皮肉の応酬

「ハンナ、おかしなところはないだろうか?」

「何一つございません。完璧です」


 私の言葉に、ハンナは表情を変えずにただ親指を突き立ててみせた。

 マルグリットが王宮に来てから一週間経つが、ハンナがますます私に対して気安くなっている気がする……まあ、悪い気はしないが。


「うむ……マルグリットが素敵であるのに、その婚約者である私が恥をかかせるわけにはいかないからな」

「……この国の第一王子たる殿下なのですから、本来は逆に考えるものですが、殿下らしいので問題ありません」


 ……まあ、褒め言葉として受け取っておくとしよう。


「それで、今日のパーティーだが……」

「全て手筈は整えております。お館様・・・からは、中立派のうち信用のおける者を、機会を見てサロンに連れ出すとのことです」

「分かった」


 そう……今日は私とマルグリットの婚約発表とそれを祝うパーティーだ。

 当然、この国の貴族は全員参加することとなっている。


 そして、このパーティーの場こそが、支援者を持たない私の派閥を作るための足掛かりとなる予定だ。


「それで、リンダからは何と?」

「はい。今日のパーティーで、オスカー殿下はコレンゲル侯爵から紹介される貴族と会う予定となっているとのことです。こちらが、そのリストです」


 ハンナからリストを受け取り、目を通す。


「……第一王妃派の面々が多く目につくな」

「どうやら、コレンゲル侯爵は第一王妃派の切り崩しにかかっているようです。あの女・・・の実家であるヴァレンシュタイン公爵家に対抗するためには、数で押し切るしかないと考えているようです」


 私が第一王妃から鞭を打たれたあの日以来、ハンナは私と二人の時は第一王妃のことをあの女・・・呼ばわりするようになった。

 不敬どころの話ではないが、私のために憤慨していることは分かる上に、これはこれで愉快でもあるので、特に注意もせずにそのまま聞き流している。


「それで……殿下、向こう・・・はどうされますか?」

「決まっている。所詮は第一王妃派から第二王子派に簡単に鞍替えするような連中、加えて、コレンゲル侯爵と騎士団長のラインマイヤー伯爵を除けばそれほど有力な貴族もいない。こちらがをつければ、それだけでバランスは変わる」


 そう言ってリストをハンナに返すが、この分析はあくまでも現時点でのもの。

 前の人生では国王陛下が崩御した時点で、有力貴族を含めかなりの者がオスカーを支持していたのは事実だ。


 だから。


「私は、フリーデンライヒ閣下が用意してくださった中立派の貴族のほかに、どうしても我が陣営に加えたい者がいる」

「……はい」


 私の言葉に、ハンナが頷く。

 そう……このような全貴族が集まるような場でなければ滅多に姿を見せない、国政の舞台には立つことのない有力貴族。


 このラジア大陸において覇を唱える、“カロリング帝国”との国境に位置し、王国の流通並びに国内全兵士の三分の一を握っている辺境を守護する傑物。


 ――“ヒルデガルド=メッツェルダー”辺境伯、その人だ。


「……とはいえ、さすがに一筋縄ではいかんだろうがな」


 実際、前の人生での王位継承争いにおいて、メッツェルダー辺境伯は一切関わってくることもなく、ただ静観しているだけであったからな。

 まあ、所詮は王都での出来事など、あの者にとっては些事さじに過ぎないのだろう。


「……殿下、そろそろマルグリット様の支度が終わる頃かと」

「む、そうか。ならば行くとしよう」

「はい」


 私はハンナを連れ、マルグリットの部屋へと向かおうとすると。


「兄上、これからマルグリットのところへ向かうのですか?」

「「……王国の星、ディートリヒ第一王子殿下にご挨拶申し上げます」」


 オスカーがコレンゲル侯爵とラインマイヤー伯爵を引きつれ、私の前に現れた。


「これは、コレンゲル閣下にラインマイヤー閣下。本日は王宮にどのようなご用件で? まだパーティーには早いはずだが……」

「いえ……私は別用で来たところを、たまたま・・・・オスカー殿下にお会いしまして……」

「私も同じく」


 これはまた、随分と都合の良いたまたま・・・・の機会があったものだ。

 表向きは第一王妃派であるはずの二人が、こうしてオスカーと一緒にいるのだからな。


「ほう……それにしても、ラインマイヤー閣下におかれては、国王陛下の警護はよろしいので?」

「……本日は私もパーティーを楽しむようにと、陛下からお心遣いをいただいた次第です」「ふむ、それはありがたい。是非とも、ラインマイヤー閣下にも私とマルグリットのために祝ってくれると嬉しいですな」

「ハッ……」


 ラインマイヤー伯爵は、気まずそうにしながら返事をした。

 こちらとて、祝ってほしいとは思ってもいないがな。


「では、これで失礼する」

「ちょ、ちょっと兄上、待ってください!」


 軽く会釈をして立ち去ろうとすると、あえて無視をして空気のように扱ったオスカーが大声で呼び止めた。


「……何だ。私はこの後のパーティーのために忙しいのだが」

「いえ、兄上に一つお願いしたいことがございまして」

「? 願い事だと?」


 ジロリ、と睨みながら話を切り上げようとするが、オスカーが妙なことを言い出し、私は僅かに眉根を寄せた。


「はい。今日のパーティーで、親交を深めるためにマルグリットとダンスを踊ることを許可いただきたいのですが」

「……っ!」


 オスカーのその言葉を聞いた瞬間、後ろに控えるハンナが底冷えするような殺気を放ったので、これを手で制止する。


 はは、私が断ることを承知の上でそんなことを頼むとは……それで、この私を揺さぶっているつもりか?

 それとも、コレンゲル侯爵とラインマイヤー伯爵に、自分のほうが私よりも立場が上なのだと誇示してみせているつもりか?


 いずれにせよ、滑稽極まりないな。


「もちろん、その願いは却下だ。そんなに女が欲しい・・・・・のなら・・・、貴様も国王陛下に頼んで婚約者を見つけてもらうがよかろう」

「っ! ……ああ、それもいいですね。いずれ世継ぎ・・・は必要になりますから」

「そうだな。貴様によい土地が与えられることを祈っている」

「…………………………」


 私の皮肉にオスカーは皮肉で返すが、さらに皮肉を被せてやった。

 するとどうだ? オスカーの奴も、その後ろにいる二人も、射殺すような視線を向けてくるではないか。


「ハンナ、では私の・・婚約者の元へ急ぐとしよう」

「はい」


 私はこれ見よがしに口の端を持ち上げながら、オスカー達を置き去りにして今度こそマルグリットの部屋へと向かった。

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