第一皇女、ロクサーヌ=デュ=カロリング

「では、どうぞ」

「うふふ、ようやく手をお貸しくださいましたね」


 馬車に乗る段になり、私はようやくロクサーヌ皇女に手を添えた。

 さすがに馬車で手を貸さないで、彼女が誤って怪我でもしてはいかないからな。


「さあ、リズ」

「はい……」


 ロクサーヌ皇女の次にリズの手を取ると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 やはり、ロクサーヌ皇女の手を取らずにエスコートしたことで、留飲を下げてくれたようだ。


「さあ、ハンナも」

「……ありがとうございます」


 もちろん、いくらハンナが凄腕の諜報員だからといって、大切に扱うことに差はない。

 彼女もまた、私にとって大切な侍女なのだから。


 最後に私が乗り込み、馬車は王立学園に向けて出発した。


「うふふ……」

「? どうなさいました?」


 突然クスクスと笑い出したロクサーヌ皇女を見て、私は思わず尋ねる。

 どこかおかしな振る舞いをしてしまったのだろうか……。


「申し訳ありません。実は、今回の留学に向けてコレンゲル侯爵、それとオスカー殿下よりディートリヒ殿下についてのお話を伺っていたのですが……」

「なるほど……ひょっとして、幻滅されましたか?」

「いいえ、その反対です。あのお二人からは、ディートリヒ殿下は礼儀を弁えず、“冷害王子”と呼ばれるほど冷たい御方だとのことでしたが、礼儀どころかそのお心遣いに驚いた次第です」

「そうでしたか……」


 まあ、あの二人がロクサーヌ皇女に私について、悪い印象を与えようとしてもおかしくはない、か。

 だが、外交の場でそのような自国の恥をさらすなど、何を考えているのだろうか……。


「特に驚いたのは、私の手を取らずにエスコートをしたディートリヒ殿下の態度です」

「…………………………」


 どうやら、ロクサーヌ皇女を怒らせてしまったようだ。

 だが、私は後悔していない。


 私が手を取り合うのは、リズただ一人なのだから。


「婚約者であるマルグリット様に配慮し、私の手を取らなかったディートリヒ様のそのお姿……私も、もし殿方と一生を添い遂げるとすれば、そのような誠実で一途な御方がよろしいですわ」


 そう言うと、ロクサーヌ皇女はニコリ、と微笑んだ。


「マルグリット様……ディートリヒ殿下がこのように素晴らしい御方なのは、あなたが同じく素晴らしいからなのでしょうね。あなたのディートリヒ殿下を見つめる姿から、それがよく分かります」

「あ……そんな、もったいないお言葉を……」


 ふむ……ロクサーヌ皇女、よく分かっておられる。

 リズは紛れもなく、私などにはもったいないほど素晴らしい女性ひとだからな。


「うふふ、エストライン王国での三年間が少々不安でしたが、お二人に出逢えて楽しみになりました。お二人共、どうかよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、ロクサーヌ殿下のような聡明な御方と共に学べること、心より嬉しく思います」

「ロクサーヌ殿下、どうぞよろしくお願いいたします」


 私達は、お互い微笑み合った。


 ◇


「こちらが、ロクサーヌ殿下がお住まいになられる学園寮です」


 学園の門で待ち構えていた学園長に案内され、私達はロクサーヌ皇女が住む寮へとやって来た。


 だが……なるほど、カロリング帝国から第一皇女が留学とあって、もはや寮の面影は一切ないな。

 別に特別扱いをしてほしいなどとは微塵も思わないが、同じ王族である私の寮と比較しても圧倒的に差がある……。


 ……オスカーの奴は、どうなんだろうか。


「ディートリヒ殿下、マルグリット様、紹介しますわ。こちらが私の侍女を務めます、“コレット”ですわ」

「“シルベストル”子爵家の次女、コレットと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」


 そう言うと、コレット令嬢は深々と頭を下げた。

 どうやら、先に王立学園に来てロクサーヌ皇女の入居の準備を進めていたようだ。


「うむ。私はエストライン王国の第一王子、ディートリヒと申します。こちらは、婚約者のマルグリット、そしてその隣が私の侍女を務めてくれているハンナです」

「フリーデンライヒ侯爵家の長女、マルグリットです。どうぞよろしくお願いします」

「シャハト男爵家の次女、ハンナと申します」


 リズとハンナの二人も、同じく深々と頭を下げた。


「うふふ、コレットは幼い頃からの親友同士なんですの。今回の留学に当たって、無理にお願いしてついてきてもらったのです」

「いえ……私にとって、ロクサーヌ殿下はかけがえのない御方ですから……」


 そう言って、二人は微笑み合う。

 はは……私とハンナのように、互いを大切に想っているのだな……。


「では、ロクサーヌ殿下が授業をお受けになるのは明日からですので、今日はごゆっくりしてください」

「はい、明日からどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 そうして、私達はロクサーヌ皇女と別れ、再び教室へと戻ると。


「兄上、国王陛下の呼び出しは一体何だったのですか?」


 早速、オスカーの奴が絡んできた。


「……貴様も知っているだろう。ロクサーヌ殿下が明日からこの学園に留学するので、卒業されるまでの間のホストを仰せつかったのだ」

「っ!? な、なんで兄上がそれを任されるのですか!」

「知らん。理由を知りたいのなら、国王陛下に尋ねるのだな」

「くっ……!」


 悔しそうに歯噛みするオスカーを尻目に、私とリズ、ハンナは自分の席に着いた。

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