魔将軍最弱の俺、『伝説の魔王』の生まれ変わりだと勘違いされる
長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中
第1話 俺は最弱の魔将軍
突然拉致され、目の前に置かれた肉の塊。
今まで食ってきた、真っ赤で血が滴る物とは違い、表面は茶色に変色していた。
変色した肉は不味い、それがその時まで俺が学んだ常識だった。
俺はどんな肉を食っても大丈夫だが、腐った肉は不味くて口にしたくない。
だが、その肉からはうまそうな匂いが漂っていた。
我慢できずに、未知の肉塊を齧る。
すると、口内で旨味が爆発した。
こんなうまい物は、食った事がない。
──だから俺は山を下り、下界を新たな住処とする事をすんなりと受け入れたのだ。
────────────────
長い間一人で生きてきた。
数十年なのか、数百年なのか、自分でもわからない。
そんな俺に、魔王様は幾つもの「初めて」をくれた。
あの方と出会う以前。
俺は人間どもが「暗黒大陸」と呼ぶ、人類からは「辺境」と称される場所の、その中でも更に僻地となる山奥で暮らしていた。
山の支配者⋯⋯いや、最悪の『暴君』として。
一人とは言ったものの、他に生物がいなかった訳ではない。
周囲には数多の猛獣、魔獣が生息していたが、俺から見れば全て兎と変わらない無力な奴ら。
俺がちょっと本気で殴れば、皆死んだ。
凶悪な個体。
大規模な群れ。
それらは皆、俺の前では平等の存在。
俺の支配を断ち切れるものなどいなかったのだ。
あとで知った事だが、それらの猛獣や魔獣の中には最高硬度の鉱石を主食とする種類がおり、強固な鎧に身を包んだ戦士すらその一噛みで絶命することも珍しくないという。
しかし仮に攻撃を受けても、俺の体には傷一つとしてつくことはなかった。
力強く、疾く、頑強であること。
それが俺の生活を支える全てだった。
他からは奪うだけ。
鳴き声が気に入らない、と思えば命を奪い。
腹が減った、と思えば手近な生き物を狩る。
与えることも、与えられることも無い日々。
孤独は一切感じなかった。
なんせ、それしか知らないのだから。
そんな、孤独な暴君としての生活は、唐突に終わりを告げた。
それは、俺が自分の数十倍の大きさからなる、一匹の大型魔獣との戦闘を終えた直後だった。
乱立する木々を薙ぎ倒した尻尾の一撃は、俺の体に触れると同時に止まった。
そのまま尻尾を掴み、無造作に相手を引き寄せ、拳を叩き込む。
大型魔獣は身体を震えさせると、その命の灯はあっさりと消えた。
いつもの、見慣れた光景、その直後の出来事。
異邦人の襲来。
見慣れない、体に黒くヒラヒラした物を纏った、不思議な格好をした生き物が山へやってきた。
そのひらひらした物が、服であることはあとで知った。
俺はずっと、いわゆる『生まれたままの姿』で暮らしていたのだ。
初めて見る生き物に、俺の視線は吸い込まれ釘付けにされた。
同時に、心に生じたのは。
歓喜と興奮、そして──畏怖。
そいつは俺の縄張りに侵入し、何かしきりに、聞き覚えのない複雑な鳴き声を発していた。
今ならわかるが、あれは俺に話し掛けていたのだろう。
当時言葉を持たなかった俺は、それを理解することはできず、今となっては内容は不明だ。
それが自分と同じ種族の雌であることは、本能によってすぐに察した。
俺の体の一部が、激しく『変化』したのだ。
──この雌を手に入れたい。
言葉にはならない、だが、生まれて初めての感情。
だが当時俺が知る、何かを手にする方法とは
『奪う』
それだけ。
当時の俺は、自己の抑制など考えたこともない、獣同然。
縄張りを犯した闖入者を組み伏せ、激しく情欲をぶつけようと飛びかかった。
それまで、俺が本気で飛びかかれば、どんな相手も蛇に睨まれた蛙の如く身を硬直させ、己の運命を受け入れてきた。
そう考えれば、与えていたものはある。
『生』と『死』。
俺は山の生き物、その全ての生殺与奪の権利を握っていたのだ。
──しかし、その雌は違った。
甲高く声を上げた次の瞬間、女の右手が激しく光ると同時に、俺の全身に初めての衝撃が走った。
幾つもの「初めて」をくれた、魔王様から「初めて」貰ったもの。
それは──『痛み』。
それまで感じたことがなかった、痛みという未知の感覚。
その、初めて与えられた感覚と衝撃に──俺は耐えることができず、意識は次第に暗く⋯⋯。
───────────────
「──ウォーケン、いつまで倒れておる」
朦朧としていた意識が、名を呼ばれることで覚醒した。
玉座から、気だるそうにこちらを見下ろす存在を確認し、現在の状況を思い出す。
ここは魔王城、謁見の間。
そして目の前にいるのは──魔王様。
主の前で、いつまでも寝転んでいる訳にもいかない。
今なお全身に痛みを感じるが、何とか体を起こし立ち上がる。
「すみません、少し思い出しておりました」
「ほう、何をじゃ?」
「あなたと⋯⋯初めて出会った時の事を」
「⋯⋯ほう?」
少し眉を跳ね上げ、魔王様が愉快そうに笑みを浮かべた。
「お主が妾に対して、最初の『
「ははは、面目ありません」
魔王様は俺に名前もくれた。
ウォーケン、それが俺の名だ。
なんと、過去に存在した伝説の魔王と同名だ。
強そうな名前が良い、とリクエストしたらこの名前にしてくれたのだ。
とはいえ、その魔王にあやかって、子供にウォーケンと名付ける親は多いらしい。
つまりありふれた名前ということだが、名付けて貰った当初は感激したものだ。
とりあえず、まだ同名の者に出会った事もないしな。
「しかし魔王様。あの時とは違います⋯⋯摘まみ食いの罰にしては、今回はちょっと激しすぎませんか?」
山を下りて早五年。
魔族の文化を学んだ今だからこそ思う不満。
罪と罰は等価が原則だ。
釣り合っていないと禍根を残しかねない。
思わず不満を込めて視線を向けたが、魔王様はどこ吹く風といった様子で俺の視線を受け流し、自己の正当性を主張した。
「妾が大切にとっておいたケーキを食ったのじゃ、罰は当然じゃ」
とは言ったものの、あまり怒っている様子もない⋯⋯どちらかと言えば、愉快そうに言ってくる。
魔王様は、上手く言えないが⋯⋯以前から俺の、その『粗相』とやらを楽しんでいる節がある。
度量の大きいお方なのだ。
とは言え毎回しっかり罰があるので、喜ばせるためにわざわざやろうとも思わないが。
今回は甘い匂いに誘われて厨房に行ったら、ケーキがあった。
ダメだと思いながらも、体が抵抗できずに食べてしまったのだ。
たぶん、俺の犬並な嗅覚を利用した罠だな。
俺は極度の甘党なのだ。
逆に辛いものは一切ダメ。
どちらも山には無かったから、ここに来るまで食の好みなど、自分自身でさえ知らなかったけどな。
ま、人の物を勝手に食べた訳だから、罰は当然としても⋯⋯やはりやり過ぎな気がする。
「つまみ食いの罰に、
俺の言葉に、魔王様は
「まったく、お主の目は相変わらず節穴よの。今のは
何だと? 確かに俺は魔法には詳しくないが⋯⋯。
はっはーん、もしや、比類無き魔力を持つという魔王様のことだ。
ただの
我ながら、大した推理力⋯⋯。
「というか、雷撃ですらない」
ん? 違うの?
「
なるほど。
魔王様の言わんとする事を完全に理解した。
「つまり魔王様にかかれば、そのような微弱な魔法でさえ、極大雷撃級の一撃となる、と⋯⋯」
俺の呟きに、魔王様の表情は更に嘲りを強めた。
はーっ、コイツなんもわかってねぇみたいな顔だ。
「バカを申せ。この城で最弱の爺やでさえ『おおー程よい痛みと刺激で気持ちいいですじゃあ~』という代物だ、つまり⋯⋯」
「つまり?」
俺のオウム返しの一言に、魔王様はとうとうイライラを隠さずに叫んだ。
「お主が魔法に弱すぎるのじゃ! 何度も言わせるでない!」
だってー。
山には魔法使う奴なんていなかったんだもん。
───────────────
魔王様に城へと連れて来られた俺は、魔王様に『調教』され、従順な
だってよーあの
いつか押さえつけてあんな事やこんな事⋯⋯おっといかんいかん。
ま、色々教わったので感謝してるよ? これはホント。
魔王様によると、俺は考えられない程魔法を受けることへの耐性が低い⋯⋯というか皆無。
実際、城の下級兵が使用する魔法でさえ、食らってしまえば一発で気を失うレベルだ。
とはいえ魔王様によれば、俺の近接戦闘力は城でも随一、とのこと。
俺の戦闘速度を駆使すれば、大抵の魔法使い相手ならば、詠唱の隙を与えず一方的に攻撃できる。
その近接戦闘力を買われ、俺は魔王軍の中でも選りすぐられた魔王様の直属である『魔将軍』の一人に抜擢されたのだ。
⋯⋯しかし。
魔将軍の他の面々は、近接戦闘よりはどちらかと言えば『魔法』が得意だ。
単純な肉弾戦なら俺の勝ちは動かないだろうが、魔法を使われたら勝ち目はない。
──つまり。
山では絶対の支配者だった俺は、今や魔将軍最弱とも言える存在なのだ。
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