第6話 案内所

「さあいらっしゃい! なんと今日は『半魔』が大量入荷、見ていかないと損だよ!」


 奴隷市場の一角にやってきた。

 恐らく奴隷を買いに来たのであろう、道行く客層は様々だ。

 供を連れた、明らかに身分が高そうな人物もいる。


 ここに来る前、黄金を貨幣に換金してきた。

 袋の中の半分、二十粒ほどカウンターに置くと、店員は目を白黒させた。


「いや、この質とこの量⋯⋯申し訳ありませんが、当店ですぐ用意できる現金の量を越えてます」


 とのことで、換金出来たのは二粒ほど。

 ニルニアス金貨十枚と、銀貨が二十枚ほどだ。

 黄金を持ち込んだのに、それより量の多い金貨⋯⋯からくりはわからんが、この金貨に含まれる黄金は、暗黒大陸産の物より質が劣っている、ということだろう。

 銀貨十枚で金貨一枚だから、銀貨換算で百二十枚だな。

 どの程度の価値かピンと来ないが、まあおいおいわかるだろう。


 貨幣にしたら急にかさばったな、邪魔だし今後は換金するにしても一粒ずつにしよう、と思った。


 さて、こうしてやってきた奴隷市場は、それなりに広そうだ。

 ただ闇雲に歩いても得るものは少なそうだと考えていると⋯⋯。

 奴隷市場に入ってすぐ「案内人斡旋所」と記された看板を掲げた建物を見つけた。


 同じような建物は数軒ある。


 ふむ、この市場を案内する人間を手配してくれる、ということか。

 便利だな。

 当たり前だが、俺はここについて何も知らない。

 せっかくなので利用することに決め、市場の入り口から一番近い店を選ぶ。


 入り口にドアはなく、布を垂らして仕切りとしてある。

 布を潜り、中に入った。


「いらっひゃい」


 歯が抜けた婆さんが出迎えてくれた。

 

「ああ、案内人とやらを用意してくれ」


「ヒェッヒェッヒェッ、いきなりだねぇ、まずは予算からだよ。最低限の案内なら銀貨一枚、最高の案内人ならそれなりに弾んで貰わないとねぇ」


 ふっふっふ、換金しておいて良かったぜ。

 『金貨>銀貨』なわけだから、金貨を渡せば問題ないだろう。


「ふむ、これでいいか?」


 俺は懐から金貨を取り出し、ババアに渡した。

 ババアはそれを見ると「ヒェッ!」と声を上げる。


「こりゃあ久々の上客ひゃないかね! ウチで一番ゆうひゅうな奴を付けるよ」


「そうして貰えると助かるな」


「ロック! 出番だよ! このお大尽さまを案内ひな!」


 婆さんが奥へ向かって叫ぶと、しばらくして少年が出てきた。


「何だよばあちゃん、さっきは買い物頼んどいて。今出るとこなのに」


 開口一番、文句たらたらだ。

 人間の年はよくわからんが、恐らく十五歳前後だろう、声変わりもしてないし。

 目深に帽子を被っているので表情の全てはわからないが、口元にありありといった様子で不満が浮かんでいた。

 

「ひょんなの今日はいいよ! さあさあ、案内しておいで!」


「もう、勝手だなぁ。じゃあ旦那、ついてきて」


 ブツブツと文句を言いながらも、少年は店の外へと出たので、言われた通り着いていく。

 しばらく先導するように歩いていた少年は、くるっと振り返って言った。


「で、どういったのをご所望なんだい? お客さん」


「どういった、とは?」


「そんなの決まってるだろ? 奴隷の種類だよ。男、女、家事用、肉体労働用、夜の相手用、そういった希望さ」


 なるほど、希望の奴隷を売ってる店へと案内してくれるのか。

 だが俺にそんなものはない。

 夜の相手用は少し⋯⋯いや、正直に言えば非常に気になるが、俺は心に決めた女がいるからな。

 少なくともあの女を手に入れるまでは、他に構ってる暇はない。


「いや、適当に街を案内してくれるだけでいい。わからない事があったら聞く」


「ん? 奴隷を買いにきたんじゃないのかい? ははあ、旦那は偉い人の使いかなんかで、先ずは視察ってこと?」


 偉い人の使い⋯⋯間違いないな、俺は魔王様の部下だし。

 まあ奴隷市場を見るのは私用だが、大きな括りでは任務の一環と言っても良いだろう。


「そんなとこだ」


「はあー、困ったなぁ⋯⋯」


「何がだ?」


「ウチら案内人ってのは、馴染みの店に客を紹介して手数料を貰うんだ。奴隷買わない冷やかしなんて商売上がったりだよ」


 なるほど、そういう仕組みか。

 案内料だけでなく、店からの手数料も貴重な収入なのだろう。

 この様子だと、むしろ店からの手数料の方が比重が大きいのかもしれない。

 勉強になるなぁ。


「ふむ、婆さんにはそれなりに払ったつもりだったが、不足か」


「アンタ婆ちゃんに幾ら払ったのさ」


「金貨一枚だ」


「きっ⋯⋯」


「不足なら、もう一枚払おう。これでいいか?」


 少年の手を取り、手のひらに金貨を乗せた。

 しばらくそれを見て少年は固まっていたが⋯⋯。


「一生懸命案内するよ! 何でも聞いて!」



 突然愛想が良くなった。

 便利だな、金って。


 どうやらこれなら足りるようだ⋯⋯と安心していると、俺たちのやり取りを見ていた男が話に割り込んで来た。


「旦那、旦那! 旦那ほどの方がそんな奴を案内人にするなんて勿体ない! ここは俺に任せてくれよ! 希望の奴隷をバッチリ紹介しますぜぇ!」


 言葉から察するに、どうやら同じ案内人のようだ。

 男の登場に、少年はウンザリした様子で食ってかかった。


「おいおい割り込みは禁止だよ! 最大手案内所の人間が、案内人の仁義守らないなんてどういうことだい!」


 俺をそっちのけで何やら揉め始めた。


「あーん? オメェラが仁義語るんじゃねぇよ、大体どうせ騙してこの旦那捕まえたんだろ?」


「人聞き悪いこと言わないでよ」


「旦那、あんたどうせ『一番の案内人が必要なら金を弾め』とか言われなかったか?」


 男が俺に聞いてくる。


「ああ、言われたな」


「それだ! それがコイツらの手口さ。あんたが幾ら払おうが、案内人するのはコイツって寸法だ。そうやって一見さんを騙すのがコイツらのやり方なんだぜ?」


「ち、違う! それはムグッ⋯⋯」


 少年が何か言おうとするも、男はさっと手を伸ばし、口を塞いだ。


「ね、旦那。こんな奴ら相手にしちゃあダメですぜ」


 そう言うと男は、少年の手から金貨をもぎ取った。


「な、何するのさ!」


「うるせぇな、黙っとけ。それとも何か、俺たちと本気で揉めるつもりか? ババアとお前のたった二人で、仁義とやらをどこまで通す自信があるんだ?」


 男は耳元でこっそり少年に言っているつもりのようだが。

 残念ながら俺は地獄耳だ、しっかり聞こえてる。


「くっ⋯⋯」


「ね、旦那。俺が案内しますよ、いいでしょ?」


 勝手に話を進める男に、俺は手を伸ばした。

 男が不思議そうな表情をしたが、しばらくして聞いてきた。


「旦那、どういう事です?」


「金返せ」


「へっ?」


「早くしろ」


 俺が語気を強めると、男はしぶしぶといった様子で金を返してきた。

 受け取った金貨を再度少年に渡すと、二人が驚いた表情を浮かべる。

 

「いくぞ」


「ちょちょちょ、旦那、どうして?」


 男がしつこく食い下がってくる。

 面倒だが理由を告げることにした。


「お前、口臭いからやだ」


「⋯⋯ぷ、ははははははは!」


 少年が笑い出すと、男が顔を真っ赤にして叫んだ。


「わ、笑うんじゃねぇ! クソ!」


 うーん、どうでもいいからさっさと出発したい。

 ここでのやり取りに興味を引かれたのか、なんか周りにも人が集まってきてるし。

 俺は勇者探しに関係ない事で注目を浴びたくはない。

 そう考え、少年を肩に担ぎ上げた。


「わ、わわわ」


「首にでも掴まってろ」


「えっ、ちょっと⋯⋯わーーーーっ!」


 人垣を飛び越え、外側に着地する。


「え、なんだ今の⋯⋯」


「魔法じゃないのか?」


「いや、呪文を使ってる素振りなんてなかったぞ!」


 背後で色々と何か言っている。

 ざわつく集団を振り切り、そのまま市場の奥へと駆ける。


「わっ、うぇ、ひゃ、ひぃん」


「口閉じてないと舌噛むぞ」


 片手一本で肩に担いでいるので、少年が上下に揺れ、それに合わせて呻き声がする。

 しばらく駆け続け、先ほどの場所からかなり離れた場所で肩から下ろした。

 俺は息一つ切らしてないというのに、担がれていた少年がゼエゼエと悶えている。

 情けないことだ。


「軽いなお前、ちゃんと飯食ってんのか?」


「旦那、ハァハァ、が、バカ力、ハァ、過ぎるんだよ、ハァハァ」


 少年の呼吸が落ち着くまで待つ。

 しばらくして、息を整えた少年が聞いてきた。


「しかし旦那、凄いジャンプ力だね。しかも人を抱えて⋯⋯信じられないよ」


「ん? そうか? ふふふ」


 全然本気じゃないし、全力ならもっと飛べるけどな。

 そういうのは言わぬが華だろう。


「⋯⋯あと、さっきの話だけど」


「さっきの話?」


「あの男が言ってたでしょ? 騙そうとかなんとか⋯⋯」


「ああ、気にしてない」


「え? 本当に?」


「ああ。最高の案内人⋯⋯なんだろ? それが本当なら、あとはどうでもいい」


「し、信じてくれるの?」


「ああ、俺は人を見る目には自信がある。ボウズは最高の案内人のはずだ」


 ふっふっふ。

 俺が言ってみたかったセリフその6、『人を見る目には自信がある』、だ。

 ようやく言えたぜ。

 とっても強者感っつうか、出来る奴っぽさ溢れてるよな。


 俺の言葉に、きっと少年も目を輝かせ⋯⋯おや、なんか半目だ。


「旦那、見る目あるけど、見る目無いね。取りあえず何を案内すればいい?」


 どういうことだ? それになんだか不機嫌そうだ。

 まあいいか。


「取りあえず、この街で一番旨い甘味(かんみ)を出す店に案内してくれ」


「え? 甘味?」


「スイーツだよ、スウィィツ」


 俺のリクエストに、少年はどの店にするのか考えでもしているのか、少し首を傾げたあと、口を開いた。


「⋯⋯似合わないね」


 うるさいな。

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