ディートリヒの剣

「……ディートリヒ殿下、本当に午後の剣術の訓練をなされるおつもりですか?」


 昼食を終え、部屋で訓練用の服に着替える中、ハンナが抑揚のない声で尋ねる。

 だが、その瞳には心配の色がうかがえる。


「なに、心配しなくてもよい。このようなことには慣れている・・・・・


 私は少しでもハンナが気にしないよう、不器用ながら口の端を持ち上げてみせる。

 実際、こうやって第一王妃の癇癪かんしゃくに付き合った後に剣術の訓練をしたことも、何度もあるしな。


「さて……そういうことだから、訓練に向かうとしよう」

「……はい」


 まだ何か言いたそうではあるが、ハンナは口をつぐんで私に付き従った。


「おお、ディートリヒ殿下。お待ちしておりましたぞ」


 待っていたのは、王国騎士団の副団長を務める、“グスタフ=シュミットバウアー”。

 平民からその実力と活躍を認められ、先代の国王陛下より騎士爵を賜った歴戦の勇士だ。


 なお、このエストライン王国においては、騎士団長が世襲制であるのに対し、副団長は貴族、平民にかかわらず最も実力のある者が務めることになっている。


 つまり、このグスタフこそが、王国最強の騎士というわけだ。


「ああ、よろしく頼む。それにしてもいつも思うのだが、グスタフは忙しい身なのだから無理をして私の訓練を見る必要はないのだぞ?」


 私がそのようなことを告げると。


「ハハハ! 面白いことを申されますな! この国を担う殿下の師となることは、騎士としてこの上ない名誉なのですぞ! 殿下はこの私からそれを奪うおつもりですかな?」

「む……それは失礼した」


 一瞬面食らった顔をした後、グスタフは豪快に笑った。

 まあ、そういうことならば私が言うことはない。私はすぐに謝罪した。


「……本当に、殿下はどうなされたのですか?」

「……私とて、悪いと思えば素直に謝る」


 訝しげな表情を浮かべながら尋ねるグスタフに、私は少し視線を逸らしてそう告げる。

 まあ……今までの不器用な私は、こうやって謝ることもなかったが、な。


「少々気持ち悪い気がしますが、訓練を始めましょう。もちろん、手加減・・・はいたしませんぞ?」

「ああ、それで構わない」


 グスタフの言葉に、私は頷く。

 私がいつものように第一王妃のしつけを受けたことを承知の上で、こうやって余計な気を遣わないでいてくれるから助かる。


 私とグスタフの訓練は、ひたすら一対一での実戦形式での訓練のみ。

 グスタフ曰く、素振りや型を学ぶより、実戦の中で学んだほうが早く強くなれるとのことだ。


 そのおかげで、前の人生では王国最強であるグスタフと互角にまで強くなれたからな。


「では、かかってきなされ」

「うむ!」


 私は木剣を上段に構え、一気に詰め寄って振り下ろす。


「甘い!」


 その剣を、グスタフはかち上げるようにして払った。

 だが、その剣筋は私も承知している!


 弾かれた勢いで私は身体を回転させ、さらにグスタフの顎目がけて下段から剣を持ち上げた。


「むう!?」


 グスタフは驚きの表情を見せて唸る。

 だが……やはり、十三歳の身体ではここまでが限界のようだ。


「ぬうん!」


 私の渾身の一撃はグスタフに柄頭で力任せに打ち落とされてしまった。


「……殿下、驚きましたぞ」

「だが……この勝負は私の負けだな」


 互いに木剣を降ろし、私はかぶりを振った。


「何をおっしゃいますか! 私でなければ、先の一撃で確実に殿下が勝っておりましたぞ! いやはや……いつの間にこれほどまで強くなられたのか……!」


 グスタフは嬉しそうに瞳を輝かせ、私の両肩を強くつかみながら賞賛した。

 だが、今の私の強さは、それこそ前の人生でグスタフが私を鍛えてくれたおかげだ。


 オスカーによる反乱の中、この私のためにその身を捧げ、命を落としてくれた忠臣の……。


「グスタフ……私はもっと強くなってみせる。そして、この王国を……大切な者を守れる強さを手に入れてみせる。だから、この私について来てくれるか?」

「ハハハ! 何をおっしゃいますか! このグスタフ、最初から殿下に忠誠を誓っておりますぞ!」

「……そうであったな」


 破顔するグスタフを見て、私はゆっくりと頷く。


 すると。


「殿下……よい笑顔ですな」

「む……私はまた・・笑っていたか?」

「左様です!」


 どうやら、そういうことらしい。


「さあ! 誰よりも強くなるためには、まだまだですぞ! 訓練を続けましょう!」

「うむ!」


 それから、私とグスタフは訓練の間、ひたすら剣を打ち合い、存分に語り合った。


 グスタフよ。


 私が王となったあかつきには、お主こそがエストライン王国の騎士団長であり、私の剣だ。


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