第5話 奴隷船
「どう考えますか? マーラン伯爵」
「恐らく、網にかかった、かと」
嘆願が上がって来て二日、マーランは教主の元へと報告に訪れた。
普段ならどこぞの村人の嘆願など、ほとんど聞く耳を持たない。
それをこの早さで受け入れ、尚且つ議題に上げたのは、事の重大さもあるが、何より待ち望んでいたことだからだ。
「猊下、不敬ながら申し上げます」
「何ですか? 遠慮なく」
「猊下からこの計画を頂いた時は、正直迂遠だと思っておりました。造船の情報を流し、魔族を釣るなど」
「ふふ、そうでしょうとも。しかし今なお教団には紛れてるのですよ、先代教主の残党どもが」
「必ず食いついてくる、と?」
「ええ。確信しておりました」
「流石のご慧眼です」
教団は一枚岩ではない。
魔族はすべからく誅すべしとした『排斥派』は、今なお最大派閥だが、それでも『融和派』の増加は無視できない。
「我々には護らなければならない教えがあります、そうですね? 伯爵」
「おっしゃる通りでございます」
追従しながらも、マーランは胸中では教えなどクソ食らえだ、と思っていた。
単にマーランが魔族排斥派の教主を支持しているのは、領地経営を考えた場合に利があるからだ。
領地内で莫大な利益を上げる商売、その為ならば魔族との融和などとんでもないことだ。
最近もそのために大金を投資したばかりだ。
魔族は虐げて当然、その常識を維持できるなら何でも良い──それがカビが生えたような教えであっても。
「彼の地には、事前にオラシオンを派遣しております」
「ほう、あの⋯⋯」
「ええ。獣には獣、妥当かと。計画は順調です。これが終われば『融和派』など消え去ることでしょう」
「期待してますよ、伯爵」
「ええ、お任せください」
嘆願によれば、目撃された魔族は『まるで魔王のようだった』とのことだが、流石に魔王自らが動いたりはしていないだろう。
おそらく派遣されるとしても、高位の魔族。
それならば、オラシオンで十分対処できるだろう。
問題の多い男ではあるが、その強さは折り紙付きだ。
計画に支障はない。
伯爵は内心でほくそ笑んだ。
───────────────
「お前、勇者だな?」
「えっ、違います」
「そうか。じゃあどこにいるか知ってるな?」
「⋯⋯いえ、知りませんけど」
「ならいい、邪魔したな」
「はぁ⋯⋯」
訝しげな表情を浮かべ、青年は立ち去って行った。
これで三十人連続アウトだ。
今のところ、俺の考案した「取り合えず勇者と決めつけて、違ったら居場所を聞く作戦」は、めぼしい成果を上げているとは言い難い。
グラッツオと別れたあとで思ったのは
「放牧していた奴に色々聞いておけば良かったんじゃね?」
ということだ。
ただ離れすぎたのか、もう彼らは見つからなかった。
仕方なく、爺やに習った地理を思い出しながら、最初に降り立った平原から東に位置する、ニルニアス王国一番の港町である「アレンポート」を目指した。
造船の大義名分に『勇者』が使われているとしたら、造船業が盛んな港町にいるかも知れないと考えたのだ。
実際過去の歴史でも、人類はこの街から暗黒大陸へと遠征をしたらしいしな。
アレンポートは陶板(タイル)の街として有名⋯⋯らしい。
陶板は潮風による塩害に強く、建物を長持ちさせる効果があるとのことで、色とりどりの陶板で彩られた街並みは見ているだけで楽しい。
これが異国情緒というやつだろう。
しかし、初めて目の当たりにする人間の街で一番驚いたのは、そこにいる人々の数だ。
魔王様が治める城下街「ヴェルサリューム」も、それなりに住民はいる。
だが、ヴェルサリュームより狭い筈なのに、この街にはそれ以上の住民がいる。
しかもここが王都ではないというのだから大したもんだ。
まあ、人間は魔族より繁殖能力が高いのだろう。
ちなみにヴェルサリュームの由来は、魔王様の名「ヴェルサリア」からきている、らしい。
魔将軍含め、部下は「魔王様」と呼ぶのでほとんど聞かないが、爺やだけは「ヴェルサリア様」と呼ぶ。
なんでかは知らんが。
さて。
活気に溢れる街は楽しげではあるが、俺にとってはあまりよろしくない。
人が多ければ、知らない奴を探すのは大変だろう。
何よりも、だ。
この街に到着してすぐ感じた事がある。
この街は──臭い。
最初、人が多いせいだと思ったのだが、どうやらそうでは無さそうだ。
臭いのは、まあ慣れる。
しばらく経てば、気にならなくなることはなる、が⋯⋯。
俺は匂いに慣れるのが嫌いだ。
俺にとって匂いに慣れるってのは、嗅覚が鈍るってことと同義だ。
野生育ちのせいか、本来感じ取れるものが感じ取れないってのは嫌なのだ。
ま、しばらくはこの街で勇者を探す訳だし、匂いの原因を排除出来るならしておこう。
慣れてきたとはいえ、流石に発生源に近づけば匂いは強くなる。
なので、発生源の特定は容易だ。
匂いを辿れば済む。
「クンクン⋯⋯こっちだな」
匂いを辿りながら移動すると、海が見えた。
港だ。様々な船舶が泊まっている。
まあ、港町だから当然か。
俺は更に匂いを辿り⋯⋯どうやら発生源らしい船を発見した。
「アレだな」
沢山の櫂が節足動物の脚みたいに、船体から突き出た⋯⋯確か『ガレー船』というタイプの船だ。
ちょうど近くに、港湾で積み荷を移動させている船乗りがいたので、船について聞いてみる。
「あのくっさい船は何だ」
「ああん? ⋯⋯ああ、あの船の積み荷はこの街一番の人気商品さ」
「人気商品? なんだ?」
「アンタ知らねぇのかよ、奴隷だよ、奴隷」
「ほう」
「ガレー船ってのは、積み荷も、漕ぎ手も奴隷ってのが相場だ。漕ぎ手は暴れ出したりしないように鎖に繋がれて、何もかんも垂れ流し。だから臭ぇんだ。全く、こっちの積み荷に匂いが移る前に作業しねぇと」
どうやら、奴隷ってのはひどい環境で働かされてるようだ。
「なるほど、忙しいところ済まんな」
邪魔をした詫びに、俺は懐から黄金の粒を一つ取り出し、渡そうとした。
すると男は目の色を変えた。
「お、おい、冗談だろ? よせって、そういうのは」
「何がだ?」
逡巡している男の手を取り、手のひらに黄金を乗せる。
男はしばらく黄金の重さや色を見ていたが⋯⋯。
「おい、アンタ、これ本物じゃねぇか」
「そうだろうな。まあ、話の礼だ」
当然だ。
魔王様や爺やが偽物を渡すとは考えにくいからな。
「いや、それにしちゃあ多すぎる! わかった、もう少し教えるよ。あの船の積み荷は『魔族』や『半端者』らしい」
「半端者?」
「それも知らないのか? ハーフだよ、魔族と人間の。長い間抵抗していた魔族の里に領主様が派兵して、一網打尽にしたらしい。その結果奴隷が大量入荷したってことだ」
「ふーん、なるほどな」
「そのせいで、今この街の奴隷市場がパンパンで、船から下ろしきれない『荷物』が、ああやってまだ船にいるんだよ」
なるほど。
奴隷は需要の多い商材だろうが、供給過多にならないように調整している、ということだろう。
劣悪な環境に押し込められ続ける奴隷にしてみればたまったものじゃないだろうが、奴隷の苦情なんて聞く耳持つ者はいないだろう。
奴隷の事ばかり聞くのもなんなので、男が運んでいる者についても尋ねる。
「ちなみにお前は何を運んでるんだ?」
「ああ、武器だよ。剣やら槍やら最近多くてさ、戦争でも始めるのかね⋯⋯おっと、これはあまり言わないでくれよ、結構『上』からのお達しらしいからさ」
上、と言いながら男は指を上に向ける。
恐らく偉い奴の指示、ということだろう。
武器か。
もしかしたら、暗黒大陸に遠征するために集めているのか? だとしたらさっさと勇者とやらをブチ殺さんといかんな。
「良くわかった。色々すまんな」
「俺が言ったって言わないでくれよ、この街じゃ公然とはいえ、一応秘密だからさ。じゃ、俺仕事に戻るからさ⋯⋯いや、これがあれば今日はもういいか」
と言った男は、黄金を懐にしまうと積み荷など放ってどこかに行ってしまった。
無責任な奴め、ま、俺が雇い主でもないし、咎める気もないがね。
男の話を整理すれば、こうなる。
あの船には、最近捕まった魔族や魔族のハーフたちからなる奴隷が積まれてる。
そのせいであの船は臭い。
俺は臭いのは、嫌。
解決策はシンプルだ。
「よし、じゃあ奴隷を逃がそう。そうしたらこの臭いのもマシになるだろう」
これは別に、捕まってる奴が可哀想とか、そういうのは一切ない。
ずっと一人だった俺には、近しい人物に対してはともかく、魔族全体に対しての同族意識みたいなものはまるでないからな。
捕まるのは弱いからだ。
弱い奴は強い者に支配される、それが世の理(ことわり)って奴だ。
そういう意味では、こうやって魔王様の部下として働く俺も似たようなもんだな。
⋯⋯ちょっと同情しそう。
とは言え、だ。
流石に昼間っから船を襲撃したりすれば目立つだろう。
奴隷逃がして空気スッキリ作戦は、とりあえず夜にでも決行するとして、まだ時間はある。
「敵を知るのが大事って、爺やも言ってたからな」
情報収集のため、まずは奴隷市場とやらを視察だ。
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