第2話 勇者捜しに行きます
「リューガス大陸に?」
「うむ。行ってこい」
魔王様に呼び出され出張の命令を受けた。
リューガス大陸は、俺たち魔族と別の知的生命体である『人間』の主な生息域だ。
まあ、魔族もそれなりに住んでるらしいけどね。
魔族と人間は元は同じ神から創られた存在らしく、外見的な特徴は一点を除きほぼ同じ。
両者は繁殖も可能、とのこと。
だから気をつけてればバレない、らしい。
人間と魔族、その一番の違いは寿命だ。
俺たち魔族は老化の速度が極端に遅い、つまり年を取りにくい。
俺自身、山で過していた時間は恐らく数百年単位だし、目の前にいる魔王様も恐らく結構な年齢だ。
そう、魔王様は人間で言えばババアだ、くっぷっぷ。
「お主、何か不敬な事考えとるな?」
「とんでもございません。しかし、なぜ俺が?」
命令とはいえ面倒くせぇ。
俺は遠出が嫌いだ。
なんせ数百年、山から外に出なかった超インドア派。
いや、ずっと山だったわけだから超アウトドア風インドア派?
そんな事を考えていると、魔王様が聞いてきた。
「他の魔将軍と、お主の違い⋯⋯何だと思う?」
魔王様からの質問。
ふっふっふ、簡単だ、俺は自信を持って答えた。
「そうですね、奴らは魔法が得意で、俺は苦手⋯⋯ですか?」
俺の答えに、魔王様は静かに首を振って告げた。
「違う」
え? 違うの?
結構自信あったんだけどな。
「他の魔将軍はちゃんと働いておる。お主は城をプラプラしておるだけじゃ、たまには働け」
なにやら俺の、普段の行いが気に入らないご様子。
しかし俺にも言い分はある。
「そ、そんな! ペットってそういうものでしょう!?」
俺の言葉に、魔王様は口元には笑みを浮かべたのに、目は笑っていない。
「ほお、このペットはどうやら躾が足りんようじゃな」
そう言って、腕を肘から上に曲げつつ、人差し指と中指を少しずらした形で立てる。
マズい、これは魔法発動の前兆である、
しかも、魔王様は無詠唱の達人。
俺は慌てて訂正した。
「冗談です、命令とあれば喜んで何処へでも参ります」
「それでよい」
俺の追従に、魔王様は上げていた腕を下ろし、満足げに頷いた。
くっ、暴君め。
部下を脅して仕事を押し付けるとは。
俺は城での生活が気に入っているのだ。
知ってるか? 肉って焼くと旨いんだぜ? 俺はここに来るまで生肉しか食ったことなかったんだ。
焼いた肉に塩をかける。
これを知っちゃうともう、素材をそのまま味わっていたあの頃には戻れないね。
調味料万歳!
あとスイーツ。
魔王様は俺のことを、城をぶらついているだけだと言っていたが、ちゃんと城下のスイーツチェックも頻繁に行っているのだ。
スイーツの詳細は、毎回字の練習を兼ねて細かく記載している。
いつかこれを、「ウォーケンガイド」として出版するという夢まであるのだ。
何もしなくても飯が出てきて、たまに城下で甘味屋視察、それが終われば温かい風呂に浸かり、柔らかいベッドでスヤスヤと眠る。
そんな最高の生活を与えておいて急に奪おうとするとは! 正に魔王の名に相応しい所行!
「我ら魔族と人間は、過去から何度も戦争をしてきた」
おっと俺の心の声は無視して、何か急に説明始めたな。
恐らく出張の理由だろう。
歴史は爺やに習ったので知ってる。
俺はただ食っちゃ寝してたわけではない。
ちゃんと勉強もしてるのだ。
⋯⋯しないと、魔法で『教育』されるからね。
人間たちの間で最大信徒数を誇る、太陽神を崇める宗教がある。
どうやらその教義の中では、俺たち魔族は「自然の摂理を無視した、神様の失敗作」みたいな扱いをされているらしい。
そのため人間は定期的に、俺たち魔族を根絶しようと戦争を仕掛けてくるのらしいのだ。
神様の尻拭いって感じなのか?
迷惑極まりない話である。
特に人間と魔族のハーフは、多くの国で、有無をいわさず奴隷扱い。
悲惨な状況だということだ。
最近も、リューガス大陸で珍しく自治を守っていた、どこかの魔族の村が滅ぼされたとかなんとかを、他の魔将軍が話をしていた⋯⋯気がする。
捕まって、俺みたいに飼い主に調教されてたりして? くっ、お前たちの辛さわかる、わかるぞー!
「そして、人間たちが我らに戦争を仕掛けてくる時に、外せない存在がある」
「外せない存在?」
「うむ。『勇者』じゃ」
「勇者⋯⋯ですか」
これも聞き覚えがあるな。
えーっと、爺やはなんて言ってたっけ。
あ、そうだ。
数十年だか数百年に一度、人間たちの中に圧倒的な戦闘能力を持った個体が出現する。
それが『勇者』だ。
勇者が誕生すると、人類は一丸となって魔族に戦争を仕掛けてくる、とか言ってたな。
「うむ。まだ未確定の情報じゃが⋯⋯リューガス大陸東部、ニルニアス王国で最近、遠洋航海仕様の軍船がやたら建造されてるうえに、しきりに徴兵が行われているらしくての」
「我々ではなく、他の国に戦争を仕掛けるつもりでは?」
人間同士、しょっちゅう戦争してるらしいしな。
俺の推察に魔王様は頷いた。
「その可能性もあるにはある。じゃが、リューガス東部の国々では軍船に関して協定を結んでおっての、他国との調整なしに勝手に増やせんのじゃ」
「ふーん、面倒なことですね、国ってのは」
「そうじゃよ? 妾もここを治めるのに色々考えでおるしな。⋯⋯なんなら魔王代わるか?」
「絶対嫌です」
面倒なのは勘弁だ。
俺が答えると、魔王様は愉快そうな表情を浮かべた。
「ふふ、そうじゃろうな。ま、話を戻すが、その軍船を増やす大義名分として効果的なのが、この暗黒大陸への遠征というわけじゃ」
「勇者と一緒に戦うぞー! ってな感じですかね?」
「そうじゃな。しかし、それはつまり裏を返せば、勇者の存在なくして使えん大義、というわけじゃな」
なるほど。
普通なら勝手に軍船は増やせない。
だが、勇者を擁し、この暗黒大陸へ遠征するとなれば、他国の了承を得やすいということだな。
つまり、話を整理すると⋯⋯。
「そこに行って、勇者とやらを探し出して、それっぽい奴がいたらぶっ殺せばいいってことですかね?」
「んー⋯⋯まぁ、そうだな」
あら。なんか含みがある言い方。
ナイスアイデアだと思ったんだけどな。
「ま、無理をしなくてもよいぞ。勇者だったらってのはあるが⋯⋯勇者を殺したら殺したで、こちらから戦争を仕掛ける形になるからな」
「あー、確かにそうですね」
「あと、お主が敵う相手ではないかも⋯⋯の?」
そう言うと、魔王様はやや挑発的な目を向けてきた。
む、反論したいところだが、もし勇者とやらが魔法を特技とするなら確かに厳しいかもな。
俺が押し黙っている様子が愉快だったのか、魔王様は機嫌よさげに続けた。
「それはともかく、妾としては別に人類と戦争などしたくないしの。それらしい人物を見付けても、すぐに勇者と決めつけず、何度か戦うなどして見極めた方がよいかもの」
様子見かぁ、そんなのしたことないけどな。
確かに爺やも、戦いにおいては相手を知ることが大事だって言ってたな⋯⋯まあ、そんな爺やはこの城で最弱だから、あまり説得力がないが。
「取りあえず、見つけるだけで良いってことですか?」
「⋯⋯そうじゃな、今はそれでよかろう」
「はい、じゃあそうします」
と答えたものの。
まどろっこしー!
見つけたらさっさとブチ殺して帰ってこよう。
何がお主では勝てないかも、だ。
万が一、相手が魔法を得意としていても、闇討ちでも何でもしてそんなもん使わせなきゃ済む話だ。
仮にそれで戦争になったとしても、他の奴が精々尻拭いすればいいさ。
見つける! 殺す! 帰る!
オペレーション『
内心で指示と反する事を決意していると、魔王様は「ふふっ」と笑いながらも、呆れたようにため息をついた。
「お主はわかりやすくて良いの」
「何のことですか?」
「ふふっ⋯⋯まあよい。あと渡しておく物がある」
そう言うと魔王様は玉座から立ち上がり、俺のそばに近付いて来た。
俺の正面に立つと一言命じた。
「ちと、頭を下げよ」
「こうですか?」
「お主は無駄にデカいからのう、もう少し⋯⋯よし、それでよい」
無駄ってなんだよ。
言われるがまま、さらに頭を下げたのだが⋯⋯。
頭を下げれば、当然視線も下がる。
俺の視線は魔王様の装束、そのぱっくり開いた胸の谷間へ向けられた。
うーん、布面積がやや足りないのか、お胸様は窮屈そうにしてらっしゃる!
しかも、なんか凄く良い匂い!
いや、服って考えた奴天才だよな。
俺は山ではほぼ全裸、まあたまに寒い日は、適当な獲物狩って、毛皮剥ぎ取って被ったりしたけど。
服を着る、隠される、見たくなる、つまりエロい。
俺はこれを学んだ。
つまり今、目の前の光景はとてもエロい。
なんてこった! 頭下げたのに、これじゃ別の『アタマ』が上がっちまいそうだ!
「何か妙な視線を感じるのぅ」
あ、バレてる、イカンイカン。
魔王様のことだ、「ちょっとーウォーケンー! 今胸見てたでしょー、もー!」とかでは済まないだろう。
変な気を起こさないように自制するため、目を閉じて待機していると⋯⋯。
耳元で「チャリ」っと金属が擦れる音がした。
すっ⋯⋯と離れる気配を感じ、目を開く。
すると、俺の胸元で金色の蓋が付いたペンダントが揺れていた。
ペンダントを摘まみ上げながら聞く。
「これは?」
「そのペンダントは、お主の座標を特定する物じゃ」
「座標? 居所ってことですか?」
「そうじゃ。任務が完了したと思ったら、そのペンダントを
つまり、首輪みたいなもんか。
流石に俺が帰ってこないからといって、「この子を探してます」って貼り紙をするわけにもいかんしな。
「なるほど、わかりました」
「それは妾の手ずから作ったもの。大事にして欲しいものよな」
魔王様は物作りが趣味で、頻繁に魔導具の制作をしている。
まぁ、魔王様の作る物に、あまり良い思い出はないが⋯⋯。
「光栄です。肌身離さず持ち歩きます」
「ふふっ。お主もようやっと、女の喜ばせ方がわかってきたようじゃな」
クスクスと、魔王様が笑う。
今まで魔王様が作った物と言えば⋯⋯。
服に隠された中身を知りたくて風呂を覗こうとしたら、窓から魔法が自動的に発射されたり。
夜中に寝室へ忍び込もうとすると、ドアノブに侵入者撃退用の魔法が備え付けられてたり。
つまり、ろくなものを作らない。
そんな魔王様には珍しく、今回初めて? まともな品だ。
チャラチャラと掌中でペンダントを弄りつつ、俺はふと浮かんだ疑問を口にした。
「ペンダントなら⋯⋯後ろから着ければよろしかったのでは?」
俺の問いに対して魔王様は、
「眼福じゃったろう? 胸元に熱い視線を感じたぞ。ま、すぐに手を伸ばして来なかったあたり、多少は教育の甲斐を実感できたぞ」
そう答えながら、妖艶かつどこか挑発的な笑みを浮かべた
全く⋯⋯この方には敵わないな。
さて。
今後も、胸の谷間を近くで観察するためにも、ちゃっちゃと任務を済ませちゃいますか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます