第4話 戦闘訓練


「ただいま」

「おかえり」


 帰宅すると、出迎えてくれたのは母親だ。いつも通りのようだが、少し怒っているようにも見える。


「どうしたの、母ちゃん」

「あんなに大きなものが届くなら、事前に言いなさい」

「大きなもの?」

「業者さんに入れてもらうの、大変だったんだからね!」

「あ! 【筐体きょうたい】!」


(もう届いたのか!?)


「部屋に入れてもらったけど、他に何も置けなくなったわよ?」

「ありがとう!」

「ちゃんと勉強もするのよ!」

「わかってるよ!」


 母親の声を背に受けながら、俺は階段を駆け上がった。勢いよく自分の部屋のドアを開ければ、そこに鎮座する巨大な黒い箱。


「これが、【筐体きょうたい】……!」


 俺のベッドと同じくらいの大きさだが、高さは腰くらいまである。見た目が棺桶に似ているため、『死のはこ』という不気味な呼び方もされるそれ。よく見れば、表面には小さな金の箔押しの文字、『CAGE for VR』と10桁のシリアルナンバー。


「ネットに書いてあった通り。つまり、本物だ!」


 ──ピロン。


 その時、ポケットの中のスマホがメッセージの着信を告げた。


「ん? 【チームR】のグループチャットか」


 ──ピロンピロンピロンピロン!


「おわわわわ」


 スマホを開くまでの間にも、通知音が鳴り続ける。


「みんな【筐体きょうたい】が届いたんだな」


 4人の仲間たち全員、【筐体きょうたい】を受け取ったらしい。チャット画面を開けば、興奮した様子のメッセージが途切れることなく続いている。


=====


REDレッド】:届いた!

【リボンナイト】:私も!

Rabbitラビット】:おっきいですね!

【リボンナイト】:でかいよwwwww

REDレッド】:俺、1K死んだ。

【リボンナイト】:wwwwwwwwww

Rabbitラビット】:どこに置いたんですか?

REDレッド】:ベッドをどかした。

【リボンナイト】:アホだwwwwwwwwww

Rabbitラビット】:どこで寝るの?

REDレッド】:おれたちには、もはや睡眠は必要ないのだ!


=====


「ははは。みんなテンション高いな」


 俺も部屋に入って荷物を置く。着替えは後でいいだろう。

 【筐体きょうたい】は部屋の空きスペースのほとんどを占領しているので、部屋の中を移動するのにもひと苦労だ。


「俺も届いた、っと」


 グループチャットに投稿すると、すぐに反応が返ってきた。


「俺の部屋も足の踏み場なくなった、っと」


 ──ピロン。


 新たに届いたメッセージを確認すると、思いもしなかった一文が。


「え? すぐに使えないの?」


=====


REDレッド】:簡易マニュアルに書いてあるだろ? 起動は9月4日午前0時から、って。

【リボンナイト】:3日後か。もったいぶるねぇ。

REDレッド】:しかし、その日は土曜日なのである!

【リボンナイト】:おお!

REDレッド】:社会人組も、どっぷり潜れるタイミングということだ!

【リボンナイト】:いえーい!

REDレッド】:蘭丸とRabbitは高校生だよな? 部活はやってないんだっけ?

【蘭丸】:もちろん帰宅部です。

Rabbitラビット】:同じく。

REDレッド】:それじゃあ、来る9月4日午前0時に、一斉にログインしようではないか!

【リボンナイト】:賛成!

【蘭丸】:了解

Rabbitラビット】:楽しみです。


=====


「三日後か」


 それまでお預けというのは寂しい気もするが、それまで楽しみをとっておくのも、乙なものだろう。


「俺も楽しみです、っと」


 最後のメッセージを送って、スマホを閉じた。


(……予習と課題、やっとこう)


 今週末は、どっぷり潜ることになるのだから。



 * * *



 翌日の学校は地獄だった。午前中は『』の授業で、午後は『日本史』。居眠り不可避だが、『日本史』の武田先生は居眠りを許さないことで有名だ。眠っている生徒を片っ端から起こして、そのまま起立させる。つまり、眠れない。午前の『戦闘訓練』をほどほどにしたいところだが、それも許されない。なぜなら……。


「おらおらおら! さっさと走れぇ!」


 授業を担当する安田特殊教官は、リアル鬼教官だから。今日の訓練は、まずハイポートから。小銃を抱えてグラウンドを10周だ。


「なんで、リアルでこんな訓練すんだよ……!」


 俺の隣を走るクラスメイトがボヤいた。


「聞こえるぞ」


 小声で注意するが、俺の声は聞こえないらしい。


「だいたい、兵役は65歳以上だけじゃん。俺ら、関係ないのに」

「おい、やめろって」

「そこぉ! しっかり走らんか!」


 安田特殊教官の怒声が飛んでくる。耳がビリビリとするほどの声量に思わず身が竦んでいるうちに、特殊教官がこちらに来た。


「足を止めるな! ヴァーチャルで強い兵士はリアルでも強い! そんな当たり前のことが、なぜわからんのだ!」


 ──バキッ!


 ボヤいていたクラスメイトが殴られた。


「すみません!」

「お前もだ!」


 ──バキィ!


 俺も殴られた。サボったら殴られる。それを思い出したクラスメイト達が、一気に足を速めた。


「お前らも65歳になったら国のために戦うんだ! それまで、鍛えられるだけ鍛えておけ! 四の五の言わずに、走れぇ!」


 ハイポートの後は、実銃を使った訓練だ。


「遅い! 撃たなきゃ死ぬのはお前だ! 何度言ったら分かる!」


 ──バキィ!


 もたついていたクラスメイトが殴られた。


「すみません!」

「リロードしたら、とっとと撃て!」

「はい!」

「馬鹿野郎! 弾を無駄にするな! 弾数を計算しろ! 次!」


 続いて、俺も的の前に立つ。


 ──タン! タン! タン!


 全弾命中。ゲームと一緒でコツさえつかめば、そんなに難しくない。教官の言う通り、ヴァーチャルで強いやつはリアルでも強いのだ。


「よし、いいぞ森!」


 安田特殊教官が、俺の肩を叩いてニヤリと笑う。


「今期も、お前がトップか?」

「どうでしょう?」


 曖昧に笑った俺だったが、あまり悪い気はしない。戦闘訓練の成績は、俺が学年トップだ。


(まあ、世界一のパーティーの一員だしな)


「ははは!」


 声を上げて笑う教官の様子に、他のクラスメイトが安堵の息を吐いている。


(優秀な生徒がいたら、とりあえず機嫌がいいからな)


 この授業で、俺が手を抜かない最大の理由だ。


「お前、ゲームでも銃を使っているのか?」

「いいえ。俺は『剣士』です」

「銃も使ったらどうだ?」

「【ORPHEUSオルフェウス】に銃はありません」

「そうなのか?」

「はい。剣と魔法の世界ですから」

「ははは! やっぱり、子どものお遊びだな!」

「ははは。そうですね」


 乾いた笑いで答えると、ふたたび安田特殊教官が俺の肩を叩いた。


「励めよ」


 さっきまで笑っていた教官だったが、今は違う。鋭い目で俺を見つめているその迫力に一瞬たじろぐが、それも一瞬のことだった。すぐに笑顔になってぽんぽんと肩を叩かれた。


「よし! 次だ!」


 次の生徒に交代すると、安田特殊教官は再び鬼の形相に。


「敵の戦力を削るなら足だ。特に膝か足首! 一発で当てられる自信のある者だけ、頭を狙え!」

「はい!」


 返事をしたクラスメイトだったが、撃った弾は大きく的を外れた。


「馬鹿野郎!」


 ──バキッ!


 鬼教官の雄叫びと人の頬を打つ音が、訓練場に鳴り響いた。



 * * *



「女子も終わったのか」


 訓練を終えて重たい足を引きずりながら教室に戻ると、ドアのすぐ前で栄藤とかちあった。さすがに、これで声をかけないのは不自然だろう。思い切って、声をかける。


「うん」


 思いのほか、普通に返事が返ってきた。


「どうだった?」

「別に」

「別にって」

「ゲームと一緒でしょ」


 栄藤は答えながらも教室に入っていった。席は隣同士だから、そのまま後ろをついていく。自然だ。実に自然な流れだ。


「栄藤もやんの?」

「私だってゲームくらいするよ」


(すごい、俺、栄藤と会話できてる……!?)

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