3.茂みに落とした片方の靴とレオのお話

~茂みに落とした片方の靴~


茂みの中を草と草を擦り合わす音を聞きながら靴の片方を探す。

「あ、見つけた!」

「あ、あったー。」

靴は泥まみれ、洗った方がいいレベル。

「そろそろ帰ろっか。」

夕方頃のそらはあたり一面オレンジ色に染まっている。

「海行こっと。」

そう呟いてレオの返答を待たずに走り出す。

「また走るんですか?」

愚痴をいいながらも素直に着いてくる。

いつものように崖の上から海の水面を見渡す。

それはオレンジ色の空を映す鏡のようで、とても幻想的だ。

「恵美さんは飛び込み競技はもう好きじゃないんですか?」

「うん。」

私はコクりと頷く。

「嬉しかったよ。優勝して、沢山の人に褒められた。でも、それと同時にその事を否定させられたらショック受けちゃった。」

「もうやらないんですか?」

「うん。一生やらない。」

波立つ泡は朗らかに、鳥は空を舞っている。

そよ風が鼻をかすめ、いい潮の匂いが充満している。

「もう少しでお別れになっちゃうね。寂しいな。」

ロングの髪を手で耳にかけながら言う。

レオの表情は見ないようにして。

「うん。」

二人ならきっと大丈夫だってあの時に言った。

レオはどう思っているんだろう。

子どもっぽいとでも思っているのだろうか。

離れ離れになった後、もう一度会えるのかとか、お互い言わない。

レオの心は分からないけれど、少なくとも私は聞くのが何となく怖いのだ。

それでも滲む顔は見せない。

年上としての変なプライドが許さないから。

この青は、いつかは灰色になる。

錆れて行く。

どこまでも...


~レオのお話~


「どうしてここへ?」

平日の午前はどこまでも晴れ渡っている。

綿あめのように白い入道雲はもくもくと空を覆って私達に夏を知らせてる。

「はぐらかさないの。」

オウム返ししたレオを遮るとこう言った。

「クラスになじめなくなって学校サボって来た。」

その頃は穏やかに波打ち、蝉はうるさく鳴いている。

その中でも私達の間の沈黙は怖いほどシーンとしていて、隣町の音も聞こえそうな...。

そんな感覚に陥る程だった。


転校するんだと知らされた時は耳を疑った。

やっと学校にも慣れてきたというのにもうこの中学からいなくならなくてわならない。

自分がもしも高校生であれば反論できたのだろうか。

一人暮らしをOKしてもらえたのだろうか。

怒りを通り越して呆れている。

学校という場所は苦手だ。

特に小学生のころは特に苦手だった。

だから中学になってからもそうなのだろうと思っていたのだがやけに上手く言って喜んでいたところでこれだ。

本当に虚しい。

心にぽつんと痛みが走ったとたん、中学を後にしてこの崖まで来ていた...

「友達にお別れを言うのには抵抗があったから逃げてきた。本当の事を言うのはつらい。」

静かにレオの話を聞くと自分の心も同時に苦しくなった。

私も逃げてきた身だから。

あの地平線の向こうまで泳いでみたい。

どっか遠くに行って誰もいないところで好きなようにしたい。

そんな願望が目まぐるしく頭の中をかき乱す。

海をジッと見ているといっつもそうだ。

同じ事をずっと考えている。

「それは何?」

レオは一瞬頭に「?」を浮かべたが指差された左手の手首を見て納得し答えた。

「中学の通学路の駄菓子屋のおばちゃんにもらった。」

レオの手首にあったのは黄緑色のブレスレット。

「あぁ~。それじゃきっと私の母校だ。あのばばぁよく絶対要らないものをおしつけるからさ。いらないっつうの!」

口から思いっきり吐き出すと後ろに倒れて空を見上げた。

目には空と雲とレオしか見えない。

「ん。」

拳を片方真上に突き刺す。

レオは首を傾げる。

「ん!」

二回目に突き刺したときはレオは慌てて自分の手首にあるブレスレットを外して私の手首にはめた。

「ありがとう。」

「レオ!速く速く!」

レオはぜぇぜぇと息切れしながら着いてくる。

厳密にいえば追いかけている。

「恵美さんはや、速い、でs...。」

そんな情けないレオにキャハハッと笑って答える。

レオと小学生のように遊ぶ時間はとても特別で、とても楽しい!

左手のブレスレットが太陽光に反射してキラリときらめく。

「ねぇ!」

まだ遠くにいるレオに大きな声で叫ぶ。

「な、何ですか!!」

ぜいはぁ、と息を整えながら言うレオもとても大きな声だ。

「私退学する!」

[何!]

「私退学する!もっとやりたい事やる!専門学校に行って!免許取って!就職する!」

そしてまたキャハハハと高らかに笑って持て余した体力を使いその場でジャンプしたり側転したりとはしゃぐ。

その頃レオはというとのろのろと見た目小学生の恵美さんに近づいて叫んだ。

「恵美さんはそれでいいんですか!」

「いいの!でも、そうだなぁー。」

はしゃぐのをやめて一度立ち止まり顎に手を当てて考える。

正直何もしないで学校辞めるのもあまり楽しくない。

「そうだ!制服汚そう!」

「ん!?」

レオはまた変な提案したなと思った。

「海に飛び込もう!飛び込み競技みたいに!」

「何考えてるんですか!俺死にます!」

「大丈夫!」

そう言うとロングの髪をかき上げて、

「私達なら上手くいくよ!」

「恵美さんはいいとしても俺は良くないですよ!俺は死んじゃいます!」

ニシシッと笑うとレオはもう既に諦めたような顔になった。

私は飛込競技全国優勝者。

海が穏やかであればほぼ百パーセント死にはしない。

だから大丈夫。

と約束を交わした。

レオは呆れながらも頬をあげて笑っていた。


~約束の前日~


俺は親の言葉を聞いて目線を落とした。

約束の明日は...

「分かった。」俺はコクッと頷いて見せた。

どうやら、引越しの日が一日早まったようだ。

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