第5話 どこかの戦争
「ゲームは、何すんの?」
「【
「へえ。俺もやるんだ」
「さすがに知ってる。『瞬殺の【蘭丸】』だっけ?」
「いや、それダサいからやめてくれよ」
「ふふふ。いいじゃん。みんなの憧れでしょ?」
栄藤が笑った。
(かわいい……)
もちろん、声には出さなかった。キモいからな。
「まあな。……栄藤は、その……、職業は?」
「魔術師」
なんとか会話を続けようとひねり出した質問にも、彼女はちゃんと答えてくれた。彼女の方も、俺との会話を続けるつもりがあるらしいとわかって、胸を撫で下ろす。
「中級か。上級職は?」
【
だが、上級職への転職を目標にしているプレイヤーが最も多いと聞いたことがある。上級に上がれば、それだけ挑戦できるクエストの幅が増えるし、手に入れる素材のレア度も一気に上る。
彼女もそうではないかと、当たりをつけたのだ。
「レベルが足りない」
ということは、やはり彼女も上級職を目指しているのだ。『魔術師』なら、『賢者』や『聖女』を目指すことになる。
「……それじゃあ、さ」
「……なに?」
「今度、一緒に行かないか? クエスト」
二人の間に、沈黙が落ちる。
(失敗したか?)
「お、俺も上級職目指してて! 『剣士』なんだけどさ。レベル上げなら、一緒にどうかと思って!」
思わず言い募ると、栄藤が少しだけ笑った。
「いいよ」
「マジ?」
「うん」
約束をしてしまった。これは大事件だ。その事実に慄いていた俺は、背後から迫る気配に気づかなかった。
「なに話してるの?」
宇佐川だ。
「えっと……」
何故か気まずい気持ちになって言い淀む俺に、宇佐川が首を傾げる。
「秘密よ」
言ったのは栄藤だ。
「え?」
宇佐川の傾げた首の角度が、さらに深くなる。ちょっと恐い。
「私と森くん、二人の秘密。ね?」
「お、お、おう」
よくわからないが、とりあえず頷いた。
「……私だって、秘密あるもん」
小さくつぶやいた宇佐川が、俺の腕を掴んだ。
「私と森くんだって、二人の秘密あるもん! ね?」
「お、お、おう」
これにも、とりあえず頷いた。
(そんなことよりも……当たってるよな、これは)
俺の左腕に、柔らかい感触。
(いや、これは違う。なんでもない。ただの……そうだ。ただのパンケーキだ)
「ふうん。……それじゃあ、森くん。約束、忘れないでね」
「うん」
現実逃避しかけた俺に、栄藤が手を振る。その手には、いつの間にか弁当袋と水筒がぶら下がっていた。
「私達も、お昼食べよ?」
「お、おう」
なんだかよくわからないまま、宇佐川と一緒に昼飯を食べることになった。俺たちはただの幼馴染でゲーム仲間、変な関係ではないと言い続けている俺が、宇佐川と一緒に昼飯を食べている。その様子にクラスメイトたちがざわついたが、俺はそれどころではない。
(俺、
* * *
「午前はお疲れ様。安田特殊教官から、今日は一段と頑張っていたと聞いたぞ」
日本史の武田先生は上機嫌だ。軍から派遣されてきた特殊教官が満足して帰っていったから、教員はみんな気分がいいだろう。俺たちのおかげだ。もっと褒めてほしい。
「これに驕ることなく、これからも精進しろよ」
武田先生が黒板に今日の授業内容を書いていく。『現代史、戦争はVRの時代へ』だ。
「日本は今、
国際法により、現実世界での戦争行為が禁止されて30年が経とうとしている。それでもなお、人間は戦争をやめられなかった。世界の偉い人たちは、IT技術を駆使して【
その中で、今でも戦争が行われている。
といっても、俺達にとっては遠い世界の出来事だ。戦うのは徴兵された65歳以上の高齢者と、その他の志願兵。徴兵っていっても、彼らは【
「困ったわぁ」
「ほんとよねぇ」
学校からの帰り道、近所のおばさんたちの井戸端会議が聞こえてきた。
「仕事どうしましょう」
「駅前のスーパー、求人出てたわよ」
「あら、ほんと? 助かるわ」
「でも、ほんとに仕事なくなっちゃうなんて」
「ねえ」
おばさんの一人が仕事をクビになったのだろうか。最近では、よく聞く話だ。人口が減って仕事が減っているらしいということは、俺たち高校生にも聞こえてきている。高卒で就職予定の同級生にとっては死活問題だ。
とはいえ、これも一時のことだろうと先生は言っていた。
「ヘルパーなんて、一生働き口には困らないと思ってたのに」
「こんなことになるだなんてね」
「嫌な世の中になったわね」
「しっ!」
道の向こうを、武装した憲兵が歩いていく。物々しい雰囲気に、おばさんたちが口を噤んだ。
「気をつけなきゃね」
「三丁目の山田さん、連行されてから帰ってきてないって」
「ほんとに?」
「それじゃあ、ホントのホントだったの? あの噂」
「そういうことよね」
「まあ」
「恐いわぁ」
(あの噂って、なんだろう?)
気にはなったが、『また、いつものやつだろう』と納得した。
(SNSに『戦争反対』とか書いたんだろうな。どうせ)
そんなことよりも、急いで帰らなければ。外出許可時間は18時まで。特例が認められるのは、一部の職業だけだ。憲兵に捕まりたくなければ、早々に帰宅するのが吉。おばさんたちもそれに気づいたのだろう。俺が交差点を曲がる頃には、そそくさと解散していた。
「ただいま」
「おかえり。ねえ、ちょっと教えてほしんだけど」
「なに?」
帰ってきた俺を出迎えたのはいつもどおりの母親だったが、今日はなんだか慌てている。
「これこれ。見れなくなっちゃったのよ!」
母親が俺の顔前にズイッとタブレット端末を押し出してきた。画面には、『
「なに見ようとしたの?」
ヤバいものでも見ようとしたのかと疑いの眼差しを向ければ、母親は慌てて首を横に振った。
「友達のブログよ! 昨日の記事のレシピ、夕飯に作ろうと思って」
「どうせ、コメント欄とかに変な単語があったんだろ」
「変な単語?」
「最近、規制が厳しいって学校でも噂してた」
「そうなんだ」
「やましいことがないなら、またすぐに公開されるよ」
「そっか。残念だわ」
「仕方ないよ」
「そうね」
母親が、しゅんと肩を落とした。
「……飯、いつものでいいよ」
「いつもの?」
「別に、新しいレシピとかじゃなくてもいいってこと」
「あら! じゃあ、今日はハンバーグにしよっか?」
母親が俺の顔を覗き込むので、ふいと視線をそらした。
「なんでもいいよ!」
「ふふふ。お母さんの作るものなら、なんでもいいってこと?」
「そこまでは言ってない」
俺と母親は、声を出して笑いあった。
戦闘訓練はだるいし、情報統制はうざい。でも、それだけのことだ。どこかで起こっている、遠い場所の出来事。それが俺にとっての戦争で。
(戦争なんて、俺達には関係ない)
この時の俺は、そんな呑気なことを考えていた。
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