気持ちが離れた彼女と……

「今日、友人たちと飲み会があるから」

そう言って同棲して7年になる彼女は仕事に出掛けていった。

朝のキスもしなくなって随分になる。

会話も最低限の事しか話さなくなってるし。

料理も最初の頃は作ってくれていたけど、時々作ってくれなくなっている。

家事は2人とも働いているから出来る方がやる事になっていたんだけど掃除、洗濯、洗い物、たまに料理も自分でしないといけなくなった。

これについては注意をしてもその時だけ反省して改善されていない。

何度も注意するうちに逆ギレされた事もあった。

そんなことが続いたら注意する事に疲れを感じて、彼女を注意しなくなった。


そして心配性の俺は彼女が飲みに行くのが嫌だった。

ただ遅くなることが心配なんじゃない。

彼女の酒癖の方が心配なんだ。酒を飲んだらなる。

付き合い始めてから知った事だけど彼女は飲むと身体が疼くらしい。

そんな彼女と俺の夜の活はほぼレスである。

ほぼと言うのはさっきの酒癖、飲んだら疼くから、その時だけは求められる。

俺が求めた時には『疲れた』とか言われてしまう。

せめてもの約束として『飲み会の場所、終わった時の連絡、次の店に行く時は場所の連絡』をする様にと決めたけど守られたことはこれまでない。

ホントにわがままな彼女。それでも愛している。

時々、俺と『別れるつもりはない。これからも一緒』そう言ってくれる。その想いがあるから今も一緒に暮らしている。

それでも今日も心配で胃が痛くなりそうだ。


会社から帰ってきても当然彼女はいない。

自分の夕飯を作り、1人寂しく食べる。

片付け、入浴と日課をこなして行くと22時。

普通の飲み会ならもう終わっている時間。

そしていつものように連絡はなし。

23時まで待っても連絡はないし、電話も通じない。

ヤキモキした気持ちで彼女の帰りを待つ。

結局1時を回って彼女は帰ってきた。

帰ってくるなりトイレにこもって出てこなくなる。

心配して声をかけると呂律の回らない返答がかえってきた。

明日も仕事があるから先にベットに入り眠りにつこうとするがヤキモキしていたせいで眠れない。

目を瞑っていると彼女がベットに潜り込んでくる。

人の気も知らずに先に寝始める。

思わずため息をこぼし息を吸った時に違和感を覚えた。

彼女の身体から香る匂いがいつもと違っていた。

その時は飲み屋でついた匂いだと思い込もうとした。


それから暫く経って、

「今日、飲み会があるから」

そう言って彼女が会社に行った。


今日も帰りが遅い。日付が変わっても帰ってこない。

やっと帰ってきた時には着て行った服に汚れがついていた。

洗濯と入浴を彼女に促す。

シャワーを浴びて出てきた彼女の肩口に紅点があった。

よく見るとそれはキスマーク、彼女のまとっているバスタオルを剥がすと他のところにもあった。

さすがの俺もこれを見過ごすことができずに追求した。

『酒に酔って、いいなあと思う人がいて流れでした』という。『それでも私が一緒にいたいのはあなた』と言われたが俺の中にある愛情は急速にその火を鎮火させていった。

完全に彼女を信用することが出来なくなってしまった。

『それでも私が一緒にいたいのはあなた』この言葉で、ただ惰性で一緒にいるだけではないか?そう考える様になった。


そしてまた「今晩、飲み会があるから」と彼女が出てゆく。

「終わった時点で連絡してきて」出てゆく背中に声をかける。

この約束が破られれば俺はもう彼女を信用する事は金輪際出来なくなる。そう思った。

23時を回った時点で俺はもう諦めていた。

日付が変わり帰ってきた彼女はすぐにベットに行こうとしたが引き止めた。


「終わったら、連絡する約束だったよね」

「…………」

「二次会行ったの?」

「…………」

「黙ってたらわからない」

「………ごめん」

「それは、何に対しての『ごめん』?」

「…………」

「あんな事があった後で約束を守れないならもう信用出来ない」

「あなたと一緒にいたい」

「もう俺が疲れたよ、解放してくれ」

「いやっ」

「どうせ、今日もこの前の男としてきたんだろ」

「…………」

「やっぱりな……もう、別れよう。俺は君と一緒には居たくない」


目を見開き驚いた表情をしているが俺も真剣に睨み返す。

以前、彼女とどこからが浮気かという事を話し合った時に言った言葉『身体の関係を求める時には俺から相手に気持ちが移ってるだろうから、そこからやり直すことはできない』

そして、彼女は身体の関係を持った。自分が酒を飲んだら疼き、求めると知っていながらそうした。彼女の心はもうすでに俺から相手に移っている事だろう。

相手の元に行けない理由があって俺の元に留まっていたのだろう。

ああ、なんて滑稽なんだろうか、俺は。


「近いうちに荷物を纏めて俺の部屋から出て行ってくれ」

「…………」


寝室のドアを閉め俺は無理にでも眠りにつく。明日も仕事だからな。



翌日、職場の仲間に『今晩泊めてくれ』と頼んだがみんな駄目だった。

仕方がないのでネットカフェに泊まる事にした。

それから暫く職場のロッカーに着替えを置き、ネットカフェと、スパ、コインランドリー生活を送る。

様子を見に行ったがまだあいつは俺の部屋から出て行ってない。


あの日から一週間が過ぎ、今日も職場からネットカフェに向かう途中でコンビニに寄る。

食べ物とペット飲料をカゴに入れ週刊誌を立ち読みする。

職場から直帰せずに寄り道をしている。

まあ、帰る先が違うけど。


「もしかして?」

「ん?」


 不意に横から声をかけられ、そちらを向く。


「やっぱり、久しぶり。元気にしてた?」

「ああ、君も?」


声をかけてきたのは学生時代に思いを寄せていた女性。

それなりに仲は良かったが告白する勇気がなくずっと友人だった女性。


「早く帰らないと彼女が待ってるんじゃない?」

「あ、いや……浮気された」

「あっ、ごめん……」

「どう、良かったら話し相手になってくれない?」

「あ〜、まあいいか。うん、いこっか」


多分、元カノの話を聞かれるだろうから周りに人がいない方がいいかと思い、カラオケボックスを提案する。

了承を得られたので最寄りの店に移動する。


カラオケボックスで指定された部屋に入ると少し気まずそうに尋ねてくる。


「いつ別れたの?」

「はは、先週、同棲してたんだ———」


これまでの事、あの夜の事、聞いて欲しくてつらつらと話していた。

その間にスマホに着信・『公衆電話』の表示。

多分、元カノ。

あの日のうちに連絡先はブロックしている。


「ねぇ、私が出ようか?」

「えっ」

「その方が元カノさんも諦められるでしょ」

「そうかも」

「じゃあ、スマホ貸して」


彼女にスマホを渡しスピーカーモードで通話する。


「もそもし、どこにいるの」

「………………」

「もしもし、ねぇ」

「………………」

「お願い、声を聞かせて……」

「もしもし、元カノさん」

「あなた誰!!」

「誰でもいいでしょ、あなたは浮気して彼に捨てられたんだから」

「そんな事ない、別れてない!!」

「聞いたわよ、呑んだら疼くのに、好みの男がいる飲み会にいくヤリマンだって」

「ち、ちが、ヤリマンじゃない!」

「ふ〜ん、彼との約束をずっと破って、彼にだけ、帰る時間を連絡させてたのは浮気するのに都合がよかったからでしょ」

「そんなんじゃない!!」

「なら、どうしてあなたは彼に連絡しなかったの?都合が悪いからでしょ」

「そんなこと———」

「違わないでしょ、あの晩も、都合が悪くなると黙ったって聞いたわよ。都合が悪いから連絡しないんでしょ」

「………プッ、ツー、ツー」

「切れたね」

「ああ」

「ハァ〜、なんかスッキリした。話を聞いてたらモヤモヤしてたから」

「だな。腹も減ったし、なんか頼もうか?」

「そうしよう」


食事を済ませ今度は彼女のことを聞いてみる。


「私は———」


彼女のところも同じ様なものだった。

別れたのは3ヶ月前。

長く一緒にいると、どちらかに負担が増えてくる。

俺のところもその都度、注意していた。それも相手に聞き入れる意思がなければ意味をなさなかった。だから俺たちは決別した。


「あの頃は楽しかったねぇ」

「そうだね、俺、あの頃は君に気持ちを伝える勇気がなかったんだ……」

「そうじゃないかって気はしてたよ……ねぇ、今は?」

「今は、か。よければ君と付き合いたい」

「これも何かの縁かなあ」

「俺は、そう思いたいな」

「じゃあ、付き合ってみようか?」

「ああ、えっ、いいの?有難う」

「うちに来る?」

「いいの?」

「うん」


カラオケボックスを後にした俺たちは彼女の家に向かった。

昔話に花を咲かせ、酒を飲み、いつの間にか眠りに落ちていた。

翌朝、調理の音と味噌汁の匂いで目が覚めた。

「あ、起きた。おはよう」

「ん、おはよ」

昨晩は2人ともソファーで寄り添って寝落ちしていたらしい。

「今日、あなたの所に行っていい?」

「構わないけど、どうして?」

「元カノさんに、私達が付き合うって事を突きつけてあげようと思ってね」

「大丈夫?」

「う〜ん、多分」

「そう」


仕事が終わってからの待ち合わせ場所、時間を打ち合わせる。

出勤までの間、寄り添って過ごす。

2人ともまだ過度の触れ合いをしてはいない。

付き合う事にはなったけど、そういうことは元カノとの事が片付いてからにしようと話しあった。

そうしないと元カノに揚げ足をとられる。


終業後、待ち合わせの場所で彼女を待ち俺の家に行く。

普段なら俺の方が先に帰宅していたから、自宅の鍵が開いていた事を訝しむ。

注意して扉を開けると憔悴し切った元カノがそこにいた。

ヒッっと喉が引き攣ったような音を発して空気が吐き出された。


「やっと、帰ってきた……なんで、帰ってこないのよぉ」


這う様に俺との距離を詰めてくる。

異様な雰囲気に後ずさる。


「なん、で……」


虚な目を見開いて俺を、いや、俺の背後を見つめている。


「どうして、女連れなの、浮気してたの!!」

「それは、お前だろ、俺たちは別れたんだ」

「いや、別れない!!」

「お前が浮気したから、俺たちの関係は終わったんだ」

「別れないから!!」

「いいから、出て行けよ」

「いやよ!!」

「ならいいわよ。あなたが出ていかないのなら彼、私のところで暮らすから」

「えっ!?」俺が驚いた。聞いてないよ。

「あなたには関係ない。これは私と彼の話しよ!」

「いいえ、私と彼は付き合う事になったの、昨日も2人で一緒に過ごしたわ」

「う、そ……、嘘よ……」

「わかったでしょう、もうここにはあなたの居場所はないのよ。出て行きなさい!」

「うわぁぁああっあっぁぁああ」


元カノは泣き喚きながら部屋を飛び出して行った。

後に残された俺たちは部屋に入る。

この一週間で俺の部屋はとんでもなく荒れていた。

俺が毎日片付けて快適に暮らせる様にしていたのに。

幸いな事に元カノに渡していた部屋の鍵はテーブルの上にスマホと共に置かれたままだった。


彼女に手伝ってもらい、部屋を片付ける。

元カノの荷物は袋に詰めていく。大きな荷物は実家に送りつける事にしよう。

荷物を片付けていると元カノのスマホに着信。知らない男の名前。

スピーカーモードで電話に出る。


『もしもし、おい、聞こえてる?』

「もしもし」

『っ、お前誰だよ』

「俺か?誰だと思う?」

『そんなことより彼女はどうした?』


どうやらこいつが浮気相手みたいだな。

あの時は悔しかったのに、今はそんな気持ちもない。

だいぶ前からそんな気がしていた。吹っ切れたんだろうな。


「人の彼女を寝取っておいて強気だな?」

『えっ、えっと……』

「まあ、いい、アイツとは別れたから好きにしなよ、部屋を飛び出して行ったから探しに行ってやれよ。そのくらいの責任は取れよ間男」

『あ、ああ』


それで通話はおしまい。

部屋の片付けをそこそこに済ませる。


今日も彼女の家に戻る。


「なあ、もし良かったら一緒に暮らさないか?」

「それは、私との事を真剣に考えてくれる。そう思っていいのかな?」

「そうだ、あの時勇気がなくて踏み出せなかった。憧れで終わった君と再会できたのも縁だと思う」

「縁、そう、これも縁だよね……私も勇気を出さなくちゃ、ね……」


俺と彼女はこれからの事について話し合った。

元カノに付き纏われる事を避けるために、今の部屋を引き払い彼女の部屋で同居する事にした。

まずは同居から、関係が深まっていけば同棲へとその関係も変わってゆく。

はたから見れば一緒だろう。と言われそうだが気持ちの問題だ。


部屋を引き払う事をきめた俺は元カノの親に連絡をとり、別れたことを告げた。

理由を尋ねられたから、これまでの事を全部打ち明けた。

浮気をされた事を伝えてからは申し訳なさそうに何度も謝られた。

謝られてもこっちも困る。

俺の部屋にある元カノの荷物をそっちに送りたい旨を伝え、住所を聞いた。

これで元カノと縁を切る一歩を踏み出す。

翌日、俺は有給を取り宅配業者を手配して元カノの荷物を送り出した。残った俺の荷物もすぐに使わないものは業者に依頼してトランクルームに預けた。

多くのゴミも出す事になったが作業自体は順調に進んだ。


夕方になりほぼ片付けが終わり後は掃除を残すだけとなった時、インターホンが鳴った。

扉を開けるとそこには土下座をする知らない男と元カノ。

こいつが浮気男かアイツも昨日の憔悴した状態よりはマシになっていた。


「本当に悪かった、せめてコイツの話を聞いてやってくれ」

「帰れ!」

「ねえ、話を———」

「お前の荷物は実家に送った。スマホもな」


土下座間男が喚いているが俺にはもう関係ない。

そっちで好きにやってくれ。

俺は扉を閉め、鍵をかけた。

扉の向こうでは咽び泣く声と、それに気遣う間男の声が聞こえていたが俺の心が揺さぶられる事はなかった。

その後も部屋の掃除を続けていたら彼女から連絡が入った。


『仕事、終わったけど、夕飯どうする?』

「こっちも、もうすぐ終わるから、どこかに食べに行く?」

『それなら駅の近くに新しくできたお店に行ってみたい』

「じゃあ、30分後でどう?」

『わかったわ、多分、先についてるから待ってるね』

「じゃあ、後で」

『うん』


さて、もうひと頑張りしますか。



間男と浮気女がきてから数日後、俺は部屋を引き払った。

元カノとはあれ以来会ってない。


そして、今、俺の隣には学生時代に憧れているだけで焦がれる気持ちを伝えられなかった女性がいる。

同居こそしているがその先の関係にまだ進めてはいない。

昔と同じ後悔をしないために俺は、今日、彼女に想いを告げる。


「ずっと、俺の隣で一緒にいて欲しい」

「そこは、『好きです。付き合ってください』じゃないのかな!?」

「ダメか?」

「もう、いいよ。ずっと一緒にいよう。好きだよ」

「俺も、好きだ」


見つめ合い、唇を重ねる。

偶然の再会から彼女に救われ、一緒になる。

これも俺と彼女に縁があったという事だろう。


====================================


総PV4万を超えていましたので記念に。

直接的な表現を抑えているので物足りない方にはごめんなさい。


この短編集、登場人物の名前をあえて出さない様にしてるので分かりにくいかもしれません。これも、ごめんなさい。

でも、これは意図してやってます。

NTRれたことのある、そこの人、登場人物に自由に名前をつけて読んでみてください。

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