交渉条件

「それで……組むことによって、お互い具体的にどのようなメリットがあるか、ですが……」


 ロクサーヌ皇女が、口元に手を当てながら思案する。

 前の人生でもそうだったが、この仕草は彼女の癖だ。


 だが……いくら彼女と手を結んだとはいえ、これは交渉の場。互いにとって、より有利な条件を引き出すことが重要だ。


「……私としては、この国での三年間の平穏・・と、帝国に凱旋する時は是非ディートリヒ殿下にエスコートしていただけると嬉しいのですが」


 なるほど、とりあえずの彼女の要求は二つか。


 一つ目は、この国にいる間の身の安全の保障。

 シャルル皇子からの魔の手から逃れるよう、彼女の護衛と国境警備の増強が主な内容ということでよさそうだ。


 二つ目は、カロリング帝国での地位向上に一役買うこと。

 私が共にカロリング帝国に赴くということは、帝国に対して何かしらの手土産を用意しろということか。


「分かりました。その二つ、このディートリヒ=トゥ=エストラインの名にかけて、お約束いたしましょう」


 そう言うと、私は恭しく一礼をした。

 とはいえ、一つ目に関しては既に準備は整えているがな。


 カロリング帝国との国境……メッツェルダー辺境伯の治めるラインズブルックの街には、義父であるフリーデンライヒ侯爵直属の諜報員が、多数配置されている。


 加えて、きたるべきこの日に備え、メッツェルダー辺境伯自身もラインズブルックの街自体をある意味要塞化・・・した。


 こうなれば、シャルル皇子が放った刺客はたった一人として帝国に戻ることはないだろう。


「うふふ。では、今度はディートリヒ殿下の番です。この私に、何を求めますか?」

「そうですね……」


 今度はお返しとばかりに、私は顎を撫でながら思案する仕草をする。

 だが、私が彼女に望むものは一つだけだ。


 それは。


「ロクサーヌ殿下が皇位継承なされたあかつきには、この私が王太子となった際に祝福・・していただければ」

「……その程度・・・・でよろしいんですの?」

「ええ、それ以上は望みません」


 そう……私は、ただ彼女に……カロリング帝国に王太子が私であることを認めてくれるだけでいい。

 そうすれば、私の王太子としての正当性が保証され、前の人生であったような、オスカーの扇動による反乱を起こすことが難しくなる。


 何故なら、そんな真似をすればオスカーは、カロリング帝国の認めた王太子に牙をむく、反逆者・・・そしりを受けることになるのだから。


 そして……私は反逆者・・・のオスカーを、断頭台の前に立たせるのだ。


「本当に……ディートリヒ殿下の評価が、私の中で日に日に変わっていきますわ……」

「ならよかった。やはり、嫌われるよりはそのほうがいいですから」

「うふふ、面白いことをおっしゃいますね」


 私とロクサーヌ皇女が微笑み合っていると。


「……殿下、そろそろ午後の授業が始まります」

「む、そうか。いやはや……楽しい時間というのはあっという間ですね」

「ええ……本当に、楽しい昼食でした。できれば、これからもご一緒にお願いしたいですわ」

「はは、是非とも」


 私達は席を立ち、部屋を出る。

 だが、ロクサーヌ皇女との交渉は上手くいってよかった。


 すると。


「ディー様……」


 私の手を取り、リズがニコリ、と微笑んだ。

 そうだ……ロクサーヌ皇女をこちら側に引き入れたのも、全ては君との未来のため。


「リズ……さあ、行こう」

「はい!」


 私はリズの手を取り、皆で教室へと向かった。


 ◇


「では、今日の授業はここまでです」


 スーザン先生が授業終了の合図をし、生徒達は帰り支度をして教室を出る。

 といっても、帰る先は皆同じ学園寮ではあるが。


「ディー様、帰りましょう」


 リズも帰り支度を済ませ、私の席へとやって来た。

 しかし、いくら名前のイニシャル順とはいえ、リズと席が遠く離れてしまっているのはどうにも受け入れ難い。

 これで隣の席同士であったなら、毎日の学園生活は楽しくて仕方なかったはずなのだが。


「うふふ、ディートリヒ殿下、マルグリット様、失礼しますわ」

「ロクサーヌ殿下、お疲れ様でした」


 ロクサーヌ殿下は侍女のコレット令嬢と共に、会釈をして教室を出て行った。


「ふう……それにしても、今日はリズもハンナもありがとう。本当に、二人に救われた一日だった」


 そう言って、私は二人に頭を下げる。


 昼食でのロクサーヌ皇女との交渉では、リズが彼女の様子をうかがいながら適切に私に助言をしたり場を和ませたりしてくれた。

 それに、昼食の場で闊達かったつに会話ができたのは、ハンナがあの部屋を準備しつつ、誰も立ち入らぬよう取り計らってくれたこそだからな。


「ふふ……私はあなた様の婚約者なのですから、当然です……」

「……本当に、私にまで頭を下げる殿下は、不思議な御方です」


 二人は謙遜してみせるが、その口元が緩んでいるところを見ると喜んではいるようだ。


「さあ、私達も帰ろう」

「「はい!」」


 席を立ち、教室を出ようとすると。


「兄上、ちょっといいですか?」


 まるで見計らっていたかのように、オスカーがオットーを連れて声をかけてきた。

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