共闘

「ふむ……」


 ハンナに案内されてやって来たのは、食堂に併設されている来賓用の特別室だった。

 ここなら、確かに外部に気兼ねなく会話ができるな。


 私達はそれぞれ席に着くと、ハンナの合図で食事が次々と運び込まれる。

 通常はこちらの食事のペースに合わせて順に食事が運ばれるものだが、ハンナが会話に集中できるようにと考えてくれたのだろう。全ての料理が食卓に並ぶ。


「では、早速いただきましょう」


 そうして、私達は昼食を始める。


「ところで……オスカーがシャルル殿下と懇意にしているとのことですが……」

「はい。オスカー殿下が初めてカロリング帝国にいらっしゃった時、シャルルが晩餐会に招待したのです。それ以来、オスカー殿下が帝国にいらっしゃるたびに二人で会っているようです」

「ほう……」


 なるほど、接触を図ったのはオスカーではなくシャルル皇子のほうからか。


「気になりますか?」

「気にならないと言えば嘘になります。私も、決して盤石ではありませんので。あなたと・・・・同じで・・・

「うふふ、そうですか」


 私の言葉に、ロクサーヌ皇女がクスリ、と微笑んだ。

 だが、さすがにその心の内はなかなか見せてはくれないようだな。


 ならば。


「わた……「ディー様、お話をするよりも、まずは昼食を楽しみましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」」


 話を切り出そうとした瞬間、リズが笑顔でそう告げた。

 ああ、どうやら私は性急すぎたようだな。


「はは、そうだな。ロクサーヌ殿下、失礼しました。それでは、お口に合うといいのですが」

「ええ、いただきます」


 ロクサーヌ殿下はナイフで切り分け、料理を口に運ぶ。


「うふふ、美味しいです」

「それはよかった。こちらのマリネもなかなかいけますよ」

「そうなんですね!」


 それから、私達は和やかに食事を楽しむ。


「リズ……ありがとう。やはり君は、私にはなくてはならない女性ひとだ」

「あ……ふふ、どういたしまして」


 ああ……リズへの想いがあふれる……って。


「リズ、少々汚れている」

「ふああああ!? ディ、ディー様!?」


 リズの口元にソースがついていたので、指ですくって舐めた。

 うむ、これで綺麗になったが、そこまで驚かなくてもよいだろうに。可愛い声を聴けたからいいが。


「うふふ、婚約者同士というのは、ここまで仲睦まじいものなのでしょうか?」


 そんな私達を見て、ロクサーヌ皇女が愉快そうに笑いながら尋ねた。


「さあ? 他の者がどうかは分かりませんが、私にとってリズが特別・・だということは間違いないでしょう」

「ふあ……は、はい……私にとってディー様は、特別、です……」


 リズが、消え入るような声で私の言葉に続く。

 そんな彼女が愛おしくて、今すぐ抱きしめたくなるが我慢だ。


「ところで、ロクサーヌ殿下は既にご婚約なさってはいらっしゃらないのですか?」


 私は既に知っている事実を、あえて尋ねた。

 彼女には婚約者がいないことも、そして。


「うふふ……残念ながら、私が婚約するにはまだ早い・・・・ですわ」


 そう言って、寂しく微笑むロクサーヌ皇女。


 そう……彼女が婚約をするにはまだ早い・・・・


 シャルル皇子との皇位継承争いに決着をつける、その時までは。


 ◇


「うふふ! 本当に、エストライン王国の食事は美味しいですわ!」

「ロクサーヌ殿下のお口に合い、何よりです」


 昼食を終え、私達は今、お茶を飲みながら談笑している。


「さて……では、少々真面目な話をいたしましょう。食事前に申し上げたとおり、私も弟であるオスカーと王太子になるために争っている最中です。互いに味方を募り、国王陛下の関心を引き、皆の評価を得られるよう腐心しております」

「……まるで、私とシャルルのようですね」


 そう言うと、ロクサーヌ殿下が視線を落とす。


「ロクサーヌ殿下のお話では、オスカーは既にシャルル殿下と手を結んでいるとのこと。ならば、私とロクサーヌ殿下が手を結ぶことも、悪い話ではないのでは?」


 少し強引な気もするが、それでも、悠長な駆け引きをするよりは余程いい。

 私はそれで、大勢のかけがえのない仲間を手に入れたのだから。


「……まさか、ディートリヒ殿下に掛け値なしで手を差し出されるとは思いませんでした」

「はは……私は不器用・・・な男でして。ですが、そんな不器用な私を好きでいてくれる、そんな女性ひとの前では精一杯格好をつけたいのですよ」


 そう言って、私は隣にいるリズを見つめた。

 私の……大切なひとを。


「なるほど……」


 ロクサーヌ皇女は、口元を押さえながら思案する。


 そして。


「分かりました。その申し出、喜んでお受けいたします」

「おお! ありがとうございます!」


 私はロクサーヌ皇女に深々と頭を下げた。

 色々と交渉材料は用意してあるものの、こうも簡単に受け入れてくれるとは予想外だった。


「うふふ……実は私も、最初からディートリヒ殿下に協力をお願いしようと思っていたところでしたので。ですが、あのオスカー殿下と同様、人を値踏みするような視線を送る御方であれば断ろうとも思っておりましたが」


 そう言うと、ロクサーヌ皇女は苦笑する。

 まあ、さすがに貴族や民衆とは違い、偽りの仮面は一国の皇女の目には通用しなかったか。


 そしてシャルル皇子には、そんな仮面の裏側を付け込まれたのだろうな。


「では、これからどうぞよろしくお願いいたします」

「ええ、こちらこそ」


 私とロクサーヌ皇女は、笑顔で握手をした。

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