第2話「恋愛感情は抜け落ちる…という話」

後輩と飲んでた時に「恋バナ聞かせてくださいよ~」と軽く絡まれたわけなんだけど、深く考え込んでしまった。


何故だ?


 * * *


10年ぐらい長く付き合った彼女は……ある日、突然に精神を病んでしまった。

精神疾患ってそういうものなのかもしれない。

今思えば軽い予兆的な物があったような気がする。それでも一緒にいてあげたいと思ったが……ダメだった。

最初の頃のターゲットは不特定で、彼女曰く「謎の組織に属している連中が私のことを狙っている」だったのだけれども、症状が悪化してからは「貴方は悪の組織の手先だ!私に謝って!盗んだお金を返して!謝って!浮気したことを謝って!」とターゲットが僕になってしまった。


物盗られ妄想、嫉妬妄想……今でこそ病院で働くようになったから分かるが、いわゆる「統合失調症圏内の何らかの障害」になっていたのであろう。


ここからが酷かった。毎日のように責められる。脅迫まがいの内容が書かれたメールが送られてくる。

誤解があるなら何とかしようと僕なりに努力をしてみたけれどダメ。

一緒に精神科病院に行ってみようと誘ったけど、これも失敗。

彼女の両親は「うちの娘はおかしくない」の一点張り。

逆に僕がPTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断をメンタルクリニックで受けてしまう有様で……終わってしまった。

本当に悲惨な終わり方だなと思う。今ではほぼ立ち直っているけれど、これを書いているだけでも気分が悪くなる。

しかしながら、彼女には幸せになって欲しいと今も願っている。好きだったから。


次に長く付き合った女性はとても素晴らしい人であったが、何かしらある人だった。とてつもなく嫉妬心が強い人だった。プライドも高い人であった。

僕は自分に関わる人に対して一番とか二番とかを作れない性格である。もちろん、カテゴリーとして「恋人」「家族」「友人」「知人」という括りはあるけれど、そこに大きな差を作れない……というか、作り方が分からない。

無論、優先順位はある。例えば、死にかけている友人を差し置いて彼女とデートに行くなんて事はできない。家族が病気で苦しんでいる時に彼女と食事なんかできない。逆も然りで、彼女が苦しんでいる時に友達と遊びに行ったりもしないし、場合によってはプライドを捨てて相手に土下座してでも彼女を優先させる事もできるだろう。


ところが、彼女に「それが分からない」と真顔で言われてしまった。何より恋人が優先でしょう?と。


こんな事があった。

僕の馴染みの店があるのだが、そこのオーナーに会いに行く時にお土産を持っていったら彼女に怒られてしまった。

確かにオーナーは女性であるが、恋愛感情なんか持っていないし妙な下心はない。何しろ僕の母と同い年ぐらいの方であるからして、明らかに不釣り合いというか何というか……それに馴染みの店になるぐらいには彼女より付き合いが長い人だ。


「オーナーさんと僕は友達なんだよ?」


「お客さんと店員の関係で贈り物なんて!」


これには困ってしまった。

彼女にとって店員とは、客から代金をもらいサービスを提供する者であり、客は代金以上の物を支払わない。そして、サービス以外の関わりをお互いに持たないのが彼女の中の普遍的なルールであり、そこに『個人的な贈り物』など存在すら許されないという。

理屈は理解したので、なだめながら他意はない事や、恋人として好きなのは貴方だけだと伝えてその場は収まったように思う。

『異文化』というのは存在するなと改めて思った。

言うまでもないが、僕も彼女も日本生まれ日本育ちなのだが……


それ以外のエピソードとしては、月に1回程度は男友達と飲みに行ったり、キャンプに行ったりしていたのだが「もう行くな」と約束させられる。


こうなってくると彼女との関係を優先せざるを得ず、結果として友人数人と自然と縁が切れてしまった。(今もどの顔して会いに行けばいいのか分からず音信不通なまま)

家の用事があって家族と出かけようとするとヘソを曲げる。

ウチの猫と遊んでいたら嫉妬する……なお、冗談とかではなく、本気の嫉妬。


彼女は24時間365日ベッタリと僕のそばにいた印象がある。

なお、部屋で寝ている時もケータイで繋がっていたから比喩表現ではない。


『もう無理じゃね?』


そう思い始めていた頃。

確か正月だったと思うが遠方の親戚が家に訪ねてきたので3時間ほど彼女の電話に出れなかった事があった。

着信には気がついていたので、一旦電話に出た後に「夜に掛け直すから」と伝えた上で電話を切った。

そして親戚が帰った後に電話をすると、烈火の如く彼女が怒り出した。


「夜になったら電話するって言ったじゃない!」


時計を見る。19時だが、これは夜……だよな?


「なんでもっと早く電話をくれないの?!」


思わず溜息が出た。何時ならよかったんだ?


「謝って!」


謝る事はできる……と言うか、誤ったと記憶している。

ただ、この人は僕の謝罪の言葉を聞いて、どうするんだろう?という疑問が湧いてしまった。


逆に考えてみよう。


例えば、彼女が僕の機嫌を損ねるような事をしたとする。ちょっと、どんなシチュエーションか分からないが……

その時に「謝って」と僕は彼女に言うだろうか?

間違いなく、それは言わない。

彼女が自然に謝罪の言葉を口にしたとして、その言葉を聞いても嬉しくもないし、何なら悲しい気持ちになる。聞きたくない。彼女のプライドを傷つける事を心配してしまう。


「謝って」って、とても怖い言葉だと思う。


鋭利な刃物みたいな言葉だ……

鋭利どころか、刺々しく、禍々しく、毒も含まれているような言葉だ……


そう思った次の瞬間には、電話口ではあるが別れを切り出していた。


「もう無理です。別れてください。お願いします」


そう言って電話を切った。

その後に何度も電話がかかってきたけど出なかった。

翌日も、数年後も電話がかかってきたけど出なかった。


それでも彼女には幸せになって欲しいと思う。ただ、相手は僕ではない。


たぶん、これらがきっかけで『恋愛感情が抜け落ちた』と思う。

何しろ、それ以降は恋愛という意味において誰かを好きになる事ができなくなってしまった。


感覚としては、機械の故障のような印象。


回路としての『恋愛感情』というパーツが、確実にソコにはあったんだけど、1度目のハートブレイクで壊れてしまって、それでも治りかけていたのが2度目のブレイクで抜け落ちてしまった……ように感じる。

そして今はその部分に暗い穴がポッカリと空いているような感じ。

部品として抜け落ちているから修理のしようもないっていうか……


 * * *


まあ、そんなこんなで楽しい酒の場で言う話じゃないなと瞬間的に判断。


「僕に恋バナとか無理だよ。そんなキャラじゃないだろ?」


と苦笑いした。

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