に、魔王様は


「お主は、金のありがたみを覚えた方が良い」


 そう言って、魔王様直轄の金鉱山で、俺が使った黄金と同等の量が採掘できるまで働かされていたのだ。


 いやー黄金ってなかなか集めるの大変なんだな。

 まあ、結構サボってたせいかもしれんが。


 リューガスについてすぐ、草原で前回の羊飼いのおっさんと再会した。


 おっさん泣いて喜んでたな。

 そんなに関わりないのに、再会をあんなに喜んでくれるなんて、ちょっと感動したぜ。


 また羊くれたし⋯⋯。


 今回はちゃんと


「俺は悪い魔族ではないぞ?」


 って笑顔で言っておいた。


 この辺の方言なのかな?

 オッサンは


 「ひっ!」


 って返事したあと、メチャクチャ頷いてくれた。

 やっぱり、誠意って大事だな。


 さて、二年ぶりだがアイツら元気かな。

 ケーキを食うついでだし、様子を見に行くか。


 

 


 急ぐ旅でもなし。

 俺は奴隷市場のあるアレンポートまで、街道をのんびり歩いていた。


 街道は人影はまばらで、ごく稀に人とすれ違う程度。


 商人が多い。


 おそらく港町として、物流の中継点を担うアレンポートへ物資を搬出入しているのだろう。

 そんな想像を巡らしながらのひとり旅。


 当然、すぐに飽きた。


「誰かの馬車にでも乗せてもらおうかな⋯⋯乗ったことないし」


 よし、次に通りかかった馬車に交渉して乗せてもらおう。


 そんな事を考えていると⋯⋯。


 まだ姿は見えないが、一台の馬車が街道を走る音が俺の耳に聞こえてきた。


 蹄の音がこれまでよりも多い⋯⋯おそらく二頭立ての馬車なのだろう。


 行商人の馬車や荷車はたいてい馬一頭の一頭立てなので、この馬車の持ち主はそれなりの立場の人間なのかもしれない。


 そんな事を考えていると、馬車の姿が見えた。


 結構なスピードで走っている。

 俺は馬車の前を軽く塞ぐように立ち⋯⋯


「おーい!」


 と制止するように手を振った。


 にもかかわらず。


 馬車はスピードを緩めることなく、俺に迫ってきた。

 


 ふっ。

 俺は道など譲らん。

 そのまま立ち続ける。


 御者の慌てる声が聞こえて来た。


「どけ、どけ、どけぇー!」


 いやだ!

 馬車に乗ってみたいから、どかん!


 そしてそのまま、馬車は俺にブチ当たった。

 俺にぶつかった瞬間、馬車は大破した。

 俺は宙に投げ出された御者をジャンプして受け止めた。


 うーん、まさかそのままぶつかってくるとは。

 これ、あれかな?


「弁償しろ!」


 とか言われる?


 困ったな、ただ馬車に乗せてもらいたかっただけなのだが。

 まあ、新しく持ってきた黄金を使えば弁償はできるだろうけども、魔王様に「無駄遣いするな」って言われてるしなぁ。


 とりあえず御者を地面に下ろしながら言い訳を考える。


「前をよく見ろ。俺でなければ死んでたぞ?」


 御者は言葉を失ったまま、俺を見ている。

 うーん、もう少し何か言った方がいいか。

 誰でも通じそうな理屈で、優しく笑顔で言ってみるか。


「死ぬのは誰だって嫌だ、そうだろう? それとも、お前、死にたいか? それなら望み通りにしてやるが⋯⋯」


 御者は突然意志を回復したように、首をぶんぶんと横に振った。

 そうだよな、誰だって死ぬのはイヤだよな。


 うまいこと言えたな。


「じゃあ、俺が言いたい事はわかるな?」


 そう。

 事故はお互い様。

 そして幸いにも、俺は生きている。

 だから弁償とか無しの方向で、それが平和的解決だよね?


 ってことだ。


 御者は俺の言葉に激しく頷くと、俺に背を向けて街道を走り始めた。

 理解して貰えたようだ。

 まあ、この馬車はもう走れないだろうから、修理できる奴を手配しに行ったのだろう。


 その様子を俺が眺めていると⋯⋯。


「う、うーん⋯⋯」


 馬車の瓦礫から、声がした。


 あ。


 そりゃそうだ、馬車だもんな、人が乗ってるよな。


 普段なら人の気配は見逃さないが⋯⋯、弁償しなきゃならなくなったらヤダの気持ちが強くて気がつかなかったな。


 俺は変形して開かなくなった馬車のドアを強引に引っこ抜き、中の人物を救出した。


 結構高そうな服を来たオッサンだ。

 事故のショックなのか気絶している。

 

 ⋯⋯まてよ。


 この馬車は、コイツが持ち主なのでは?

 となると、弁償するかどうかの交渉は、コイツとする必要があるのでは?


 うーん。


 とりあえず頬を軽く叩き目覚めさせる。

 軽くね。


 こんなもんかな?


 ペシッと。


「ふごらっ!?」


 オッサンは、首を横に九十度をちょっと超えそうな程度曲げ、奇声を上げた。


 コキッって聞こえたけど。

 大丈夫かな?


「な、何をするんだ⋯⋯イタタタタ⋯⋯」


 首を押さえながらオッサンが目を覚ます。


「起きたか」


 と俺が声をかけると⋯⋯。

 しばらく焦点が合わないような顔をしていたオッサンの目が見開かれ、言った。


「まっ、まお、まお⋯⋯」


 ん?

 コイツ俺を知っているのか?

 

 事故のショックだろう、ちゃんと「魔王直属軍、魔将軍ウォーケン」とは呼べないみたいだが。


 問題は、なぜこの男が俺を知っているか、という事だ。

 だが、もちろんそんなの俺にはすぐにわかる。

 マズいことになった。


 ──コイツ、魔王様の知り合いだ。


 魔王様が軍船やらの情報を知っていたのは、たぶんコイツに聞いたのだろう。


 二年前、オラシオンは言っていた。


 魔族と仲良くしようとしてる⋯⋯確か「融和派」なる奴らがいる、と。


 そう、コイツはおそらく着ている服などから想像するに、その融和派でもかなり偉い立場なのだろう。


 となると。


 俺、えらいことやっちゃいましたな。


 やべー。

 魔王様に怒られる。

 とりあえず挨拶しておこう。

 俺は他の魔族にそこまで同族意識とかはないが、魔王様に恥はかかせられんからな。

 とりあえず、予想が当たっているのかどうか確認するためにカマをかけてみる。

 ここで大事なのは、やっぱり笑顔。


 俺は焦ることなく、笑顔を浮かべながら男に聞いた。


「俺の同胞が⋯⋯随分とお前の世話になったようだなぁ?」


「ひっ!」


 やっぱりそうか。

 予想通りだ。


 この「ひっ!」って返事、やっぱりこの地域の方言なんだろうな。

 魔王城で聞いたことないし。


「お前なら、俺が何のためにここに来たのか⋯⋯知ってるよな?」


「ひぃ! ひぃいいいっ!?」


 知ってる知ってる!

 って感じか。


 そう、俺は魔王様の命令で勇者探しに来た。

 事故は偶然。

 だからここは許してくれ。


 と言おうとしたら⋯⋯。


 俺に返事をしたあと、オッサンは再び気を失った。

 どうやら、事故のショックが抜けないようだ。

 無理やり起こすのは良くないな。


 うーん。


 本来なら放置して立ち去るところだが⋯⋯。


 魔王様の知り合いなら、そうもいかないな。

 俺はオッサンを担ぎ上げ、移動する事にした。

 




 

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