第4話 羊ください

 グラッツオの背に乗り、旅を続けること三日。

 リューガス大陸の東部に着いた。

 見渡す限り広い平原だ。

 着いてすぐ、グラッツオの餌を探したのだが⋯⋯。


「うーん、この辺は小動物の気配しかしないな」


 山育ちの俺は、近くに潜む生命の『気配』を感じることができる。

 「魔王城隠れんぼ大会」があれば優勝間違いなしだろう、ないけど。

 いや、今度提案してみようかな? 自分の輝ける場所は自分で得ないとね。

 取りあえず、今は感知できる範囲にはグラッツオの餌として足る獲物はいないようだ。


「⋯⋯飯抜きでいい?」


 グラッツオに聞くと首をブンブンと振った。

 なんとこのドラゴン、話は出来ないがこっちの言うことをある程度理解できるのだ。

 ドラゴンは人間の縄張りだと問答無用で討伐対象とのことなので、グラッツオは餌を食わせたら魔王城へと帰還させるつもりなのだが。

 他の竜よりデカいせいで、やたら目立つしね。


 さて、どうするか⋯⋯と思案してると、グラッツオが急にあさっての方向を向いた。


「ん?」


 釣られるようにそちらを見ると、感知範囲の外だが、見晴らしが良いため確認できた。

 俺は視力にも自信があるのだ。


 白い、もふもふした生き物が集団で歩いている。

 羊の群れだ。


「おおー。確か放牧って奴か?」


 確か動物を飼い慣らして、毛やら肉やら利用するんだよな。

 山育ちの俺には無かった発想だ。

 肉欲しけりゃ、狩れば良かったからな。


 もちろん、「羊ください!」「はいどうぞ!」って訳にはいかんだろうが、今回の任務にあたり、活動費として黄金の粒を幾つか貰っている。

 黄金なんて俺からしたら、何かちょっとキラキラしただけの、柔らかい金属だけどな。

 同じ金色なら、魔王様の髪や瞳の方が価値を感じるぜ。


 これを人間が使う通貨に換金しろ、と言われていたが⋯⋯。



「ま、黄金は価値があるらしいからな。何粒か渡せば、羊の一頭くらい譲って貰えるだろう。よしグラッツオ、行くぞ!」


 グラッツオの背に飛び乗り、羊の群れへと向かった。





───────────────




 

 結果から言えば、羊はあっさりと譲って貰った。


 羊飼いのおっさんと交渉する前に、先走ってグラッツオが二頭ほど食ってしまったのだが、許してくれた。

 いやー、良い人でよかった。


 そう言えば、ドラゴンは討伐対象だってことはすっかり忘れていたので、悪気は無かったことを伝え、必死にフォローしておいた。

 気苦労かけやがるぜ。


 世話になったので、何かあったら助けてやるという約束までした。

 こういうのはお互い様だからね、俺って義理堅い。

 あまり長居するのも彼らの邪魔だろうと考え、グラッツオが食べ終わったらすぐにそこを離れたのだ。


 そのあと、グラッツオは名残惜しそうに何度も俺を噛んだあとで飛んでいった。

 涎には新鮮な羊の血が混じっていた、ははは、こいつめー、生臭さーい。


「んじゃグラッツオ、またなー」


 竜が飛び立つ姿を見送ったあと、一人で思案する。


 帰る方法については考えてある。

 魔王様に事前に渡された、蓋付きの黄金のペンダント。

 このペンダントを開けば、魔王様に信号を送れるらしい。

 つまり、信号を送ったあとでその場に待機していれば、迎えがくるのだ。

 さっさと勇者を探し出してブチ殺し、このペンダントを開こう。


 とはいえ、一抹の不安もある。


「あの、『待て』もできないポンコツが、ちゃんと迎えに来るのかね⋯⋯」


 とはいえ、今はそんな事を考えても仕方がない。

 来なきゃ来ないで、時間をかけて帰りゃいい。

 考えても仕方ないことは考えない、が俺の流儀だ。


 さあ、勇者探し開始だ。



 そう思いあたりを見回すと⋯⋯そこは見渡す限りの平原。







 ──探すつっても、どうやって?

 あー面倒だな。

 何かもう、あっちから探しに来てくれんかね?









────────────────



『ニルニアス王国マーラン伯爵領下、イスト村の村民、タッドの嘆願』


 私は長年牧羊に携わっております。


 放牧というと、皆さんのんびりしたものをご想像なさるかも知れません。

 しかし、その内実はトラブルの連続です。

 羊の群れを襲うのは、何も猛獣だけではありません。

 武装した盗賊がその日の食料や、勿論売りさばく目的で羊を狙ってくることなど日常茶飯事です。


 そのため我々イスト村の村民は、腕に覚えのある村人⋯⋯まぁ、私もそうですが、放牧する際には羊の世話人兼護衛として放牧に同行します。


 イスト村では武芸の腕を磨くため、幼いころから訓練し、王都に兵隊として出稼ぎに出るというしきたりがあります。

 実際私も、王都で三年ほど従軍経験もありますし、竜狩りの任務に付き、自慢ではありませんが二頭ほど仕留めた事もあります。

 もちろん、当時の同僚と協力してですが。

 口調が村人らしくないのは、その従軍経験のせいかも知れません。


 ⋯⋯その竜を見て、瞬時に「これは無理だ」と悟りました。


 単に身体が大きい、とか、そういうことではなく、身に纏った風格と申しましょうか⋯⋯浅学な私には『王者の風格』としか表現できません。


 御伽噺に出てきた『竜王』とは、おそらくあのようなドラゴンを指しているのでしょう。


 

 あれに比べれば、私が今まで見てきた竜など、蜥蜴も同然です。

 なんせその竜が、翼をはためかせただけで突風が舞い上がり、殆どの羊が倒れました。


 その後に聞こえたのは、快晴であったにもかかわらず、激しい落雷のような音でした。


 そのドラゴンの発した、鳴き声です。

 

 竜が一鳴きすると、羊たちは逃げるどころか起き上がりさえしませんでした。

 ショックで気絶してしまったのです。


 獲物が逃げる心配が無くなったからでしょう。

 竜は私が見てる前で、まるで見ているものなど存在しないかのように、ゆったりと、上等なフルコースを優雅に食べ進める王侯貴族の方々のように、我々の羊を貪り始めました。

 と申しましても、貴人の方々の御食事風景など、伝聞や物語でしか存じ上げませんが⋯⋯。


 しばらく茫然として、羊たちの骨が砕ける、どこか非現実的な音をただただ聞いていました。


 するとそのドラゴンの背から、一人の男が降りてきました。

 大きな体躯に、後ろで束ねた長い白髪、褐色の肌の持ち主です。

 袖から覗く腕は、尋常な鍛錬では得られない程の高密度な筋肉を感じさせました⋯⋯まさに、暴虐を体現するかのような。

 

 男は、私の側に来ると言いました。


「俺の竜が先走ったようだ、許せ」


 その表情は、とても許しを乞う態度には見えませんでした。

 まるで、全てを睥睨するような⋯⋯。


 そのような態度は当然でしょう。

 男の言葉を信じるなら、あの恐ろしい竜を従え、手懐けているのですから。


「悪いドラゴンではないのだがな、たまに『おいた』が過ぎるところがあってな」


 その男は「クックック」と、自分の言った質(たち)の悪い冗談に笑い、次に懐から袋を取り出すと、そこから何かを取り出し、私に向かって放り投げました。


 その時は何かわからなかったのですが⋯⋯後で拾うと、それは黄金でした。

 実際、食べられた二匹の羊の対価としては過ぎたるものでしたが⋯⋯戯れに行われた施しなのは、その後のやりとりで明白です。


「足りるか? 足りなければ⋯⋯」


 こちらを試すような男の言葉に、私は必死に、何度も頷きました。

 男の目が語っていたのです。


「足りなければ、仕方ない、お前もドラゴンの餌にしてやろう」


 と。


 あまりの恐怖に、私は震えを抑えることができませんでした。

 次に男が獰猛な笑みを浮かべたその時、太陽に雲がかかりました。

 男の顔から視線を離せなかったからでしょう、私は、僅かな変化に気が付きました。

 薄暗くなったことにより、起こる変化⋯⋯恐らく、ご想像の通りです。


 そう、虹彩です。

 ご存知のように、闇に生きる魔族たちの、人間とは違う一番の特徴です。

 薄暗くなったにも関わらず、その男の目は、「ギラリ」と、光を強くしたように見えました。


 同時に男は言いました。


「────助けてやろう、俺は義理堅いからな」


 瞳の変化によって引き起こされた恐怖のためか、最初の部分はちゃんと聞こえなかったのですが、恐らくこう言ったのでしょう。


『命ばかりは助けてやろう、俺は義理堅いからな』


 と。

 その様はまさに、人の命を気分一つで弄ぶ、そう⋯⋯神官様の話に聞いた「魔王」そのものでした。


 竜の食事が終わると、彼らは東へと飛び立ちました。

 命が助かった事に安堵する暇もなく、羊を起こし、急いでそこを離れました。

 そこに止(とど)まれば、あの男の気まぐれ一つで、我々は殺されるかも知れないのですから。

 

 私以外の護衛は何をしてたって?

 居ませんでしたよ。

 全員、その竜を遠目に見た瞬間逃げ出したのです。


 私はよくその場に留まった?

 勇気がある?


 ご冗談を。


 恥ずかしながら⋯⋯竜を一目見て、腰を抜かしていたのです。

 そんな私を誰も顧みず、皆、一目散に逃げだしたのです⋯⋯。


 お願いです、どうか! 勇者様に、あの竜と、あの恐ろしい男の存在をお知らせ下さい!

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