第3章 とりもどす魔法

第14話 鬼教官の教え


『【蘭丸】さんのナビゲーションを担当します。吉澤です。よろしくお願いします』


 【筐体】の中、フタが閉まると同時に聞こえてきたのは女性の声だった。


「ナビゲーション?」

『主に、こちらとの連絡を担います。【VWO】は【ORPHEUSオルフェウス】と勝手が違いますので。私がご案内します』

「なるほど。よろしくお願いします」

『では、早速、ログインを開始します』


 周囲が真っ暗になると同時に、目の前に現れたのは、金色のシステムウィンドウだった。その表示が目まぐるしく移り変わっていく。最後に表示されたのは、『The Warrior of ORPHEUS』の文字。


(オルフェウスの戦士?)


『ご武運を』


 吉澤の声と同時に、背中に感じていた液体の感触がせり上がってきた。ぎゅっと目をつむる。数秒後、俺は見慣れた景色の中を落下していた。いつもの、【ORPHEUSオルフェウス】の世界だ。


 着地してから自分の身体を見下ろせば、いつもどおりの姿だった。

 もうひとりの自分になるのは、随分久しぶりな気がした。実際には数日ほどしか経っていないわけだが。思わず、懐かしさに胸が熱くなる。


『【蘭丸】さん。問題が発生しました』


 吉澤の声に、思わず緊張が走る。


「どうしたんですか?」

『【エウリュディケ】と他3名の正確な位置情報をロストしました。【VWO】に転送したら、彼らを探すことから始めなければなりません』

「わかりました」

『では、転送を開始します』


 周囲のグラフィックが揺れる。同時に、エリア間をワープする時の浮遊感。

 次の瞬間には、見慣れない場所に立っていた。森の中だ。だが、【ORPHEUSオルフェウス】とはまるで雰囲気が違う。


(ふわふわしたファンタジーらしさがないんだ)


 ここが【ORPHEUS】なら森の中には不思議な魔法が溢れていて。妖精やモンスターが現れる、そういう雰囲気があるのに。


(ここは、現実に近い感じに作られてるんだな)


 ──シュン。


 周囲を見回していると、足元に迷彩柄の背嚢と小銃が現れた。


『装備です。確認してください』


 背嚢を開くと、詰められるだけの弾とハンドガンとその他の装備がぎっしりと入っていた。戦闘装着帯を身につけ、小銃のストラップを斜めにかける。ポケットには入れられるだけのマガジンとハンドガンを詰め込んだ。


「【VWO】って、ポーチは使えないんですか?」


 【ORPHEUSオルフェウス】では質量に関わらず999個のアイテムを持ち歩くことができるポーチ機能があるのだ。


『使えません。【VWO】では、オブジェクトは現実と同じ質量に設定されています。ポーチのような機能でそれを操作することはできません』

「不便だな」

『これも、戦争が故のルールですね。銃火器についても、2020年代相当の技術しか持ち込まれていませんから』

「前時代的ってやつか」

『そうでなければ、戦争が盛り上がらないのでしょう』

「うわぁ。吉澤さん、ちょっと過激じゃない?」


 言いながらも、着々と準備を進める。


『そもそも、こんな大規模な仮想現実世界を構築してまで戦争をしている人たちです。最低最悪の悪趣味人間が作った世界ですよ、そこは』


 吐き捨てられた言葉には、何も言えなかった。よくよく考えなくても、確かに悪趣味なのだ。これまで疑問に思わず能天気に、傍観者として生活していたことを申し訳なく思った。


『メインシステムに【ORPHEUSオルフェウス】システムのインストールが完了したら、ポーチ機能も使えるようになります』

「了解。ちなみに、こっちでも使えるスキルはありますか?」

『一覧を出します』


 即座に返事が返ってきて、続いてウィンドウが表示される。


「けっこう多いですね」

『もともと、【ORPHEUSオルフェウス】は【VWO】と互換性を持てるように開発されていますから』

「なるほど」


 言いながら、素早くウィンドウに視線を走らせる。


=====


■パッシブスキル

 ・落下耐性 Lv75

 ・自然回復 Lv47

 ・持久力 Lv77

 ・抜刀術 Lv99

■アクティブスキル

 ・見切り Lv99

 ・三段突き Lv99

 ・燕返し Lv99

 ・雲耀 Lv99

 ・死んだふり Lv26


=====


 パッシブスキルは常に効果が発動されているスキル、アクティブスキルは自分の操作で発動するスキルだ。俺の戦闘スタイルに必要なスキルはちゃんと使えるらしい。アクティブスキルの方は遠距離攻撃系や魔法属性が付与されるようなスキルは使えないらしいが、近距離攻撃系のスキルは十分だ。


(パッシブの抜刀術が残ってるのはありがたいな)


 これがあるだけで、抜刀のスピードが段違いなのだ。


『いけそうですか?』

「これだけ使えるなら、問題ありません」

『では、こちらがマップです』


 目の前に、別のウィンドウが表示される。見慣れたUIなのがありがたい。


『ここで4人をロストしました』


 マップ上に赤い点が光る。俺が今いる場所から、500メートルほど先だ。


『メインシステムへの接続点に続く通路の入り口です。我々のハッキングで構築した、いわば裏口ですね。ここからメインシステムに侵入しましたが、その先でロストしました』

「通路っていうのは?」

『接続点は地下施設の奥にあります。その地下施設は侵入者を防ぐために複雑な構造になっています』

「ダンジョンみたいな?」

『つまり、そういうことです』


 ダンジョンを攻略して、最奥にある『メインシステムへの接続点』を目指す。ゲームみたいな話だが、そういうクエストだと思えば俺も動きやすい。


「この裏口は、まだあるんですか?」

『はい。あちらのエンジニアも頑張ったみたいですが、こちらのほうが一枚上手ですね。まだ塞ぐことが出来ずにいます』


 顔は見えないが、吉澤がニヤリと笑ったのが分かった。


「じゃあ、俺もここから侵入すればいいんですね?」

『そうです。今度は回線が途切れないように、こちらのメンバーで対処します。とにかく、4人と合流してください』


 理屈はサッパリわからないが、あちらと繋がったままの俺の回線を維持できるよう頑張ってくれるらしい。


「わかりました」

『ここから先、出くわす兵士についてですが……』

「俺が殺したら、凍結される?」

『……はい』


 返事まで、少し間があった。


「凍結された人を助けるのが最終目標。まずは、解除コードを手に入れる。それを優先しなきゃならないって言いたいんですよね?」

『そうです』

「分かってます」


 高野と同じ覚悟ができたわけではない。あんなに強くなれるわけじゃない。それでも。


「俺は仲間を助けて、母ちゃんと父ちゃんのところに帰る。そのために、最善を尽くします」

『了解しました。私も、最善を尽くしてナビゲーションします』

「よろしくおねがいします」

『では、行きましょう』

「はい!」


 小銃を握りしめて、森の中を駆け出した。少し走ると、すぐに人の気配を感じた。木の幹に身を隠しながら進むと、十数人の兵士が輪になって何かを守っている姿が見える。


『あれが裏口です』


 よくよく見れば、兵士の足元に鉄の扉があることが分かった。地面に四角い穴が空いていて、そこに鉄の扉がはめ込まれている。あの先に、仲間たちがいるということだ。


『正面突破以外の道はなさそうですね』

「ですね」


 森の真ん中だが、その部分だけぽっかりと空間が空いている。扉を中心とした半径50メートルくらいの空間だけ、森がない。つまり、周囲には遮蔽物となる木々がないのだ。隠れる場所がないなら、正面から突破するしかない。


『全て倒す必要はありません。突破して、扉に飛び込みましょう』

「でも、全員倒しておかないと、追われませんか?」

『【VWO】では、それぞれのPCにプレイ可能エリアが指定されています』

「PCによっては行けない場所があるってことですか?」

『はい。機密を守ったり、統率を保ったりするためですね。あそこの兵士たちは、地下には入れないと考えて、まず間違いありません』

「なるほど」

『地下に降りたら、今度は地下で待っている兵士に襲われると思っておいてください』

「了解」

『いいですか、ここでは死んだら即凍結です』


 吉澤が厳しい口調で言った。


『死なないでください』

「はい」


 返事をしながら、頭の中で作戦を立てる。


(あの動き方からして、熟練二人、中堅三人、残りは経験の浅い新兵だな)


 厄介なのは、熟練の二人だけだ。


(最初の射撃で二人を潰す。森の中をダッシュで回り込んで、側面から二度目の射撃だ)


 あとは兵士の中に飛び込んでしまえば、フレンドリ・ファイアを警戒して撃てなくなるだろう。そうなれば、一気に扉までたどり着ける。

 小銃を構えた。


(落ち着け)


 何度か深呼吸を繰り返した。ここに高野はいない。一人でやらなきゃならない。


『励めよ』


 安田特殊教官の顔が思い浮かんだ。


(あの人は、分かってたんだ。戦争が遠い世界の出来事なんかじゃ終わらないってことを)


 だから厳しかった。俺たちを強く育てることで、俺たちを守ろうとしてくれた。


(生き残る術を、教えてくれていたんだ)


 その教え通りに、立射姿勢をとる。照準サイトを覗き込み、狙いを定めた。


「……行きます」

『はい』


 一つ息を吐いて、俺は歯を食いしばった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る