第3話

「き、騎士団長殿……!ど、どうか、どうか、お助け下さいませ……!」

「何だ。何があった」


 近づいてきたカルヴァンに向かって、聖印を切って祈るようにしながら手紙を差し出した男に、怪訝な顔で返事をしながら封筒を受け取る。


(……王族の直筆か)


 封蝋の色と紋様が、この国の国旗と同じだ。白地に金の線で、エルム教の聖印が刻まれている。

 よほど火急の知らせだと悟り、カルヴァンはその場で封を切り、中を改めた。

 灰褐色の瞳が、文章を追って右に左に揺れる。


「ど……どういった内容でしたか……?」


 リアムも、封筒を見ただけでことの重要性をすぐに把握したのだろう。硬い表情で緊張したように張りつめた声で問いかける。

 全てを読み終えた後、カルヴァンは何かを考えるように瞳を伏せてじっと一点を見据えた後、口を開いた。

 

「王都で、未知の熱病が広がっているらしい」

「えっ……!!?」

「相当な混乱が起きているらしい。王都中の人間が病に倒れて教会に詰め掛けて、束の間の治癒で命を繋いでは数日後に再び訪れ――を繰り返す、とか。俺に知恵と助言を求めてきた」

「なっ……!は、ははは早く帰りましょう!!!緊急事態です!」


 蒼い顔でリアムが進言するのが聞こえないわけではないだろうに、先程までは口を開けばすぐに帰ろうと煩かったカルヴァンは、黙って視線を一点に据えたまま思案をやめない。


「だ、団長……?」

「今俺たちが帰ったところで、何が出来る?光魔法が使える奴なんか騎士団にはいないし、せいぜい兵舎なり鍛錬場なりを解放して、教会に入りきらない患者を寝かせてやることと、人手を貸してやるくらいしかできない。……とはいえ、俺たちもきっとあっさり病が伝染って、患者の仲間入りをするだけだろうが」

「で、ですが、手紙が来たと言うことは――!」

「手紙が求めているのは、俺の帰還じゃない。――俺の意見だ」

「な――!」

「王家が惑ったときは相談する――と言われていたな、そう言えば。……まぁ、これを書けと指示したのはツィーの奴だとは思うが」


 手紙を折りたたんで封筒にしまいながら、「さすが、俺の嫁は賢い」と満足げに言う上官に、リアムは言葉を失って口をパクパクさせる。暢気に惚気ている場合ではない。


(手紙に書かれていた症状は、かなり克明だった。間違いなく、日々患者を相手にしている人間――ツィーが裏にいるだろう。十五年、あいつはナイードから出なかった。国中を遠征で飛び回っていた俺の方が、知見があると思ってのことかもしれないが――あいにく、全く心当たりが無いな。さすがに、病気に関しては専門外だ)


 左耳を軽く掻きながら思いを巡らせて、じっと何事かを考えた後、カルヴァンは手紙を懐に入れて街へと足を向けた。


「あっ、だ、団長っ?どこへ――」

「返事を書く。全速力で駆けてきたところ悪いが、すぐに王都に舞い戻ってくれるか?」


 リアムを無視して早馬を駆ってきた男に声をかけると、「勿論です!」と食い気味に返事が来た。蒼い顔を見るに、よほど王都は深刻な状態なのだろう。


「リアム。班を3つに分けろ。新兵を中心とした連中は、まっすぐに王都へ返せ。人手はどれだけあっても足りないだろうし、患者を収容する場所が広がることは悪いことじゃない。ミイラ取りがミイラになる可能性が高いが、まぁ、それなりに体力もある連中だ。『聖女様』の手を煩わせるなと気合を注入してから帰してやれ」

「は、はいっ!」

「二つ目は、歴が長い精鋭を中心にした班。なるべく風の魔法使いとセットにして、二人一組で各領地に一組ずつ配置しろ」

「は、はい……各地に、ですか……?」


 返事をしながらも疑問符を上げる察しの悪い補佐官に、カルヴァンは呆れた顔で告げる。


「王都を襲ったのは、質の悪い流行病の可能性が高い。一度王都の中に入れば、俺たち騎士団も容易に外には出られなくなる。病を外へ運ぶからだ。――その間に、結界が破れて魔物が出たらどうする?」

「あっ――!」

「放置して、領地が壊滅するのを眺めるか?病を国にばらまくことを覚悟で派兵するか?――どっちも悪手だろう。それなら、有事の際、一人でも魔物との戦いになれた人間が領地にいるだけで心強いだろうし、風の魔法使いとセットにしておけば、近隣の領地に通達して騎士を集め、対処することも出来る」

「な、なるほど……!精鋭を配置するのは、少数でも立ち向かえるように、ということですね!」


 その通りだ、と頷きながらカルヴァンは手紙を認めるために宿屋に足を向ける。


「最後の一つは、俺とお前を中心とした、これも少数の班だ。地水火風の魔法使いをバランスよく適当に見繕え。とはいえ、優先度が高いのは国内に置いて行く精鋭たちだ。もし、国内に置いて行く連中が心許なければ、俺とお前と二人しかいない班でもまぁ構わない」

「か、かしこまりました……えっと……」


 拝命しながらも、常人とは異なるスピードで回転する上官の思考について行けず、聞き返していいものか迷いながらリアムは間抜けな顔を晒す。


「ここから先、俺とお前の班は別行動だ。全速力で移動するから、お前の風をとことん使うぞ。魔力切れなんていう情けない泣き言は聞きたくない。不安なら、教会に行って魔力を回復する聖水を大量に仕入れてこい」

「わ、わかりました……けど……その、俺たちは……どこへ行くんでしょうか?」


 恐る恐る尋ねると、カルヴァンはチラリと視線だけで相変わらず察しの悪い補佐官を振り返る。


「餅は餅屋。俺たちは病に関する知識を持っていない。――なら、専門家に頼るのが早いだろう」

「せ、専門家……?」

「幸い、ここは王国最北端だ。――大陸最高峰の医療技術を持った国まで、目と鼻の先だろう。応援を要請し、事態収束を手伝わせる」

「え――ま、まさか――」


 リアムは驚いて鼈甲の瞳をパチパチと瞬く。

 ふっ、と片頬を歪めて嗤いながら、カルヴァンはつぶやく。


「あぁ。お前も言っていただろう。その中でも、今、俺たちの国に一番恩を売りたくて仕方がない国だ。かつて築いた友好の絆は確かなものだと証明するためにも、全力で力になってくれるだろうさ」


 ふぃっと振り向くのは、北の方角。

 そこにあるのは、一年の半分以上が雪に閉ざされる、カルヴァンのルーツ――厳しい気候の『自由の国』だ。

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