第3話 魔法が効かなくなる!?
任務に向かう前に、爺やに色々習えという指示を受けた。
人間の文化や、その他もろもろだ。
ま、その辺は割と前から習っていたので今回は復習って感じだ。
今は地理を習っている。
リューガス東部の地図を見ながら、俺は溜め息をついた。
「しっかし、なあ⋯⋯」
「どうされました? ウォーケン様」
俺の様子に、爺やが顔を覗き込むようにして聞いてくる。
「ただお使いにいくんじゃ、なんだか気分が乗らんなぁ、と」
「はは。ウォーケン様らしい言い分ですなぁ。他の方なら否応無しに、ヴェルサリアお嬢様のお言葉に従うというのに」
ヴェルサリアってのは、魔王様の名前だ。
爺やは、魔王様の事をそのように呼ぶ。
「あ、告げ口は無しだぞ?」
「心得ております。とはいえ任務には前向きになった方がよろしいかと。ウォーケン様は普段の生活で、何か欲しい物など無いのですか?」
「欲しいもの、ねぇ」
そりゃあ色々ある。
だが一番欲しい物は、今は手に入れる目処がない。
それを手にするには、まずは⋯⋯。
「魔法が効かなくなる道具、とか⋯⋯かな? まあそんな物は⋯⋯」
「ありますぞ」
「あるのかっ! どこに!?」
「ちょうど、これから向かうリューガスに」
「マジか⋯⋯なぜもっと早く教えてくれなかったのだ」
「いつも言っているでしょう? まずは⋯⋯」
「ああ、わかってる、わかってるよ」
爺やは魔王城最弱だが、知識量が凄い。
特に人間の文化にやたらと詳しい。
魔王様と爺やが俺の先生ってとこだな。
そんな爺やの教えは「まず自分で考え、どうしてもわからなかったら聞く」だ。
だから今まで、俺が聞かなかったから言わなかったのだろう。
その爺やが『ある』と言うんだ、おそらく間違いない。
「確か数年前、どこぞの遺跡でそのような効果がある道具が、数点見つかったと噂で聞きましたな。ニルニアスでは武功を立てた者に下賜されてるとか」
「ほう。って、ちょっと待てよ、なら勇者ってのはそれを持ってるんじゃないか?」
「可能性はありますな」
くっくっく、そうか。
それを聞いて、俄然やる気が沸いてきた。
勇者なんてのに個人的には全く用はなかったが、ソイツを倒せば魔法対策グッズが手に入るとなると話は別だ。
「よし爺や! さくさく勉強するぞ!」
「やる気が出たようで、なによりです」
ふふふ、もし魔法対策グッズを手に入れたなら⋯⋯。
あの至高の女を、我がものにできるかもしれない。
いや、してみせる。
俺は勉強を頑張ることにした。
その後、熱意溢れる学びの姿勢によって、俺は結構爺やに褒められた。
ふふふ、俺は褒められたら調子に乗るタイプだ。
習い事が終わり、活動費として黄金の粒をいくつか受け取った。
暗黒大陸産の黄金は質がよく、人間に高く売れるらしい。
何か魔導具などの触媒には、暗黒大陸産の黄金が適しているらしい。
この黄金の利権も、人間が魔族を滅ぼしてでも、暗黒大陸を支配したい理由の一つだとか。
で、準備完了いざ出発という段階なのだか。
海を隔てた地、リューガス大陸は遠い。
船や徒歩で行くとなると、恐らく往復だけで数年はかかる。
だがそこは心配いらない。
我らが魔王様が誇る「飛龍部隊」がある。
ドラゴンを調教して使役する部隊で、中でも魔将軍に与えられたドラゴンたちは、別格の飛行性能を誇る。
それに乗れば、遠く離れたリューガス大陸でも数日で辿り着けるって寸法だ。
竜が途中で休むための、島の位置が記された海図は頭に叩き込んである。
ただ、幾つか難点がある。
流石に、人間の街に竜で直接乗り付ける訳にはいかない。
竜の役目は、あくまで海を越えること。
街からはやや離れた場所まで竜で移動し、そこからは徒歩だ。
もう一つ、ドラゴンの飛行許可を得るには、飛龍部隊の長に話を通さなければならない。
魔将軍の長、グルゲニカ。
俺は奴が苦手だ。
魔族でも有数の部族、『天竜族』の末裔で、エリート風を吹かせたカンに触る野郎なのだ。
以前、魔将軍の序列を決める『御前試合』で、俺相手に手加減をするという屈辱を⋯⋯あー、思い出すと今でも腹立つ。
とはいえ、流石に挨拶なしという訳にもいかないので、兵舎で部下とともに訓練中のグルゲニカを訪ねた。
剣戟が発する音が鳴り響く中、高級感のある赤装束に身を包んだ、相変わらず神経質そうな優男が兵士たちに混ざって訓練している。
「もっと鋭く打ち込んでこい!」
「はい! グルゲニカ様!」
グルゲニカの指示に、兵士は神妙な表情で返答している。
グルゲニカは嫌な奴だが、努力家だ。
俺が見る限り、いつも魔王軍で一番訓練に勤(いそ)しんでいる。
家柄よし、実力有り、容姿に優れ、しかも努力家。
そのせいか、女にも人気がある。
とっかえひっかえだ。
つまり世の男性全ての敵、歩く
訪問者が俺だとわかると、グルゲニカは露骨に顔をしかめた。
腹の立つ態度ではあるが、同じ魔将軍でも奴の方が上位、ここはきちんと挨拶をしなければ。
表情、揉み手、準備よし!
「ウィッス! グルゲニカの兄貴! あなた様の一の子分、ウォーケンがやってまいりました! 今日も大層な男っぷりで! クンクン⋯⋯あー、また違う女の匂いプンプンさせちゃって! 俺の鼻はごまかせませんよ? よっ! このプレイボーイ! そのうち刺されちゃいますよ? 全く少しはこっちに回してくれたってバチは当たんないでしょーに! このこの!」
言いながら、グルゲニカの腕を肘でつつく。
俺のフルブースト追従に、何故かグルゲニカは顔をしかめ、挨拶には答えずに一方的に告げた。
「魔王様から聞いている。飛龍だろ? ニアには言ってあるからわざわざ来なくてもいい」
「何言ってんすかー! そんな不義理な真似を大尊敬する兄貴にできませんよー!」
「どこで覚えたんだ、そうやって毎度心にも無いことを⋯⋯まあ、いい。わざわざ来たその気持ちだけ受け取るから、さっさと行け」
しっしっ、と、犬でも追い払うようなジェスチャーをしてきた。
むかっ、相変わらず嫌な奴だ。
「んじゃ、あのポンコツドラゴン借りてっても?」
「お前は、あれしか乗れんだろうが⋯⋯」
呆れたようにグルゲニカが言ってくる。
確かにそうだけどさ。
周りを見ると、何やら兵士たちから注目されている。
こんな大勢の前でバカにしやがって、コイツいつかぶっとばそう。
「そっすねー! んじゃ、ポンコツ同士、行ってきまーす!」
話が通っているならこんな所に要は無いぜ。
こいつも魔法対策グッズが見つかったら⋯⋯ふふふ、楽しみだ。
俺は飛龍部隊の兵舎へと向かった。
「あー、相変わらずドラゴンくせぇ⋯⋯」
飛龍部隊の兵舎は、魔王城でも最大規模の建物だ。
なんせデカいドラゴンを、何匹も飼育してる訳だからな。
ここにいるドラゴンの殆どはここで生まれ、幼竜のうちから調教された個体らしい。
グルゲニカたち『天竜族』は、代々ドラゴンを使役する秘儀を継承している。
だから魔族の中でも特別扱いなのだ。
兵舎の中を進んでいると、何やら騒がしい。
『もしかして⋯⋯』と俺が思っていると、それを裏付けするように声を掛けられた。
「あっ、ウォーケン様! ちょうど良い所に!」
竜たちを飼育する係の長、ゲルルニアだ。
グルゲニカが戦闘担当、ゲルルニアが後方支援って感じだ。
「ちょうど良い所ってことは⋯⋯」
「はい、すみません、また例の『発作』が⋯⋯」
申し訳なさそうな表情をしている。
ゲルルニアは、実はあのいけ好かないグルゲニカの妹だが、とても良い子だ。
その甲斐あってか、一匹を除きドラゴン達は彼女にとても懐いている。
その愛嬌を兄貴にも分けてやってくれんかね?
「わかった。俺が対処しよう、ゲルルニア」
「ありがとうございます! でも、その名前で呼んだらいやですー。ニアって呼んでください!」
ぷーっと頬を膨らませて抗議してくる。
うん、そんな表情も可愛い。
確か魔王様もゲルルニアの事を「奴のようなのを『あざと可愛い』というのじゃ」って褒めてたな。
⋯⋯もしかしたらほめ言葉ではない気もするが⋯⋯まあ、可愛いは正義だ。
「わざとだよ、その表情が見たいからさ」
「もう! ウォーケン様ったら、いつもそうやってからかうんですから!」
本音なんだけどな、まあいいか。
「んじゃ、ポンコツ君の所にいこうか」
「そんなふうに呼んじゃだめですよー! グラッツオは良いドラゴンですよ! 私には一切懐かないですけど」
「そうは思えないけどな」
話しながら、兵舎の奥へと進む。
俺の騎竜、ポンコツ君ことグラッツオは、協調性が皆無だ。
そのため一匹だけ離れた場所にいる。
俺が姿を見せると、グラッツオは嬉しそうに首を伸ばしてきた。
そしてそのまま、俺の頭に
「ガブッ」
と噛みついた。
「ヨーシヨシヨシ」
頭をガジガジと齧られつつグラッツオを
撫でる。
グラッツオは俺の頭を噛みながら撫でられると、とても喜ぶんですよ。
他の竜と一緒にすると甘噛みがエスカレートして噛み殺すことがあるらしく、こうやって隔離されてるのだ。
グラッツオの難点は、この噛み癖だけではない。
背中に人を乗せるのを極端に嫌がる。
何人もの魔族を振り落とし怪我をさせた、実にダメな奴なのだ。
ま、俺は身体能力だけは人一倍なので、やすやすと振り落とされたりしないが。
それに俺はニアとは逆に、他のドラゴンにはどうやら魔法に弱いという特性がバレてるのか、舐められている。
一切懐いてくれないのだ。
他のドラゴンだと、背中に乗っても全然飛ばない。
うんともすんともしないのだ。
なので必然的に、このポンコッツオ君が俺のパートナーだ。
まあ、結構可愛いところもあるけどね。
しばらく噛むと飽きたのか、グラッツオは俺から口を離した。
「んじゃ、コイツ借りてくね」
「あ、はい⋯⋯いつも思うんですが、その、平気なんですか? それ」
「うん、甘噛みだから。コイツ甘えん坊なんだよね」
「そうですか? 私には噛み砕く気満々に見えますけど⋯⋯」
「ははは、そんな筈ないさ。うわっ、今日は涎(よだれ)多いな! やっぱり平気じゃないかも!」
ニアは一瞬、残念な物を見るような視線をこちらに向けてきたが、すぐに笑いながらカバンを開いた。
「こうなると思いました。はい、どうぞ」
なんと、ニアはこうなることを予見し、タオルを用意してくれていた。
相変わらず良く気が利く、良い娘だ。
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