第23話

「ふぅん……興味深いな。本当に一人一人、細かく見るのか」

「季節柄、季節の変わり目の風邪という可能性もある。ただの過労という線も、な。……原因が異なれば対処法が異なるのも当然だ」


 カルヴァンは、リオの邪魔にならないように後ろから”診察”の様子を眺めつつ、興味深そうに声をかける。


「その、手元の光を発している物は何だ?」

「魔鉱石を加工したものだ。持ち運びが可能で、光魔法使いが魔力を練ると、わずかな魔力でも強い光量で発光する。開発された当初は、災害時や軍事転用も検討されたが、基本的に光魔法使いしか使えない上に高額だからな。流通量も限られ、結局、医療用として使われることが多い。……口を開けろ」


 寝転んだまま呻いている男に声をかけて口を開けさせると、細い棒状の発光物を近づける。

 天井にある照明の灯りだけでは心許ない夜間、確かに口の中をよく観察しようと思えば、携帯出来る上にしっかりとした光量が手元で保障される照明器具は、医療用として便利だろう。


「確かに、松明が使えない雨天の行軍なんかには使えそうだが――他国に流通していないとなれば、『なんだあの光は』となって、逆に敵軍の目を引きそうだな。軍事転用は難しそうだ」

「あぁ。まぁ、洞窟の探索なんかでは、火の魔法使いがいなくても、各班に組み込まれた衛生兵がこれを持っていれば事足りる。俺たちの国は、お前たちと違って、軍隊はいつも人不足だからな。そういう意味では助かっている」

「ふぅん……輸出はしていないのか?」

「さぁ。聞いたことがないな。……王国では、光魔法使いは教会に籠っているだけな上に、教義上のタブーも多い。イラグエナムでは迫害対象だ。他の国に至っては、商売相手にするには金も人口も少ないから、旨味が無さ過ぎる。結果、光魔法使いが使える便利グッズ的なものは、内需で十分賄えているんじゃないか?そもそも他の国じゃ医者がいないから、需要がない」

「まぁ、確かに……その携帯照明にしても、使いようによっては何かとんでもない国益をもたらす発明に化けそうだとは思うが、使うのに光魔法が必要となれば、うちの国じゃ枢機卿団あたりが五月蠅そうだ」

「だろうな。……おい。先ほど、お前、腹が痛いと言っていたな。上から押すから、痛いと思ったところを教えろ」


 喉の赤みをチェックし終えたらしいリオは、患者に声をかけてから腹部を押す。場所を変えて何度も検証し、男が呻く位置を見極めてから、手元の鞄をガサゴソと漁って、個包装された薬剤を取り出しながら、診察結果を伝える。


「典型的な今の流行病の症状だな。患者の対応に追われているうちに罹患したんだろう。素手で吐瀉物の清掃なんかに当たっていなかったか?必死に対応したことは褒められることだが、無知はこうして己を苦しめる。……あまりに辛いようなら、今、魔法で症状を和らげてやるが、どうする。魔法で束の間回復したとしても、うろうろしたら周囲に感染を広げるから、このままここで寝ていてほしいんだが」

「ぅ……だ、大丈夫、です……」

「そうか。では、嘔吐や腹痛といった症状が治まるまで、しばらく他者との接触は最小限にとどめてくれ。吐瀉物や下痢の処置は、正しい知識を以て衛生面に配慮して丁寧に行うこと。食い物は、食べられるなら積極的に食べていいが、度重なる嘔吐で胃も食道もやられているから、しばらくは消化に良い物を中心にした方がいい。食べられなくても、水分と薬だけはしっかりと摂れ。……わかったか?」

「は……はい……」

「よし。……大丈夫だ。安静にして、正しい処置を行えばすぐに良くなる。安心しろ」


 ぽん、と軽く肩を叩いて声をかけてから立ち上がり、次の患者へと向かうリオを見て、カルヴァンは静かに感心する。

 光魔法での治癒に慣れ切っている王国民からすると、酷く非効率に見える”診察”だが、その分しっかりと一人一人と言葉を交わし、何故、どうしてその症状が出ているのかを懇切丁寧に説明し、対処法を伝え、最後は励ましの言葉までかけてもらえるのだ。


(最初は懐疑心を持って一連の様子を見ていただろうリアムが、あっという間に絆されて信頼するようになったのも頷けるな。そもそも、光魔法なんていうよくわからない解決法より、俺はこっちの方がありがたい)


 つくづく、どうして自分はこんな光魔法を礼賛するような国に暮らしているのだろう、と疑問に思う。向いていないにもほどがある。


(大前提、豊富な鉱石を巧みに加工して、日常生活に取り入れる技術進歩が革新的過ぎるな。臨床検査とやらにしろ、今見せた携帯照明にしろ……そもそも、こんなに若い癖にこれだけ優秀な男が、軍医に収まっているというのも――ファムーラの軍事事情には少し目を光らせておいた方が良いと、進言しておくべきか)


 ファムーラの軍隊は、少数精鋭で、国防に特化している。勿論、その時々の元首が掲げる政策の方針によって、歴史上多少の例外はあったが、基本的には他国に対して軍事侵略をして領土を広げていくような施策は採らないことが多い。

 どちらかというと、ファムーラの金脈を目当てに、領土やそのほかの交易上の有利を得ようとした他国からの軍事侵攻をうけることが殆どのため、それに対抗することに特化した軍隊、というのが大陸の中での共通認識だ。

 特に、雪の中でのゲリラ戦などでは、たとえイラグエナム帝国の精鋭であっても歯が立たないだろう。少数精鋭の国防に特化した軍隊は、建国当初、旧帝国の剣闘奴隷で構成されていたころから脈々と続く、独自の調練と体制で、大陸内の勢力を長らく維持し続けている。


(今回の件、派遣されてきた医療団には、全く他意がなかった。完全に、全力で王国に恩を売りに来た形だ。つまり、今の元首は、王国との関係改善を望んでいると見える。今まで、人口も少なく他国に対して敵意を持つこともなく、移民も多いファムーラに注目したことはなかったから、きっと王家や国の中枢の連中も、ここまで技術が進歩しているとは知らないだろう。敵意がない今のうちに――いや、警戒して無意味に敵対する種を作るより、抱き込んで王国の利にもなるように交渉する方が――)


 リオが最後の患者に取り掛かるのを見るともなしに見ながら、つい真面目に仕事のことを考えていると――


「リオの”診察”見てるのか?」

「!……ツィー」


 ひょいっといつの間に隣に立ったのか、下から顔を覗きこんで来る美少女に、思わず相好が崩れる。いったん仕事のことは頭から消して、愛しい婚約者の腰を抱いてぐっと引き寄せた。


「ヲイ。屋敷の外で何してんだ」

「いいだろう、これくらい。どれだけお前が恋しかったと思ってる。堪能させろ」


 左手で腰を抱きながら右手でさらりと髪の手触りを堪能する早業は、さすが生粋の女たらしと言えるだろう。呆れかえりながら、イリッツァは厚い胸板を押し返した。


「屋敷に帰るまでは駄目だって言ってるだろ」

「ケチ臭いな。じゃあ今すぐ帰ろう」

「いやだから……リオと鍛錬の約束したから、終わるまでちょっと待ってろって」


 ぐいぐいと身体ごと仰け反るようにして抵抗されて、カルヴァンはムッとした顔をしながらも仕方なくイリッツァを閉じ込めた腕を解放する。あまりしつこく迫ると、ぶち切れたイリッツァが癇癪を起して、屋敷に帰った後まで”お預け”を食らわされかねない。それだけは避けたい。

 渋々、といった様子で解放してくれた婚約者にほっと息をついてから、リオの方へと視線を遣る。


「お前も見たか?凄いだろ。俺たちの治療とは根本から違うんだよ」

「あぁ、そうだな。なかなかに興味深い。俺はこっちの方が性に合ってる気がしたくらいだ。……老後は、ファムーラに移住でもするか?」

「ははっ……ウケる」


 軽く声を上げて笑うイリッツァは、本気にしていないらしい。国に縛られることが運命づけられている聖女に、そんなことができるはずがないと思っているのだろう。

 カルヴァンは、ニヤリと笑って少女の髪をひと房捕まえて、一つ口付けを落とした後、さらりと撫でながら口を開いた。


「お前がそう望むなら、俺が、いくらでも叶えてやる。どんな手を使っても」

「マジで?ふ、ははっ……どんな手を使うのか興味あるから、一考しておこうかな」


 なんだか、カルヴァンが言うと本当に叶ってしまいそうだから不思議だ。

 ふわり、と浮かべる笑みは、”聖女”のものではない。

 紛れもなく、”イリッツァ・オーム”個人の、心からの飾らない笑みだった。


「それより、ツィー。俺がいない間、随分とあの男と仲良くなったらしいな?」

「は?あー、まぁ、あれだけ怒涛の毎日を一緒に過ごせば、さすがに。……お前は、何かリアム使って疑ってるっぽかったけど、信頼できる奴だよ、リオは」

「ほう。それは何よりだが――あの顔面に絆されてないか?」

「はぁ???」


 半眼で振り返るイリッツァは、呆れて物も言えないようだ。


「優秀で、勤勉で、優しくて、祖国では経済力もあり、顔面が整っている。――女から見れば、これ以上ない優良物件だろう。そしてお前も、外見上は絶世の美女。口説かれたりしていないか?」

「阿呆らし……毎日、眠る時間すら惜しんで戦争みたいだったんだぞ。んな下らないこと話す暇あったら、お互い一秒でも眠りたかったに決まってる。……まぁ、筋肉の付き方がかなり理想的だなぁって思ったりはしたけど、それくらいだ」

「おいちょっと待て、なんで筋肉の付き具合なんか見てるんだ」

「ファムーラに比べると王都は暑いらしいから、よく上裸になってたぞ」


 筋肉フェチの気のある婚約者の発言に危機感を持って尋ねるも、あっさりと返されて閉口する。確かに、領土内に永久凍土もあるほどの気候の祖国に比べれば、王都は暑くて敵わないだろう。


「第一あいつ、女嫌いらしいぞ。”優良物件”てのも大変だな」


 呆れながら嫌味を言う。イリッツァは、男として生きた記憶もあるが、残念ながら当時、リオやカルヴァンのように女性に対してモテた記憶はない。入れ食い状態の男の心理など、わかるはずもなかった。


「あぁ……そういえば、一番最初に、ファムーラの人間がそんなことを言っていたな。あれはそういう意味だったのか」


 カルヴァンがファムーラへ赴き、直接交渉をしたとき――責任者としてリオを紹介されて、あまりの若さに「大丈夫なのか?」と問うた時、相手は自信満々に頷いた後、少しだけ眉を顰めて告げたのだ。


『腕に関しては何の心配もないが――対人コミュニケーションに関しては、やや難がある。特に、女性と会話する際は、失礼があるかもしれない。他意はないから、広い心で接してやってほしい』

『失礼だな。さすがに、国家の代表として行くんだ。わきまえる』


 リオは憮然とした顔で反論していたが、その時の上官の顔色を見る限り、冗談で言っているのではないと悟った。

 だが、軍医だと聞いていたこともあり、てっきりリアムのように男社会で育ったが故に女に免疫がないのかと思っていたが――どうやら真逆だったらしい。


「その”女嫌い”がどうしてお前とそんなに仲良くなっているんだ?」

「あぁ――うっかりアイツの前で、”俺”って言ったのを聞かれたんだよ。どう説明したらいいかわかんなくて、アイツの中で俺は、男の心を持った女、ってことになってる。完全に男扱いだ。お前が心配してるようなことは一切ないよ」


 独占欲の強い婚約者を安心させるように言って、イリッツァは隣国から来た美丈夫を眺め、軽く眼を眇める。


「リオは、なんだろうな……あいつは信者でもないし、友人っていうのも……比較的近いけど、ディーとかとはちょっと違う。そうだな……同志、みたいな感覚かな」

「……同志」

「うん。助けを求めている人が目の前にいて――それを助けられる力が、自分にはあるかもしれなくて。その時に、本当に何の見返りもなく、手を差し伸べられる男なんだよ、リオは。神様を信じてなくてもそれが当たり前のように出来るのは凄いなって思うし、尊敬する。そんで、俺にはない知識や技術を持っていて、話していると世界が広がる感じがする。同じ目的を共有しながら、互いに高め合っていける――うん、やっぱり、同志っていう表現が近い気がするな」

「ふぅん……」


 左耳を掻きながら相槌を打つカルヴァンは、わかったようなわからないような顔をしている。


「今回の件が終わったらって、縁が完全に切れるのは嫌だな……なぁ、ヴィー。何とかならないかな」

「そうだな……まぁ、個人的に連絡先を交換する分には咎められたりはしないだろう。手紙のやり取りで近況やら情報交換やらをして、何かの折に互いの国に訪れたときには顔を合わせる、とかでいいんじゃないか?公に関係を持つと、お前の身分や立場を考えれば、やれ護衛だ検閲だってなりそうだから、こっそりと、な」

「そっか。じゃあ、あとで連絡先聞いておこう」

「それがいい。――他の男と文通をするなんぞ、正直あまり推奨したくないところだが、まぁあと半年もすればお前は名実ともに俺の嫁になるわけだからな。愛する嫁が珍しく、対等に関係を築きたいと言った相手だ。我慢してやる」

「なんでそんな偉そうなんだよ……」


 軽く頬を染めて睨むと、ニヤリと片頬を歪めて笑うだけで流された。

 相変わらず、なんだかんだと掌で転がされている気がして、面白くない。

 ふいに染まった頬をごまかすように軽くこすって、イリッツァは最後の一人の診察を終えたらしいリオの方へと小走りに近寄って行った。 

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