第9話 疑問
甘味屋を出たのち、オラシオンとかいう奴を探したのだが⋯⋯。
どうやらすれ違いが続いてしまったようで、今日は出会えなかった。
本来なら、夜に奴隷船をなんとかしようと思っていたのだが、昼間他の事で動いていたため、まだ何も情報がない。
「まあ、臭いのは今日一日我慢するか」
そう思い、案内人のボウズとは一旦別れた。
明日も案内を頼む旨を伝えると喜んでいたな、ふっ、これが人徳って奴が。
⋯⋯違うな、たぶん金だ。
さて、こうしてとりあえず寝ようと思い宿を取ってベッドに入ったのだが。
寝れない。
ハッキリ言って俺は寝付きの良い方だ。
いつもなら、寝たい時に寝れる。
なのに今寝れない、これは船から漂って来る匂いのせい⋯⋯ではない。
考え事のせいだ。
今日一日考えていた事、これに答えが出ないせいだ。
俺は、爺やの教育方針である『まず自分で考える』が習慣として沁みついている。
もちろん未知の事や、考えても分かりそうもないと判断したなら、さっさと聞くが。
今回の事は、もしかしたら考えれば分かるのでは? と思っていたが、今となっても答えは出ない。
答えを知るのは、あの案内人のボウズだ。
折角宿に入ったものの、このままでは寝れない。
あー、気になる。
あれはどういうことだったんだ。
「⋯⋯よし、聞きに行こう」
半日以上考えたのだ、十分だろう。
夜だし迷惑かも知れないが、俺の安眠には代えられない。
聞いてスッキリ、スカッと安眠。
そのために俺は宿を出て、再び奴隷市場へと向かった。
夜の奴隷市場は閑散としていた。
恐らく奴隷の売買は、日の光でしっかり状態を見極められる昼の方が適しているのだろう。
しかし全くの無人というわけでもなく、案内所と思しき建物や、奴隷の売買を行う店の前には篝火が焚かれ、それなりに明るい。
ま、俺は夜目が効くから本来篝火など不要だが、暗いと『目』が人間と違うことが目立つからな、ありがたい。
そんな中、婆さんの店の前には篝火はなかった。
うーん、やる気ないな。
まあ子供と老人、夜は辛いのだろう。
もしもう寝てるなら迷惑だろうが、やつらは金さえ払えば大丈夫だろう。
そんな感想を抱きながら、暖簾を潜ると⋯⋯。
婆さんが血塗れで倒れていた。
耳を澄まし、呼吸を確認する。
息はある。
「おい婆さん、どうした」
俺が話かけると、婆さんは何とかという様子で上体を起こしながら言った。
「ああ旦那⋯⋯はいへんら、ウチの、ウチ子が、ロクシャーヌが連れてひかれひゃったよ」
「⋯⋯ロクシャーヌ?」
「違(ひが)うよ、ロクシャーヌしゃ」
シャーシャーうるさいな。
ロクサーヌ、ってことか?
「旦那を案内ひた娘らよ」
「⋯⋯アイツはロックじゃなかったか?」
「ひょう、ロクシャーヌだからロックさ、アタシのような歯抜け婆さんには、ひょっと呼びにくくてね。男みたいな呼び方だからあの娘は嫌がるけど、ここじゃ女ってのはあまりおおぴっらにひないほうがひひしね」
そういう、ことか。
俺の疑問は一気に氷解した。
アイツは言った。
『旦那、見る目あるけど、見る目無いね』
と。
俺はその意味がわからず、今の今まで考えていたのだ。
つまり、こういうことだろう。
最高の案内人だと思った←見る目あり!
ボウズだと思った←見る目無し!
つまり、あの時ちょっと不機嫌そうにしたのは、男の子扱いされて不満だったのだ。
よし、疑問は解決。
これでスッキリ寝れるな。
さて、宿に帰るか。
⋯⋯でもなぁ、間違いないとは思うが、一応答え合わせしたいな。
「で、ボウズ⋯⋯じゃない、あの娘は誰に連れて行かれたんだ?」
「オラシオンとかひゅうやつさ。あの娘を譲れって言っれきたんら。『家族を譲ったりれきない』って断ったんらけど⋯⋯」
なるほど。
ふがふがして分かりにくいが、要はあの娘はこの婆さんを庇って、オラシオンに連れて行かれた、という事か。
オラシオンは若い女好きの変態って言ってたもんな。
ナイスだ。
単に気になる事を確認に来ただけなのに、好都合だ。
これであの娘を追跡すれば、答え合わせと同時に、捜していた人物にも会える。
では匂いで追跡⋯⋯と行きたい所だが、この街に漂う匂いのせいで、俺の鼻は少し麻痺している。
一度ロクサーヌの、強い匂いを嗅いでおきたい。
「あの娘は俺が連れて帰ろう。あの娘が身に着けていた物、何かないか? 下着とか、匂いが強い物がいい」
俺の言葉に、婆さんは驚いたような表情を浮かべて言った。
「まひゃか、旦那も変態なのかひ?」
なぜそうなる。
いや、よく考えたら、そうなるか。
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