日常と非日常の間

名島照葉

第1話「バイクの話」

友人が二輪免許を取得し、バイクを購入。

ツーリング仲間ができるのは正直嬉しいけどバイクに飽きてきていたので複雑な想いでいた。

そんな僕だけど、一緒に走ってみたら少しだけあの頃のワクワクを思い出せたという話。


 * * *


バイクには中学せ……じゃなかった、免許取得できる年齢になってからずっと乗っており、もちろん大型免許も取得済み。下手くそなりにあちこち走り回って、気がついたら日本一周も完了していた。(沖縄だけはバイクで行ってないけれど。)

極寒の北海道を凍傷一歩手前になるまで走ったし、灼熱の鹿児島を脱水症状で死にかけながら走ったりもした。身体中にバイクでできた傷と、それ以上の思い出がある。当時の彼女を後ろに乗せて海岸を走ったりもした。DQNや野生動物に追いかけられたし、幽霊にも遭遇した。

そして、そんだけ走った結果どうなったかというと「もうバイクは降りようかな」という言葉が自然と口から出るようになっていた。

正直に、正直に言うと「飽きた」のだ。

自分が”目的を達成した瞬間に、急速に興味が失せる性格”をしていた事を忘れていたのは一生の不覚だろう。やりたい事を一気にやり過ぎた。

我ながら難儀な性格だと思う。だけど性格だからどうにもならない……と言うか、これは性格なのか?


そんな僕だったが、友人からキラキラした瞳で「初めてのツーリングなんでついてきてください!」と言われれば断る事もできず、まずは座学として自動車学校では教えてくれないような事(ハンドサインや、暗黙のルール、ちょいとしたバイク乗りの礼儀)を教え、使っていなかった古いインカムとグローブをプレゼントし、友人の希望で真夏の海岸を一緒に走った。


我ながら安全運転で、遠回りだが車の通りが少ないコースを選んで、ゆっくりと海を目指して走ったんだけれども…………転ぶねえ……見事に転ぶねえ……


走行中に転ばれて大事故になっていたら僕も悠長にこんな事は書いてないので、そこは安心してもらって……いわゆる「立ちごけ」っていうヤツ。

止まった時に、ゆるゆると倒れなさった。しかも、左右両面まんべんなく。

クラッチレバーとブレーキレバーの両方をカイゼル髭のごとく美しくカールさせてくれたので「ひょっとしてこのバイクって元からこういうデザインなのでは?」とすら思うぐらいですよ。

シフトペダルも見事に曲がっていた。ヘルメットのシールドも何故か外れる有様。

一応、最低限の工具は積んでいて、最低限の現地修理はできる腕はある。ダクトテープと結束バンドとスパナがあればロケットだって修理できるさ。

ついでにいうと僕自身が病院勤務の、いわゆるコメディカルスタッフなので最低限ではあるが怪我の手当もできるよ。もちろん、ダクトテープで。

何とかバイクを修理しながら目的地の海岸を走り、僕の家まで一緒に帰宅。

修理のために僕の家にバイクを置いていってもらう事にして、友人の家(僕の家から車で1時間以上かかる距離にある)まで車で送り届けた。


その車中で『人生最初のツーリングで散々な目に遭って、もうバイクは嫌になっただろうな』なんて事を思いながら、この日の振り返りを行ったわけなんだけど、返ってきた言葉は「早くバイクに乗りたい!」だった。

ちょっと面食らったし、そう言えば僕も最初にバイクに乗った時に「もっと乗りたい」と言っていたのを思い出した。確か、最初にツーリングに行った日に、家に帰宅すると同時に「ちょっと走ってくる」と近所を走りに行ったなと。

なんだったらガレージでバイクと寝てたように思う。

車を運転しつつ、そんな事を思い出しながら横目で友人の顔を見ると、ツーリングに出発する時のキラキラした瞳のままだった。それが羨ましくあり、尊く感じた。

「なるべく早く修理しておくね」

そう言うと、友人は満面の笑みで「ありがとうございます!」と言ってくれた。

友達なんだから敬語はいらないと伝えているんだけど、なかなか直らんもんだ。


その翌日。

さすがに曲がってしまったレバーはどうにもならなかった。

純正レバーというのは曲がったら最後、戻そうとして曲げれば折れる。(経験者談)

たまたま家にあった古いレバーが合致する事に気がついたので、それに交換しておいてあげた。友人のバイクであるHONDA VTR250の姉妹機のV-Twinマグナに乗っていた時期があって、マグナのレバーをビレットレバーに交換した時に捨てずに持っておいたのだった。これが10年越しで役に立った。

レバー交換後、走行に支障は無さそうなので、友人に電話で許可をもらって近所を軽く走ってみた。

「うん。やっぱり問題ないな……」

友人には申し訳ないが、ちょいと近所どころか軽く峠まで走ってみた。

やはり旧車はいいね。なんというか楽しい。理由はわからんが楽しい。

つまらないと感じていたのは、僕が乗っているバイク(名前を出すと敵を作りそうなので言わないけど最新型の人気車種)に対してなんだなと気がついてしまった。

バイクに飽きたんじゃなくて、今乗っているバイクが面白くなかっただけだったんだ。


思わず笑ってしまった。


「なんだ。まだバイクを楽しめる心が残ってたんじゃないか」


家に戻ってから、他にも壊れている箇所がないかを調べたりしたんだけど、特に問題なし。心配になってプラグも外してみて調べてみたがキレイなもんだった。

「こういうの、いつ覚えてできるようになったんだっけな?」

なんてぼやきながら記憶の中を探ってみるが思い出せなかった。


 * * *


いずれ友人にバイクのメンテナンスができるように教えないといけない。

それ以外にもライディングテクニック、野営や旅のコツ……教えなくてはいけない事がたくさんだ。そして学びたいと本人が言ってくれている。

友人は、僕の人生の半分以下しか生きていない若者であり、体力がある。物覚えもいい。そして女性ならではだが愛嬌もある。生徒としては最適だ。

残念なのは、恐らく一緒に走れる時間はそう長くはないだろうという事。

僕の日本一周の旅は終わったけれど、行けていない場所が何箇所かある。

その場所をこの友人に伝えて、僕の代わりに走破してもらいたい……なんて、今は欲張りで我儘な事を考えている。これがとても楽しい。


願わくば、この若者のバイクライフが幸多からんことを。

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