第11話 手が届くなら
いよっし、褒め殺し作戦はどうやら成功だ。
これが血の気が多い奴、例えば魔将軍『爆炎のナターシャ』あたりだったら、
「アタシに当たったらどうするんだ!」
とか、ぎゃーぎゃー喚き散らしてる所だ。
怒られる前に、褒める。
そして批判の矛を躱す。
それが功を奏したのか、ロクサーヌは俺の事を怒ったりしなかった。
俺も人の扱いが上手くなったもんだ。
いや、一応、人に当たらないようにしたんだぜ? 気配で人の配置は察してたからさ。
なのに、まさかあのタイミングで、扉に近付いてくるバカがいるとは。
いきなり近付いて来たせいで、ぶっ飛ばした鉄の扉と壁の間に挟まっちゃってるし。
あれは⋯⋯昼間の口臭い案内人か、あいつなら、ま、いいか。
倉庫の中には、ロクサーヌの他に二人いる。
ひとりはいけ好かない感じの男。
もう一人は、全身に鎖を巻かれた男だ。
恐らく、どちらかがオラシオンとか言う奴だろう。
ロクサーヌに聞けばすぐわかるだろうが、まずは二人を見比べ、自分で考える。
甘味屋で交わしたロクサーヌとの話だと、確かオラシオンって奴は、変態らしい。
で、この場合、どちらが変態そうか、ということになるが、そんなの丸わかりだ。
鎖を巻いてる奴だろう。
身体に鎖を巻いて、血を流しながらハアハア言うなんて、変態そのものだ。
「ははははは! この場所まで特定しているなんて⋯⋯どうやらこちらの情報は筒抜けのようだね!」
変態じゃないほうが、何か言っている。
「教団内部に裏切り者がいる、そういう事か⋯⋯面白いね」
「何の話だ?」
「いまさらとぼけなくていいよ、ここに君が現れたのがその証拠じゃないか。君の噂は伝わってるよ。数日前、ドラゴンに乗って現れた男⋯⋯だろ?」
それは合ってるな。
この場所を特定? ああ、この港町のことか?
そういえば何故、軍船を増やしてるって情報を魔王様が知ったのか聞いてないな。
ま、あの方なら別に不思議じゃない、そう思える。
「ま、たぶん全てお見通しだ」
魔王様が。
俺の巧妙なつまみ食いもすぐにバレるし。
「くっくっく、そうかい」
「それにお前なんかどうでもいい。俺が用があるのはそこの男と、勇者だ」
勇者という単語を口にした瞬間、男は目に見えて表情を変えた。
おっ、コイツ、勇者の居場所を知ってるんじゃね?
「ふーん。私など眼中にないってことか。なるほど⋯⋯随分と⋯⋯」
何か男がプルプルと震えながら、
「舐めた態度をしてくれるッ!」
と言うと、腰の剣を抜いた。
なんか知らんがいきなりだな。
同時に、鎖に繋がれている変態が叫んだ。
「気をつけろ! その男に攻撃を仕掛けるな! 全て見切られてカウンターを食らうぞ!」
なるほど。
アドバイスする所を見ると、どうやらこの剣を抜いた男は、あの変態の仲間らしい。
しかしまあ、随分と的外れなアドバイスをしている。
俺は攻撃を見切ってカウンターなどしない。
そんな面倒くさい事をしたこともない。
的外れだったとはいえ、せっかくのアドバイスを無視して、いけ好かない感じの男が距離を詰めてきた。
なかなかのスピードだ。
少なくとも魔王軍にもこれほどの奴はそうそういない。
魔将軍クラスだ。
そのまま相手の剣が届く間合いとなり、男が横薙ぎに剣を振った瞬間──相手の接近に合わせて俺も一歩距離を詰めた。
俺の手が届く範囲だ。
この距離になるといつも実感する──随分狭くなったもんだ、と。
かつては広い山、その全域が俺の支配下だった。
山頂より眼下に広がる景色もまた、まだ足を踏み入れていないだけで、全てが俺の物だと思っていた。
魔王様と出会い、自分より強い存在を知り、共に山を下りた。
じいやに地理を教わり、自分が支配していた場所など、広漠なこの世界の、ほんの小さな点にしか過ぎない事を学んだ。
魔法という存在を知り、痛みを覚え、俺は支配する側からされる側へと変わった。
魔王様だけではなく、魔法が得意な他の魔将軍にも及ばない存在、それが今の俺だ。
だから──今はここだけ。
世界から見れば、点どころではない。
あるか無いかもわからない、極小の、微かな領域。
手が届く、この狭い範囲だけだ。
しかし、ここなら──。
例え相手が、どれほど優れた魔法使いであっても。
それは仮に無詠唱魔法の術者であっても、魔法には一瞬の集中が必要だ。
この距離なら、魔法の使用は許さない。
攻撃を見切る?
必要ない。
俺は今まで、魔法以外の何を食らっても傷付かず、痛みを覚えたことはない。
だから防御を考える必要はない。
ただ、最短、最速で攻撃を繰り出す。
そもそもこの距離で、一対一という事に限れば、俺に攻撃を当てた者など存在しない。
俺の戦闘方法は、ただ一つ。
この距離で、相手が何をしてこようとも。
ただ、先に自分の攻撃を当てる。
それだけだ。
そしてこの距離なら、どんな相手であっても⋯⋯例えばそれは相手が魔王様であっても──実行可能だ。
これは過信でも、誇張でもない。
経験に導かれ、学んだ結論。
俺にとっては単なる事実確認。
誰よりも、力は強く。
何者よりも、素早い。
そして、あらゆる物理的な攻撃を弾き返す頑強さ。
それこそ、俺が世界の全てだと思っていた、あの山で手にした力。
だから、この手が届く範囲内に限れば──俺は今でも、あらゆる生命の生殺与奪、その権利をこの手に握っている。
この距離限定で俺に付与される、支配者としての権能。
──手が届く範囲に限れば、そこは俺が万物の生死を管理し、支配を可能にする絶対領域!
今回与えるのは『生』。
相手を殺すつもりはない。
一人に聞くよりも、二人の方が勇者の居場所を特定するチャンスがあるだろうという、ただそれだけの理由。
俺は相手の剣が届くより早く、相手の胸に右手を添えた。
そのまま体重の移動と、体のバネだけを利用して相手を押す。
わざわざ手を添えるという手順が発生して面倒だが、右手を突き出す力まで手に乗せてしまうと、流石に相手が死ぬだろうと思ったのだ。
つまり単に手を添え、押した。
それだけだ。
込めた力に応じた、軽い手応えが伝わってくる。
次の瞬間、男は驚愕の表情を浮かべ、地面から足を離し吹き飛んだ。
数瞬後、そのまま男は倉庫の壁に激突。
轟音と共に壁は崩れ、倉庫内を粉塵が舞った。
勢いはそれでは止まらず、そのまま壁をぶち破り、さらに隣の倉庫、またその隣の倉庫と、次々に壁を破壊しながら吹っ飛んでいく。
壁を壊すごとに男が飛ぶスピードは落ちていき、最後に背中で地面を滑るようにして着地した。
結局、五つの倉庫を破壊したのち、やっと男は止まった。
⋯⋯。
⋯⋯いや、これ、下手したら死んでたな。
結構手加減したつもりだったんだが、まだ足りなかったらしい。
踏ん張りが弱いよ、君。
俺は力の調節がどうも苦手だ。
そのせいで魔王軍の兵士達も、俺と模擬戦をやりたがらないのだ。
⋯⋯練習しないとなぁ、手加減。
とはいえ、幸運にも奴は死んでいない。
そして恐らく、次は同じようにはいかない。
「なかなか楽しくなりそうだ」
俺は口元が弛むのを感じた。
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