第2章 はじまる戦争

第9話 世界の思惑


 男に促されて、蹴破られた窓から外に出た。屋根伝いにヘリの方に向かう、遠くで、パトカーの赤色灯が数を増やしながらどんどん近づいてくるのが見える。


 ──ダダダダダダ!


「キャア!」


 突然鳴り響いた大きな音に、母親が悲鳴を上げてその場にうずくまった。


「まずいな」


 男が無線機を手に唸る。


「戻れ」


 再び部屋に戻された俺達。プロペラ音が遠ざかっていったので、ヘリが上空へ飛び去って行ったのだと分かった。


「あちらさんも戦闘ヘリを出してきた。こっちのヘリは離脱だ」

「それじゃあ、さっきのは?」

「機関銃の音だ」

「こんな住宅街で!?」


 顔を青くする俺たちには目もくれず、男が階段を駆け下りていく。慌ててついていくと、1階には他にも4人の武装した男がいた。


「ルートCは?」

「遠回りだが安全だな。この3人を連れて行くなら、それしかない」


 短いやりとりの後、男が俺たちに向き直った。


「俺たちはあなた方を安全な場所に運ぶことを優先する。それだけ信じて、俺たちに従ってくれ」


 その言葉を、とりあえずは信じるしかない。父親と俺は戸惑いながらも頷いたが、母親はそうもいかない。ブルブルと震えて、俺にしがみついたままだ。


「奥さんは俺が背負う」


 別の男が素早く装備を外していく。また別の男が、外した装備を俺の身体に巻きつけ始めた。


「お、おい」

「現役高校生なら、学校で戦闘訓練は受けてるだろ?」

「だけど」

「使い方は分かるな? セーフティーは外しておけよ」

「いや、だから……」

「よし」


 俺のセリフはことごとく無視されて、あっという間に武装させられてしまった。そして、嫌がる母親はあれよあれよという間に男に背負われてしまう。


「時間がない。行くぞ!」


 俺と父親に一人ずつ男がついて、強引に肩を押される。その指示に従って玄関から外に出ると、サイレンの音がすぐ近くまで来ていることがわかった。


「こっちだ」


 促されるままに、サイレンとは逆の方向に走り出す。


 ──タタタタタタ!


 遠くから、自動小銃の音が聞こえてくる。どこかで戦闘が始まっているのだ。


「なんで、こんな!」


 思わず叫んだ俺に、誰も答えることはなかった。





 しばらく走った俺達は、今度は装甲車の中に押し込められた。そこでようやく、息をつく。


「怪我は」


 男の一人に問われて、首を横に振る。ぐったりする俺たちにペットボトルの水が差し出された。ありがたく受け取り、ごくごくと一気に飲みほした。


「少し時間がかかる。寝れるなら寝ておけ」

「無理です」

「だろうな」


 男が俺たちの隣に座り込んだ。


「悪かった。あちらさんが、これほど早く対応してくるとは思ってなかったんだ」

「あちらさんというのは? そもそも、あなた方は?」


 父親が問う。


(そうだよ。そもそも、俺達はどうして襲われているんだ?)


「襲ってきたのは日本軍。俺たちは、まあテロリスト集団ってところだ」


 テロリスト。その言葉に、俺も父親も驚いて二の句が継げない。


「……いったい、何が起こっているんですか?」


 父親の再度の問いに、男がため息を吐いた。


「戦争だよ」

「そんなの、【VWO】の中の話だろ? なんで、現実世界でドンパチやんだよ!」


 思わず叫んだ俺に、男たちの視線が突き刺さる。


「……自分たちが巻き込まれることはあり得ないと、本当に思っていたのか?」


 その声の低さに、思わずぐっと喉が鳴った。


「日本はずっと前から戦争していたのに?」

「だって、俺たちには戦争なんて……」

「関係ないか?」

「そうだよ」


 父親が俺の肩を引くが、俺の勢いは止まらない。


「そんなの、当たり前だろ!」


 だって、どうしてこんなことに俺たちが巻き込まれなければならないんだ。


「どうしてだ?」

「どうして、って……」

「学校で戦闘訓練を受けていただろ?」

「そうだけど……」

「それ以前に、お前は【ORPHEUSオルフェウス】をプレイしている」

「戦争の話してんだ。ゲームは関係ないだろ!」

「今更、こんな説明が必要か?」


 ため息交じりの言葉に、思わず握った拳に力がこもった。


「亮平」


 父親が再び俺の肩を引く。


「理解してください。私はただの会社員で、この子はただの高校生です。戦争について当事者意識など持っているはずがない。……今の日本は、そういう国でしょう?」


 今度は男の方が言葉を詰まらせる番だった。


「……おっしゃる通りです。すみません」

「いえ。こちらも、混乱していて申し訳ありません」

「いや、それも当たり前か」


 男が息を吐いた。


「俺は高野。あんたらの命を預かる。よろしく頼む」


 差し出された右手を、父親が握る。


「どうやら、あなたを頼る以外の選択肢はないようだ。よろしくおねがいします。森です」


 促されて俺も男と握手を交わした。すぐに振り払ったわけだが、高野の方は苦笑いを浮かべただけだった。


「母さんも……」


 父親が促すが、母親からの反応がない。俺にしがみついて顔を伏せたままだ。


「母ちゃん?」


 その顔を覗き込むと、寝息を立てているのが分かった。


「寝かせてやろう」

「うん」


 高野にも協力してもらって、母親を横にさせる。俺にしがみついた腕を離そうとしないので、俺は枕になるしかない。別の男が毛布を着せかけてくれた。


「一から事情を説明しよう」

「お願いします」


 改めて、高野に向き直った。高野もどっしりと座り直し、俺たちに向き直る。きちんと説明してくれるらしい。


「そもそも世界中が戦争状態にある中で、【ORPHEUSオルフェウス】をはじめとするVRMMOゲームがリリースされ、それをどの国も受け入れている。それがどういうことなのか分かるか?」


 こういう言い回しで言われて初めて、その違和感に気づいた。インターネット上のあらゆる情報が監視され、個人のブログやSNSでのちょっとした言葉尻ですら規制の対象になっているのに。


「【ORPHEUSオルフェウス】内では何を話しても規制の対象になったなんて話は聞いたことがない。第一、戦争してる国の人とパーティーを組むことだって出来る……。確かに、変だ」


 俺が言うと、高野が頷いた。


「そうだ。これには、各国政府の思惑が絡んでいる」

「思惑?」

「VR空間における、戦闘訓練だよ」

「戦闘訓練?」

「フルダイブ式のVRだからって誰もが初めから上手く動けるわけじゃない。【VWO】が稼働し始めてから1年くらいは、まともに動ける兵士を見つけることの方が難しかったらしい」


 フルダイブ式のVRとは、脳から発信される信号を身体ではなくVR空間のPCに伝え、PCから伝わる五感を脳に伝えるシステムだ。そうすることで、人の脳はリアルの肉体ではなく、VR空間のPCこそが自分自身だと認識するようになる。


「確かに、慣れるまで結構時間がかかったな」

「そうだろう? こればっかりは、実際にVRに入って動いて慣れるしかないんだ」

「それでゲームを開発したということですか?」


 父親が言う。その表情には怒りが浮かんでいる。


「そのとおりだ。子供の頃からフルダイブ式のVRに慣れさせること、戦闘に対する基礎的な訓練を行うことを目的として、各国の政府主導で開発された」

「政府主導って、【ORPHEUSオルフェウス】の運営は一般企業だろう?」

「そうだが、国から秘密裏に補助金が出されている」

「嘘だろ……」


 俺も父親も、言葉を失った。子どもの遊びすら、戦争の道具にされているということだ。


「各国の軍隊は、常にVRゲームのプレイヤーを監視している。そして、優秀なプレイヤーを見つけたら理由をつけて【筐体きょうたい】を送るんだ」


 そういえば、と俺はあの日のことを思い出した。世界最速で神竜を倒した、あの日だ。


「俺の仲間が、システム障害で仕事が早く終わったって……」

「それも、政府の差し金だろう。疑われずに、自然な形で【筐体きょうたい】からログインさせるための演出だ」

「それじゃあ、【筐体きょうたい】でログインしていたら……」

「【VWO】に強制転送されていた」

「じゃあ、他の三人は!?」

「今は、【VWO】の中だ」


 俺の全身から血の気が引いた。


「そんな! じゃあ宇佐川も!?」

「そうだ」

「助けなきゃ!」


 このままでは、宇佐川が戦争に巻き込まれてしまう。あんなに優しい彼女が、そんな状況に耐えられるはずがない。


「できない」

「どうして! 宇佐川の【筐体きょうたい】も回収したんだろう!? 緊急ボタンを押せば……」

「あのボタンは、ただの飾りだ」

「は?」

「自分からログアウトすることもできない。……一度入ったら、二度と出られない。それが、『死のはこ』なんだ」

「なんだよ、それ。そんなの、ただのネットスラングだろ」


 『死のはこ』なんていう不吉な呼び名は、ネットの世界で一部の人間が面白がって言っているだけだ。


「そう。ネット上で、たまたま呼ばれるようになった『死のはこ』という呼称だが、あれは実に的を射ている」


 高野が、再び拳を握った。


「……ヴァーチャル戦争が始まってから、もう一つの重大な問題が発生したんだ。それに対応するために開発されたのが、【筐体きょうたい】だった」


 高野がことさら声を低めて言ったので、俺も父親も息を飲んだ。


「ヴァーチャルでは誰も死なない」

「そんな当たり前のこと……」


 そもそも、そのためにヴァーチャルで戦争をすることにしたはずだ。


「そう。当たり前のことだ。だが、兵士が減らなければ、どうやって決着をつける?」


 そうだ。兵士が減らないなら、永遠に戦争は終わらない。


(あれ?)


 そこまで考えて、俺の頭に一つの疑問が浮かんだ。


「それじゃあ何で、いつまでも徴兵が続いてるんだよ」


 兵士が減らないなら、補充する必要はない。増強するというなら話は別だが。それにしたって、日本人は65歳になった端からほぼ全員が徴兵されるのだ。年間50万人以上が徴兵されていることになる。


「だから、ルールを決めた」

「ルール?」

「それが、『死のはこ』の秘密だ」

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