第8話 【VWO】


「どうして!?」


 【リボンナイト】が絶叫する。ウィンドウを何度もスクロールするが、ログアウトボタンは表示されない。メインメニューを閉じて開いてを繰り返してみるが、結果は同じだ。


 ──ジジジジジジ!


「今度はなに!?」


 不気味な音を立てて、周囲のグラフィックが乱れ始めた。


「何が起こってるの!?」


 【リボンナイト】が叫びながら【REDレッド】にしがみついた。さらに顔色を悪くする私の肩を掴む。


 ──バリン! バリン!


 今度はグラフィックがどんどん割れていく。割れた背景の向こうでは、ブラックホールのような暗闇が、ゴウゴウと音を立てながら渦を巻いている。


 ──ピコン!


 今度は、また別のウィンドウが開いた。


「なにこれ、金ピカ……」


 【リボンナイト】がつぶやく。彼女の言う通り、そのウィンドウは金色に輝いている。そこに表示されていたのは、クエストの詳細情報ページだった。


=====


〈死の筺の秘密を暴け!〉

達成条件:『死のはこ』の秘密、すなわち【VWO】の真実を世界に発信する

注意:強制クエスト 途中棄権不可

報酬:名声【英雄】

特殊条件:死亡時は永久凍結

参加ボーナス:新しい仲間【エウリュディケ】


=====


 ウィンドウの文字をすべて読み終えた頃、足元が崩れた。思わず【REDレッド】にしがみつく。


「キャー!」


 【リボンナイト】の悲鳴を聞きながら、激しい揺れが私達を襲った。次いで、いつもの浮遊感。エリア間をワープする時の、それだった。



 気がつくと、私達三人は海岸に立っていた。


「ここは?」


 マップ機能を立ち上げるが、何も表示されない。初見のエリアだということだ。


「どうなってるの?」


 【リボンナイト】が【REDレッド】にしがみついたまま言った。その声が震えている。


「わかりません」


 私の声も震えていた。


「とにかく、状況を把握しよう。ログアウトは……やはり出来ないか」

「状況を把握って……」

「いつも通りだ。気をつけながらエリアを歩いて、まずはマップを作成しよう」


 新しいエリアの攻略で、一番初めにやることだ。


「いつも通り?」


 【リボンナイト】が不安げな声を上げる。


「そうだ。俺たちは、世界一のパーティーだろ?」

「……うん!」


 【REDレッド】が【リボンナイト】の肩を叩いた。彼の言葉に、【リボンナイト】が冷静さを取り戻す。【REDレッド】は同じように私の肩も叩いてくれた。彼の温かさが、触れられた肩から伝わってくる。


(そうよ。まずは、いつも通りにすればいいんだわ。そうすれば、どんなエリアだって攻略できる!)


「こんなときに【蘭丸】がいてくれたらな」

「そうよね。【蘭丸】がいてくれたら、恐いものなんかないのにね」

「『瞬殺の【蘭丸】』ですからね」


 三人で笑いあった。落ち着きを取り戻して、ようやくいつも通りの私達になれたのだ。

 その時だ。


 ──ドドドドドドド!


 轟音と共に地面が揺れた。


「なんだ!?」

「モンスター!?」


 慌てて臨戦態勢に入る。腐ってもトップランカーのチーム。息をするように音のした方へ向かって隊列を整えた。


「なんだ、あれ!?」


 そこには、上空を飛翔する巨大な弾丸と、そこから伸びる尾のような煙。


「ミサイル!?」


 ニュース映像で見たことがある。あれは、戦艦から発射されたミサイルだ。


「そんな馬鹿な!」


 【ORPHEUSオルフェウス】の世界には銃もミサイルもない。そういう無粋なものは剣と魔法のファンタジー世界には必要ないから。


 ──ドシュ!


 続いて聞こえてきたのは、何かの発砲音。海岸沿いの岩場の向こう、つまり陸から放たれた何かが、ミサイルに向かって飛んでいく。


 ──ドォン!


 上空で二つが衝突して、再び激しい揺れが私達を襲った。


 ──ドン! ドン! ドン!


 そして、途切れることなくまた別の発砲音が鳴り響く。


「どうなってんだ?」


 【REDレッド】が岩場の方へ駆けていった。もちろん、私と【リボンナイト】も後を追う。岩場から顔だけを出して、そっと向こうを覗き見た。


「なんで……」


 【リボンナイト】の喉が震えて、それ以上は何も言わなかった。いや、言えなかった。

 そこには、あり得ない光景が広がっていたから。


 海の上には戦艦。見えるだけでも20隻はいる。奥には空母がいるのだろう。今まさに、戦闘機が飛び立つのが見えた。戦艦から放たれる艦砲が、断続的に陸を襲っている。陸の方に視線を転じれば、そこからも砲弾が放たれていることがわかった。山肌には、砲台が無数に並んでいる。もっと内陸にミサイルの発射口があるのだろう。そちらからも迎撃のミサイルが飛んでいく。そして一隻の戦艦が燃え上がった。同時に、戦闘機から落とされた砲弾により、砲台が弾け飛ぶ。


 ニュースで、学校の授業で、映画の中で、散々見せられてきた光景。それが、今私達の眼前に広がっている。


「戦争……?」


 私が喉から絞り出した声は、やはり震えていた。


「ここ、【ORPHEUSオルフェウス】じゃない」


 私の一言に、【REDレッド】も【リボンナイト】も、顔色を青くさせた。


「【VWO】……?」


 そんなはずはない。全く別のシステムを持つVR空間だ。当たり前だが、サーバーも全くの別。私達のPCが、【VWO】の世界に紛れ込むなど、あり得ない。


「だとしたら、俺達はサイバー犯罪で逮捕されるぞ!」

「なにそれ! ログアウト! ああ、できないんだった!」


 ──ドドドドドドド!


 再び、ミサイルが放たれた。今度は一発どころではない。無数のミサイルが、陸に向かって飛んでいく。陸からも迎撃のためのミサイルが発射され、空一面が弾丸と煙で覆われた。ミサイルの着弾とともに、岩肌が弾け飛ぶ。そして、私達の方にも大量の石が飛んできた。


「キャー!」


 頭を抱えてその場に伏せる。


(痛い!)


 これは夢じゃない。現実だ。

 あり得ないことだが、私達は【VWO】に紛れ込んでしまったらしい。そうでなければ、この状況を説明することができない。


(助けて! 【蘭丸】くん!)


 心の中で叫んでも、もちろん彼が答えてくれることはなかった。



 * * *



 ──バラバラバラバラ!


 深夜、けたたましい音で目が冷めた。

 俺は結局、【筐体】のフタの上に敷いた布団の上に寝ていた。音に驚いて飛び起きた俺は、まあまあ高さのあるそこから転がり落ちることになった。その先は俺のベッドで、そこで眠っていた母親が叫び声を上げる。


「なに!?」


 聞かれても、俺にも分からない。母親の肩を抱えながら、窓の外を見た。


 ──バラバラバラバラ!


 さっきから聞こえるこの音は、ヘリコプターの音だ。窓の外をサーチライトの灯りが何度も通り過ぎていく。


 ──バタン!


「母さん! 亮平!」


 異変に気づいたらしい父親が、俺の部屋に飛び込んできた。


 ──バリン!


 それとほぼ同時に部屋の窓が突き破られて、誰かが侵入してきた。


「キャー!」


 母親が叫んで俺にしがみつく。


(何が起こってるんだ!?)


 侵入してきたのは武装した男だった。


「どういうことだ!?」


 手に持ったライトで俺たち三人の顔を順に照らして、何かに驚いている。その後ろからさらに三人がドカドカと入ってきた。


「君が、森亮平くんか?」

「ちちち、違います!」


 答えたのは母親だった。叫びながら、俺の顔を抱え込んで隠してしまう。


「ログインしなかったのか?」

「この子は違います、何も悪いことなんかしてません!」


 母親は完全にパニックに陥っているようだ。もちろん、俺も父親も同様だ。問われたところで何も答えられない。


「我々は、あなたたちを保護するために来ました」

「保護って、どういうことですか!?」


 父親が叫ぶと、男が首を傾げた。


「ニュースを見ていないのか?」

「ニュース?」


 首を傾げた俺たちを差し置いて、男が勝手にテレビの電源を入れた。ザッピングするが、どのチャンネルも国営放送を流している。緊急事態が起こっているということだ。

 その隣では、他の男たちが【筐体きょうたい】にワイヤーをつないでいる。窓から外へ運び出そうとしているらしい。


『世界的大ヒットを記録しているVRMMOゲーム【ORPHEUSオルフェウス】が、突如としてサービス中止を発表しました。その発表と同時にサーバーへのアクセスができなくなり、ユーザーの間で混乱が広がっています。さらに、『JADIA日本国軍国防情報局』が【ORPHEUSオルフェウス】運営会社の社長である深本ふかもと幸一こういち氏に対して逮捕状を出しました。罪状は、不正アクセス行為、電子計算機損壊等業務妨害罪、および内乱罪です』


 淡々と流れるニュースを見終わる頃には、【筐体きょうたい】が部屋から運び出されてしまった。次いで、俺たちにヘルメットが差し出される。


「詳細は後だ。君が手にした【筐体きょうたい】は、このハッキング事件に使われたことになっている」

「は?」

「間もなく、軍がここへ到着する」

「いやいや、ぜんぜん分かりませんよ。どういうことなんですか?」

「時間がない。ここに留まれば、軍に殺されるだけだ」


 その言葉に母親の顔色が真っ青に染まり、身体が震えだした。

 遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。続いて、軍の緊急車両のサイレンも。


 俺が受け取った【筐体きょうたい】は、【ORPHEUSオルフェウス】の運営から贈られたものだ。そして今、その【ORPHEUSオルフェウス】の運営会社の社長がハッキング容疑で軍に追われている。状況を見れば、俺は限りなく黒だ。


「我々は、あなた方を守ります。そのために来ました」


 俺たちにはその言葉を信じる以外の選択肢が、なかった──。


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