第7話 支配

「さっきの奴は最近幅を利かせてる案内人グループでさ、ウチの店が市場の入り口って立地の良さだから目の敵にしてるんだ」


「ふーん、旨いなこれ」


「最近は、なんか衛兵もやたらと増えて商売しづらいし⋯⋯って旦那、聞いてる?」


「おお、聞いてるぞ」


 やはり少年は優秀な案内人だった。

 連れてこられたのは、この奴隷市場で金持ちを相手に甘味や飲み物を提供しているという店だった。

 客層もどこかお上品だ。

 ちなみに俺が相手を上品かどうか判断する基準は、魔将軍筆頭のグルゲニカに似ているかどうかだ。

 つまり、何となく鼻につくかどうかという単純明快な基準だな。


 この店の特製ケーキとやらはメチャクチャ旨い。

 スポンジはフワフワ、クリームたっぷりだ。

 日持ちするなら、魔王様に土産として持ち帰りたいくらいだ。

 ウォーケンガイドに載せてやっても良いだろう。


 少年は甘いものが好きではないのか、注文して食べてるのは俺だけ。

 その事を指摘すると、少年は苦笑いを浮かべた。


「食べられないよ、こんな高級店で。そんなお金ないし、評判を聞いてるから連れてきたけど、自分で食べたことはないよ」


 へえ、これ高いのか。

 確か今、俺が食ってるケーキが銀貨二枚。

 となると、さっき渡した金貨で余裕で釣りがくるはずだが。

 その事を再度指摘したところ、少年は溜め息をついた。


「いやいや、収入があっても使い道は選ばないとね? こちとら庶民なんだから」


 つまり、食べる気は無いらしい。

 

 だが、山を下りて早数年。

 残念ながら俺は既に、旨いものは皆で食うと更に旨いと知っているのだ。

 よし、俺が奢ってやろう。

 といっても、元々の資金は魔王様だから、魔王様の奢りかな?


 まっ、いいか。


「おーい、店員ー!」


 俺が呼ぶと、黒のスーツを着た、気取った感じの店員がやってきた。


「お待たせいたしました」


「ああ。コイツの分も、ケーキを持ってきてくれ」


「ちょ、ちょっと旦那⋯⋯」


「⋯⋯こちらの?」


 店員はしばし値踏みするように少年を見たあと、首を振った。


「お客様。大変申し訳ございませんが、当店では奴隷には商品の提供をお断りしております」


 え? 少年は奴隷なのか?

 ふと見ると、少年の表情が先ほどまでと違い、少し暗い。

 どうやら男の言葉は真実のようだ。

 ま、俺には関係無いけどな、一応理由を聞こうか。


「なぜだ?」


「当店の規則(ルール)でございますので」


 店員はそれだけを、したり顔で述べた。

 周囲の何人かはクスクスと笑い、同調するように頷いていた。

 ふーん、そんな馬鹿馬鹿しい規則があるのか。

 だが、これでも俺は魔王軍幹部である魔将軍、規則の大事さは理解している。

 ⋯⋯守らないと、躾と称してえらい目に合ってきたからな。


「なるほどな、規則は守らないとな」


「ご理解いただき、感謝申し上げます」


 店員が恭しく頭を下げた。

 何を勘違いしているか知らないが⋯⋯勘違いは、早めに正しておこう。


「ちなみに、規則ってのはどうやって作られるか知っているか?」


「は⋯⋯? お客様、何を⋯⋯」


 凄みを利かせ、あえて低く発したした俺の言葉に、済まし顔をしていた店員の表情に狼狽が浮かぶ。

 それを見ながら俺は指を二本立て、説明を続けた。


「主に二つだ。同等、ないしは近しい力を持つ者たちが、お互いの調和を守るため、これが一つ」

 

 指を一本折り、残った指を店員の眼前に突き出し、揺らしながら聞く。


「もう一つは⋯⋯わかるか?」


「あの、いえ」


「例えば、だ。仮にこの国の王が、お前に『この奴隷にケーキを与えろ』と命じた場合、お前は『いえ、規則ですので』と断るか?」


「あの⋯⋯」


 そうします、と言われたら面倒なので、返事を待たず、機先を制すように俺は言葉を続けた。


「もし、例え王相手でもそうします、ってんならそう言ってみせろ。王とは言わずとも、お前は有力な貴族にも、規則を押し付けることができる程の力を持っているか、立場だってことだ。随分偉いんだな?」


 流石にそんな評判は困るのだろう。

 店員の顔は、みるみる青ざめた。


「あの、その、それは⋯⋯」


「それがもう一つ。『強者が、弱者に、一方的に押し付ける事ができる規則』ってことだ。つまり──『支配』だ。相手を支配しさえすれば、どんな規則を押しつけようと思いのままだ。──俺の言葉、ここまでは理解したか?」


「は、はい」


「で、どっちなんだ?」


「あ、あの、どっち、とは」


 俺は立ち上がり、未だ要領を得ない様子でオロオロした店員の肩に手を置いた。


「お前は俺を支配しているのか? それとも、これから支配する自信があるのか? 規則を押し付けられるほどに、だ」


 ほんの、ほんの少しだけ、肩に置いた手に力を込める。

 だが、店員はそれだけで顔を歪め、脂汗を浮かべた。

 そのまま、手の力を少しずつ強めながら、俺は男の耳元に顔を寄せて囁いた。


「このまま、肩を握り潰されたくなければ言うんだ」


「⋯⋯な、何と申し上げれば?」


「『今すぐお連れ様のケーキをご用意致します』と。それで俺と、連れに恥をかかせたことは不問にしてやろう」


 ここで、もう少しだけ手に力を込める。

 骨が軋む感覚が手に伝わってくるのとほぼ同時に、店員は叫ぶように宣言した。


「も、申し訳ございません! い、今すぐ、今すぐお連れ様の分をお持ち致します!」


 うん、それでいいのだ。




 

 俺のお願いが功を奏したのか、店員はすぐさまケーキを持ってきた。

 さっきまでクスクス笑っていた他の客は、先ほどのやり取りを聞いていたのか、こちらを見ようともしない。


 いやー、俺って交渉上手だな。


 少年は、目の前に置かれたケーキをしばらく眺めていたが、やがておずおずと聞いてきた。


「本当に⋯⋯食べても、いいの?」


「ああ、奢りだ」


 俺が促すと、少年はおずおずと言った感じでフォークに手を伸ばし、ケーキを口に運ぶ。

 少し前まで陰っていた顔が、ケーキを口にした途端華やいだ。


「美味しい⋯⋯美味しいよ! 旦那!」


「旨いよな! 店員! 俺の連れが褒めてるぞ、旨いってさ!」


「あ、ありがとうございます!」


 俺の言葉に、店員は深く頭を下げて答えた。

 うむ、いい感じだ。

 この街に滞在中はひいきにしてやろう。

 ウォーケンガイドにメモをを取っておこう、味◎、店員の態度◎、っと。


 少年はしばらく夢中で食べていたが、ふと顔をあげて言ってきた。


「本当に、ありがとう⋯⋯旦那は変わってるね⋯⋯奴隷なんかの為に、あんなに怒ってくれるなんて」


 ん? どういうことだ?

 何か凄い勘違いされてる気がする。


「違うぞ? 別にお前の為に怒ったわけじゃない」


 俺の言葉が意外だったのか、少年は驚いたような顔で聞いてきた。


「ち、違うの?」


「ああ。俺自身が舐められた気がしたからだ、それだけだ」


 そう、俺に規則を押し付けられる奴など、魔王様と他の魔将軍くらいでなければならない。

 その程度には魔将軍の肩書きに誇りを持っている⋯⋯正確には、そう『教育』されている。 

 少年はしばらく俺の顔をマジマジと見つめていたが、やがて笑みを浮かべた。


「ふふ、そういうことにしとくよ」


 機嫌良さげに一言呟くと、少年は再びケーキを食べ始めた。


 いや、しとくもなにもそういうことなのだが⋯⋯。

 嬉しそうに食ってるし、まあいいか。









「婆ちゃん⋯⋯あ、最初に旦那と話した人、あの人の孫が死んじゃって、その代わりに婆ちゃんに買われたんだ。婆ちゃんは奴隷扱いなんてしないけど、それでも奴隷は奴隷ってこと」


 ケーキを食べ終えたあと、なんか身の上話が始まった。

 俺はもっとケーキの話で盛り上がりたいのだが、魔王様や爺やに『人の話はちゃんと聞け』と教育されてるからな、黙って相槌を打つ。


「それで婆ちゃんの手伝いで案内人を始めてさ。奴隷を少しでも良い待遇で迎えてくれる主人と引き合わせてるんだ、奴隷なんて使いつぶす道具みたいに扱う人も多いからね」

 

 まあ、それはしょうがないな。

 弱い奴は、強い奴に搾取される──それは命を含めることもある。

 俺も山では搾取しまくってたからな。


「だから旦那なら、喜んで奴隷を斡旋するんだけどなぁ」


「そうか。ちなみにどんな奴は嫌なんだ?」


 俺の質問に、少年は左右を見回したあと、少し顔を寄せて小声で囁いた。


「あまり大きな声じゃ言えないけどさ」


「もっと小声でも良いぞ? 俺は地獄耳だ」


「はは、旦那面白いね」


 冗談のつもりは無かったのだが。

 そう考えている間も、少年は言葉を続けた。


「最近この街に派遣された、オラシオンって騎士。ああいうのはお断りだね」


「ふーん、嫌な奴なのか? そのオラシオンは」


「ちょ、ちょっと! 旦那、声が大きいよ!」


「お前もな」


「旦那のせいだよ、ったく。オラシオンってのは『鉄壁』とか『魔族狩り』って言われる男でさ」


「ほう」


「かなり強いらしいんだけど、性格最悪で変態だって噂。若い女奴隷ばっかり集めて、しかもすぐにダメにしちゃうんだ」


「ふーん、何をしてるんだ?」


「さあ⋯⋯さすがにそこまでは⋯⋯でも男が女にすることなんてひとつでしょ。父親を殺したなんて噂もあるし、あんなのが勇者候補だったなんて信じられないよ」


 少年の言葉に、俺は思わず聞き返した。


「勇者だと?」


 少年は『有名な話だけどね⋯⋯』と前置きしてから、続きを語った。


「今の勇者と、最後までどちらが『勇者認定』を受けるかで競ってたらしいよ。結局素行の悪さでオラシオンは落選したって⋯⋯有名な話だけど、本当に知らないの?」


「初耳だな、ちなみに勇者認定ってなんだ?」


「えー、それも知らないの? 教団から『勇者認定』を貰った人が、洗礼を受けて勇者になる、かなり有名な話だと思うんだけど⋯⋯」


 そうなのか!

 勇者ってのは生まれつきじゃないんだな、役職みたいなもんか?

 気になる所だが、無知がバレるとちょっと恥ずかしいから話題を変えよう。


「んで、そのオラシオンってのはこの辺にいるのか?」


「うん、この市場の警備責任者だからね、一応。といっても警備はそっちのけで市場をうろついて奴隷漁りしてるらしいから、会わないように気を付けた方が良いよ。気に入らないとすぐに切り捨てるって噂で、ばあちゃんも絶対近付くなって口うるさく言ってるよ」


 気に入らない奴はすぐに斬り捨て、か。

 気が合いそうだな。


 それはともかく、そのオラシオンって奴なら、勇者の居所を知っているんじゃないか?


「今日もこの辺にいるのか?」


「さあ⋯⋯どうだろう、いるんじゃないかな?」


 これは好都合だな、勇者を探す手間が省けそうだ。

 よし、善は急げだ。

 そいつを締め上げて勇者の居所を聞いて、さっさとぶち殺して帰ろう。


「よし、店を出るぞ」


「ちょ、ちょっと旦那! 急だなぁ、もう」


 会計を済ませ、店を出る。

 その際、接客してくれた店員に騒ぎを起こした事を謝罪し、金貨を渡した。


 今後は贔屓にしよう、また来ると伝えると涙を浮かべて感謝していた。


 大袈裟な奴だなぁ。

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