第28話
ドッ――
「ガッ……!」
「ちょっ――待っ、待て、ストップスト―――ップ!!!」
リアムの悲痛な叫びもむなしく、我を忘れたイリッツァの問答無用の剣撃によって、容赦なく首筋に木剣を叩きこまれ、リオが無様に地面へと倒れ込む。
「はっ――!?わわわわわわわ!!!!ごめん!!!!!」
「ガハッ……ぐっ、ごほっ……」
気管を潰されたのか、洒落にならない苦しみ方で地面を転がる男を見て、顔面蒼白になってイリッツァが慌てて駆け寄る。夜の闇に、光魔法の淡い粒が広がった。
「……ほら見ろ。やっぱり木剣でよかった」
手合わせを見守っていたカルヴァンが半眼で呟く。
真剣であれば、間違いなく今頃、地面に転がっていたのは紅い瞳の美丈夫の生首だ。
かつて、剣士リツィード・ガエルの名を大陸中に轟かせたアルク平原の戦いでも、彼は無数の生首を次々と生成したのだ。命のやり取りの最中、本気になればなるほど、リツィードの剣は最も効率よく命を奪う軌跡を描く。
一息で無情に首を刎ねる、『死神の剣』だ。
「ほっ……ほほほほ本当にごめんなさい――!!!!」
「かはっ……ふ……は……」
ヒューヒューと喉から深刻な呼気音を発する青年に、イリッツァは泣きそうな顔で謝りながら魔法をかける。
「だ、大丈夫ですか……?」
「し、死なせはしません……!大丈夫です――!」
覗き込んでくるリアムの声が、ドン引きの様相を呈しているが、構っているだけの余裕がない。蒼い顔で返事をしながら必死に治癒すると、酸欠で苦しみながら、リオ自身も自分で自分の喉元に手を当て、魔力を練っているのが分かった。
やがて、リオが身体を折りながら咳き込む。喉から洩れる呼吸音に異音が混じらなくなったところを見ると、どうやら治癒自体は完了したらしかった。
「だから言っただろう。……誰も、ツィーの心配なんかしてない」
「ヴィー!」
呆れたような顔で言ってのけるカルヴァンを、イリッツァが振り仰ぐ。
「ご……ごごごごめ、あの、俺、私、あの、あのあの、けけけ怪我させて――!」
貴重な人材なのだから怪我をさせるな、というカルヴァンの言いつけを護れなかった現実に、血の気を失った顔で動揺するイリッツァは、どうやら本当に手合わせに夢中になるあまり、我を忘れていたらしい。
どこかでこうなることを予想していたカルヴァンは、嘆息しながらまだ咳き込んでいるリオの傍にしゃがみこんだ。
「リオ・ドゥ・ファムーラ。これは、両国の友好とは無関係のところで生じた、遊びみたいなものだ。俺の嫁は、ちょっと剣術馬鹿なところがあって、強者を前にすると手加減を忘れやすい。つまり、お前のことを、手加減を忘れるほどの強者と認めたと言うことでもある。その栄誉に免じて、出来ればこの件については、水に流してくれると非常に助かるんだが――」
「っ……なんだっ……あの、化け物みたいな剣術は――!」
カルヴァンの言葉に応える前に、ぜいぜいと荒い吐息交じりに見上げながらリオが呻く。
ひょい、と肩をすくめてその視線を流し、カルヴァンは答えた。
「別に、何の変哲もない、ただの剣術だ。魔法を使ってるわけでもない。ただの――芸術の剣だ。ビビるだろう?俺も、生まれてこの方、アイツにだけは勝てたことがない。……あいつに勝った人間を見たこともない」
「っ……ば、かな……アンタは……王国最強、じゃ、なかったのか……!」
「職業で剣を握っている人間のなかでは、一応こんな俺でも王国最強だと言われているが、趣味で剣を取ってる人間まで含めると、最強とは言い難いな。俺も、ツィーと真剣で勝負をしたら、首を刎ねられかねない」
ニッと悪童のような顔で笑うカルヴァンを前に、リオは整わない息をぐっと詰まらせる。
「あの、ご、ごめんなさい、俺――私――あの、つい、その、我を忘れて……リオさんの剣術が、すごく珍しくて楽しくて――光魔法を剣術で使う相手と戦うことなんて初めてだったし――あの、あの、本当に楽しくて、わくわくして――!」
リアムの手前、聖女の仮面を被らねばと思いながらも、動揺して語彙が上手く出てこない。
唇を震わせながら謝罪する少女を見て、リオは顔を顰めた。
「こんな化け物みたいな剣術の使い手を、国内に囲って、カミサマに祈りを捧げ祭事にありがたい言葉を授けるだけの仕事に甘んじさせているだと――?王国の人間は、馬鹿ばかりなのか――!?」
「まぁ俺もその気持ちはわからなくない。……が、こいつが職業軍人にでもなれば、大陸内のバランスが崩れる。こいつ一人がいれば、どんな戦争をどんな国に吹っ掛けられても――こちらから吹っ掛けたとしても――常勝だからな。その点で、お前の祖国としては、ツィーが争いと無縁の”聖女”をやってくれていてラッキーなんじゃないのか?」
「っ……」
ぐっと歯噛みして言葉を詰まらせた後、リオはバッと立ち上がる。
両手には、再び取り落とした木剣を二本握り締めていた。
「立て!もう一度だ!!」
「ぇ――」
ふーっ、ふーっ、と息を整えながら怒気を発するように宣言したリオに、イリッツァは目を見開く。
寸止めがルールの手合わせで、気管を容赦なく叩き潰すというとんでもない仕打ちをしてしまったにもかかわらず、リオがそんなことを言い出す理由がわからなかった。
「こんなにあっさりと赤子の手を捻るようにやられたのは初めてだ……!納得が出来ん!」
「でも――」
「第一お前は、魔法の一つも使っていなかっただろう……!必ず本気を出させる……!もう一度だ!」
どうやら、リオもイリッツァに負けず劣らずの剣術馬鹿らしい。
圧倒的な実力差を目の当たりにして、心を折られることなく立ち向かおうと思える気概は、誰にでもマネできることではなかった。
「は――はい!もう一度!」
ぱぁっとイリッツァの顔が歓喜に染まって、木剣を握り、立ち上がる。
久しく、カルヴァン以外でイリッツァに心折れずに、忖度も物怖じもせずに、真っ向から手合わせを申し込んでくれる人間はいなかった。
自分と同じくらいの情熱を剣術に注ぐ同志が嬉しくて、薄青の瞳が爛々と輝く。
「どうせ、何度やっても結果は変わらないと思うがな」
「まぁ……せっかくですし、気が済むまでやってもらいましょう」
騎士たちの呆れた呟きをよそに、二戦目の火蓋が切られる。
――結局、その後、五本ほど手合わせをしたものの、手抜きを知らないイリッツァに、リオがこれ以上なく全力で打ちのめされただけだったのは、言うまでもない――
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