大国からの留学生

 王立学園に入学して一週間が経ち、国王陛下から特に任務を与えられていないこともあり、私とリズは充実した学園生活を送っている。


 ただ。


「「「「「…………………………」」」」」


 ……日を追うごとにリズへと向けてくるこの視線、どうにかならんのか。

 しかも、最近は上級生までもがリズ見たさに教室へ顔を出す始末。これでは彼女が落ち着いて過ごせん。


「……本当に、不快ですね」

「リズもそう思うか」

「はい。あのディー様を見つめる視線……入学の日に私が言ったことを、理解していないのでしょうか」


 そう言って、リズが眉根を寄せるが……ん? 私を見つめる視線だと?


「いや待つんだ。不快な視線は私へのものではなく、リズへのものだろう?」

「いいえ、ディー様は気づかないのですか? この、女性達がディー様を見つめる眼差しが」


 リズが教室を見回し、そう話すが……いや、むしろリズに向けられているような気が……。


「……私も含め、この三人に視線が注がれていることは間違いありません」

「そうなのか?」

「はい」


 ふむ……ハンナがそう言うならば、間違いないのだろうが……いくら気に入らんからといって、いちいち私なぞ見たところで仕方ないと思うのだがな……。


「ハンナ……危惧していたことが、やはり現実になりましたね」

「はい……特に、殿下に自覚がないのが一番厄介です」


 ……二人が何か言っているようだが、気にしないようにしよう。


 すると。


「ディートリヒ殿下、それとマルグリットさん。ただちに王宮に来るようにとの連絡がありました」

「私達に、ですか……」


 教室にやって来たスーザン先生にそう告げられ、私とリズは顔を見合わせる。

 む……ひょっとして、例の件・・・か。


「分かりました。では、今すぐ王宮へと向かいます。リズ、ハンナ、行こう」

「「はい」」

「あれ? 先生、僕への呼び出しはないのですか?」

「はい。今回はお二人に、とのことです」

「そう……」


 オスカーが見るからに落ち込んでいる。

 おそらく、あいつも私達を呼び出した目的を知っているのだろう。


 そして、自分が呼ばれなくて落ち込むということは、コレンゲル侯爵あたりを使って根回しをしたものの、失敗に終わったからだろうな。


 そんなオスカーの横を通り過ぎ、私達は馬車に乗って王宮へと向かう。


「ディー様、今回の召集はなんでしょうか……」

「ああ、おそらくはカロリング帝国からやって来た留学生・・・のことだろう」

「あ……」


 私の言葉で、リズもどうやら思い出したみたいだ。

 そう……メッツェルダー辺境伯を仲間に引き入れる際の交渉材料にした、カロリング帝国第一皇女、“ロクサーヌ=デュ=カロリング”が留学しに来た。


 前の人生の時も、私達が入学してから一週間後に呼び出しを受け、国王陛下直々にホストを任されたことを覚えている。


「このロクサーヌ皇女の留学に備え、義父上とメッツェルダー辺境伯と共に治安準備を進め、万全の体制を敷いている。たとえ第一皇子であるシャルル皇子が仕掛けてこようとも、彼女の安全は既に保障されているからな」

「はい。本当に、ディー様の慧眼けいがんには恐れ入りました」


 リズは少し頬を赤く染めながら、私の手をつかんで琥珀色の瞳で見つめる。

 そんな彼女を見て、胸がときめいてしまうのは仕方がないのだが……も、もうすぐ王宮に着いてしまうから、我慢だ……。


「殿下、マルグリット様、到着したようです」

「う、うむ」


 王宮の玄関に馬車を横付けすると、先に降りた私はリズとハンナの手を取り、馬車から降ろす。


「……ディートリヒ殿下、国王陛下がお待ちです」

「うむ」


 苦虫を噛み潰したような表情で待っていた騎士団長のラインマイヤー伯爵が、私達を応接室へと案内する。


 なお、ラインマイヤー伯爵の息子、ブルーノについては結局廃嫡となり、平民に落とされた上で国外追放となった。

 まあ、あれだけの無礼を働いたのだからブルーノの処分は当然ではあるが、その結果、ラインマイヤー伯爵家はお咎めなしとなったのだから、そう悪い結果ではないだろう。


 とはいえ、私は騎士団長から目の敵にされているがな。


「どうぞ」


 扉が開き、応接室へと入ると、中には国王陛下と外務大臣のコレンゲル侯爵、そして、一人の女性がいた。


 プラチナブロンドの髪にエメラルドの瞳、整った鼻筋にぷっくりとした唇。

 間違いない……この女性こそ、カロリング帝国のロクサーヌ第一皇女だ。


「よくぞ来た。実は、ディートリヒに頼みがある。その前に……」


 国王陛下が目配せをすると、ロクサーヌ皇女が一歩前に出た。


「ディートリヒ殿下、お初にお目にかかります。カロリング帝国の第一皇女、ロクサーヌ=デュ=カロリングと申します」

「丁寧なご挨拶、痛み入ります。私はエストライン王国第一王子、ディートリヒ=トゥ=エストラインと申します。以後、お見知りおきを」


 優雅にお辞儀をするロクサーヌ皇女の手を取り、私は唇を落とす。

 ……リズには、あとでこの何倍も手に口づけを落とすことにしよう。だからお願いだからそんなに睨まないでくれ。


「こちらのロクサーヌ皇女は、この度王立学園に留学することとなった。ついては、ディートリヒとマルグリットに、彼女のホストを頼みたい」

「なるほど……かしこまりました。このディートリヒとマルグリット、ロクサーヌ殿下のホストを務めさせていただきます」

「うふふ……どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 私とリズ、そしてロクサーヌ皇女は、互いにお辞儀をする。


「では、早速彼女を学園寮へと案内してやってくれ。学園長には、既にロクサーヌ皇女のための部屋も用意させておるでな」

「かしこまりました。では、ロクサーヌ殿下、まいりましょう」

「はい」


 私は、あえてロクサーヌ皇女の手を取らぬまま、彼女をエスコートした。


 そんな私に対し、コレンゲル侯爵とラインマイヤー伯爵が『無礼な!』と息巻いているが、そんなものは無視だ。

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