正しさへの導き手

「ハハハ、今日はここまでとしましょう」


 地面に突っ伏している私に向かって、グスタフが嬉しそうに笑いながら訓練終了を告げた。


「……今日はいつもより厳しかったのではないか?」

「当然でしょう。手加減などしていたら、それこそこちらが負けてしまいますからな」


 そう言って差し伸べるグスタフの手を取り、私は立ち上がった。


「ですが……これで身体がもう少し出来上がったら、その時は私も負けるでしょうな」

「そんなことはあるまい。なにせ、グスタフは王国最強の騎士だからな」


 かぶりを振るグスタフに私はそう告げると、彼はキョトンとした表情を浮かべ。


「ハハハハハ! まさか、殿下にそのように評価していただけるとは思ってもみませんでしたぞ!」

「……何を言う。私はずっとそう思っていたぞ」


 グスタフが破顔し、私の背中を思いきり叩く。

 ……私が鞭で打たれて怪我をしていることを、すっかり忘れているな。


「殿下、そろそろ……」

「そうだな。ではグスタフ、また稽古を頼むぞ」

「お任せくだされ!」


 胸をドン、と叩くグスタフに見送られ、私はハンナと共に訓練場を離れた。


「殿下、この後は地理の授業ですが、その前にお風呂で汗を流しますか?」

「そうだな……マルグリットはまだ歴史の授業を?」

「はい。この時間ですと、授業の真っ最中かと」

「ふむ……」


 午前中は第一王妃のせいでせっかくの初日が台無しになってしまったからな……マルグリットが心安らかに授業を受けられているか心配だな……。


「少しだけ、マルグリットの授業の様子を見てから、その後で地理の授業に臨もう」

「かしこまりました」


 私はハンナと共に、マルグリットが授業を受けている部屋へと向かう。


「さて……どんな様子なのか……」

「……殿下、そのように扉の隙間からのぞいたりしなくても、堂々と中に入ってみればよろしいではないですか」

「何を言うか、マルグリットの授業の邪魔をするわけにはいかんだろう」

「…………………………」


 全く……マルグリットは初日で緊張しているのだから、そっと見守ってやらねば……って、ハンナよ、その目はなんだ?


 すると。


「……エストライン王国は民衆の後押しがあって成立した国。であれば、過去に繁栄した国をならい、民の声をよく聞き、民の生活をよくする政策を推し進めることこそが、国家繁栄に繋がると考えますが?」

「……マルグリット様、それはあなたが考えるようなことではありません」


 マルグリットの凛とした表情で質問しているのに対し、教師は顔をしかめながらまともに取りあおうとしない。

 私も来たばかりで詳しくは状況が分からないが、あの教師はどうやらマルグリットの質問自体が気に入らないようだな。


 ……よし。


「マルグリット、歴史の授業はどうだ?」

「ディートリヒ様!」


 私は授業の邪魔になることもいとわずに、部屋の中に入ってマルグリットに声をかけた。

 マルグリットは一瞬驚いた表情を見せるも、すぐに元の凛とした顔に戻った。


「はい、王国の建国時の出来事について学んでいたところです」

「そうか……」

「あ、ディ、ディートリヒ殿下、左様でございます。ちょうど偉大なる初代国王、太陽王“ルドルフ=トゥ=エストライン”について……」


 ジロリ、と教師を見やると、慌てて授業内容について説明しだした。


「ふむ……それで、少し聞こえたのだがマルグリットは何を教師に尋ねておったのだ?」

「はい。太陽王による建国時、王国はそれまでの大戦で疲弊しておりました。ですが、太陽王はさらに戦を重ね、周辺国から搾取することで本国を豊かにする道を選びました。ですが、建国の背景を考えるならば、むしろ優れた大国の統治方法にならうべきではとお聞きしたのです」


 なるほど……ただ初代国王の光の部分だけを見るのではなく、正しく歴史を理解し、未来に繋げるべきというのがマルグリットの考えなのだな。


「それで、それに対してお主は何と答えたのだ?」

「は、はい。そもそも、マルグリット様はディートリヒ殿下の妃となられる御方。にもかかわらず政治に関心を持つなど、あってはならないことです。なので、そのことについて説いている最中でした」


 教師は自慢げにそう告げる。

 ……そういうことなら、何が正しくて何が間違っているか、一目瞭然ではないか。


「お主、王妃の役目を何と心得る」

「……はい?」

「聞こえなかったか? 王妃の役目を、何と心得るかと問うているのだ」


 私は低い声で、思わず聞き返した教師に繰り返し尋ねる。


「そ、それはもちろん、王のそばにて王を支え、立派な世継ぎを生むことです」

「そうか。ならば、王妃は王をどうやって支えるのだ?」

「た、例えば疲れている王を労い、慈しむことこそが王妃たる務めかと……」


 ……この者は、本気でそのように考えているのか?

 あまりにも偏った考えによる答えを聞き、私は思わず顔をしかめた。


「馬鹿を申すな! 王妃というものは、そのような娼婦の真似事をするような者を言うのではない!」

「ヒッ!?」


 つい声を荒げてしまうと、教師がおののく。


「よいか! 王妃とは、まさに王と共に国を支え、国民を幸福へと導く者だ! 最も王のそばにいて、王が間違っているのならばそれを諫め、正しく導くことこそが本来の役目! そんな尊敬に値する者こそが、私の求める理想の妃だ!」

「は、はい……」


 私の言葉に、教師は冷や汗をかきながらただうつむいてうなずくのみ。

 これでは、マルグリットは何を学ぶというのだ……。


「もういい! ここからは私がマルグリットに教える! 貴様は下がれ!」

「か、かしこまりました!」


 教師は直立不動でそう言うと、逃げるように部屋を飛び出して行ってしまった。


「全く……あれで教師を名乗るとは、嘆かわしい……」

「ディ、ディートリヒ様……その、申し訳ありません。私が余計な揉め事をしてしまったせいで、あなた様にご迷惑を……」


 マルグリットは、心から申し訳なさそうに頭を下げる。


 だが。


「マルグリット……どうして君が謝る必要があるのだ。君は、私の妃となるために必要な質問をあの教師にしただけだ。むしろ、私はここまで国を……民を想うその姿に、尊敬の念を抱かずにはいられない」

「あ……」


 そう……マルグリットは、正しく王妃であろうと考えているからこそ、そう尋ねたのだ。

 それを凝り固まった偏見で排除しようとするほうが、間違っているのだ。


「私は、そんな君を婚約者とすることができて、本当に誇らしい。そして、私が王となったその時は、どうか私を正しく導いてくれ」

「ディートリヒ様……はい……私は、あなたの隣に立つためにも、正しくあり続けるよう努力いたします……」

「ああ……」


 私とマルグリットは、どちらからともなく手を取り合い、見つめ合い、誓い合った。


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