第26話
「それでは――はじめっっ!」
びゅ――と風を切って掲げた右手が振り下ろされるのと同時、風のような速さでリオが地を蹴る。
(速い――!)
思わずイリッツァは心の中で驚嘆の声を上げる。
バランスよく付けられた筋肉は、やはり見せかけの物ではなかったらしい。軍医にしておくには惜しすぎるほどの目にも止まらぬ速度で、一気に距離を詰める。
炎の魔法使いへの対応策としては上々だ。基本的に、距離を詰められてしまえば、己を巻き込む火の魔法を使うことは出来ない。
しかも、カルヴァンは戦闘の癖として、後の先を主軸とした戦法を得意とする。
イリッツァが彼と剣を交えるとしても、同じ戦法を取っただろう。
(それにしても――速過ぎる……!スピードは確実にヴィーより上だ……!)
それは、まるで”疾風”――
鍛え抜かれた体躯と、長身故の脚のリーチを生かして一瞬で距離を詰め、リオは目にも留まらぬ速さで幾多の斬撃を繰り出した。
「っ――!」
ギギッ ガキンッ
鋼が耳障りな音を立てて、カルヴァンが高速の刃を受け止め、弾いた音がする。闇夜に襲い来る白刃を冷静に対処した音だ。
「ふっ――!」
鋭い呼気と共に、双剣の猛攻が迫る。リオは、普段の凪いだ性格とは打って変わって、苛烈に攻め立て、目にも留まらぬ斬撃を繰り出した。
(ヴィーが、ここまで防戦一方になるなんて、久しぶりに見た……)
夏の日の夕立のような息の継ぐ間もない激しい連撃は、左右二本の剣を持つからこそ。普段相対する剣士たちの斬撃と比べて、単純に二倍以上に増えた猛攻に、両手剣の戦いに慣れているカルヴァンは歯を食いしばり必死に耐え忍ぶ。
自分と、今は亡き父親以外で、彼をここまで一方的に防戦に終始させる戦士を見たことがなく、イリッツァはぞくり、とその猛烈な剣撃に背筋を震わせ――
「っ――!」
ギンッと灰褐色の瞳がひときわ強い眼光を放った瞬間だった。
ゴォッ――!
「!?」
思わずたたらを踏んで咄嗟に身体を引いた瞬間、攻守があっという間に逆転した。
「く――!」
体重の乗った両手剣の重く鋭い剣がリオを襲い、整った顔が苦悶に顰められる。
(馬鹿力がっ……!)
手数で圧倒したいリオの思惑を嘲笑うように、カルヴァンは重い剣撃を幾度も放ち、愛剣へ十分に乗せた体重で抑え込んでいく。
三度、四度と何度か剣を交えて――
ガキィンッ――
連撃の重さに耐え切れなくなり、リオの握力が弱った隙を逃さず捉えた一撃で、左の剣が吹き飛ばされた。
ニィッ――とカルヴァンの口端が吊り上がる。
リオは即座に、残ったひと振りの剣でカルヴァンの猛攻を耐え忍ぼうとスタイルを変えるが、カルヴァンの十八番は、罠だけではない。
ヒュッ――!
「っ!?」
死角から迫るのは、長い脚で繰り出される、よく撓った蹴り。
(剣での勝負、と言ったが――蹴りが反則だとは言っていないぞ――!)
カルヴァンらしい、悪童のような変則の一手に、紅い瞳が驚いたように見開かれ――
「な――!?」
リオは、蹴りを防ぐどころか、疾風のような身のこなしのまま、カルヴァンの剣を絡めるようにして弾き飛ばした。
蹴りに意識を集中していたために、その予想外の一手になすすべもなく手から剣が抜け落ちる。
「カハッ――」
とはいえ、蹴りの軌道は変わらない。リオのわき腹にしっかりとカルヴァンの長い脚がめり込み、リオは苦悶の声を上げた。
肺から空気が漏れるような音ともに、勢い余って地面に倒れ込み――
「ッ――!」
「!!?」
地面に手を付いた反動を殺すことなく倒立するように足を振り上げたリオは、カウンターのタイミングでカルヴァンの顎へと己の踵を叩きこむ。
「ぐっ、は……」
容赦のない反撃によろけたカルヴァンは、すぐにギラリ、と視線に殺気を宿らせた。
すぐに姿勢を立て直した紅い瞳が、鋭くこちらを睨んでいる。
「貴様――!」
「待て待て待て待てストーーーーップ!!!それ以上はただの喧嘩だろ!!!!!」
ぐっと拳を握り締めて肉弾戦に移行しようとした二人の軍人の間に、イリッツァとリアムが慌てて割って入り、それぞれ頭に血が上った男たちを止める。
「離せ、ツィー!どっちが上か、身体にわからせてやる!!!」
「殴り合いで勝負が決まるかよ、馬鹿!!!落ち着け!!!」
完全に怒りに我を忘れている婚約者に、慌てて鎮静の魔法をかける。
「離せ――!先に喧嘩を売ってきたのはあいつだ――!」
「り、リオさんも落ち着いてください!!!勝負は引き分けです!!!」
イリッツァの後ろでは、リアムが必死にアドレナリンを放出している軍医を羽交い絞めにしてなだめている。ギラギラした燃え盛るような紅い瞳が、洒落になっていない。
(お、驚いた――変幻自在のヴィーの剣と戦術に、すぐに対応して互角に戦うとは思わなかった……!)
ふーっ、ふーっ、と興奮するカルヴァンを必死になだめながらも、イリッツァは内心舌を巻く。
これが、最前線で剣を持って戦う軍人ではなく、本陣に詰める軍医に収まっていると言うのだ。いったい、ファムーラの軍人の個々の練度はどうなっているというのか。
うずっ……と、心の奥底で、浮足立つ”剣士”としての自分を感じた。
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