気づく二人
「ハア……ハア……ッ!」
ひとしきり鞭で叩き終えた第一王妃は、息を荒げる。
「……もうよろしいでしょうか?」
「……行きなさい」
これ以上は無駄だと判断したのだろう。第一王妃は鞭を放り投げ、手で追い払う仕草を見せた。
「失礼します」
私は恭しく一礼し、部屋を出た。
外にはマルグリットも、ハンナとノーラの姿も見当たらない。
……指示どおり、上手くやってくれたようだ。
私が鞭で打たれる場面を見てしまったら、優しい彼女のことだ。
絶対に責任を感じてしまうだろう。
それだけじゃない。
下手をすれば、第一王妃に抗議をして、酷い目に遭わされる危険もある。
「……私が力をつけた、その時は……」
たとえ実の母親であったとしても、マルグリットを傷つける危険のある者を、近づけさせるわけにはいかない。
ならば、完全に
私は痛む身体を押さえながら、マルグリット達がいるであろう彼女の部屋へと向かった。
◇
「ディートリヒ様!」
マルグリットの部屋に入るなり、彼女は心配そうな表情で駆け寄ってきた。
「マルグリット、テレサ王妃殿下につらい目に遭わされていたりはしていないか?」
「私のことは構いません! それよりも、ディートリヒ様が!」
「……私は大事ない。心配無用だ」
私は何ともないと言わんばかりに、素っ気ない態度で返した。
だがこういう時は、己の変化の乏しい表情が役に立つな。
「それよりも、これからはテレサ王妃殿下の指導は受けなくてもいい。私から国王陛下には進言しておく」
「で、ですが…………………………はい」
何か言おうとしたマルグリットだったが、唇をキュ、と噛み、押し黙った。
「……ノーラ。マルグリットの今日の予定は、他に何があったか?」
「は、はい……午前中はテレサ王妃殿下の指導のみでしたので、昼食までは何も予定はありません。午後も、歴史の授業のみとなっております」
「そうか……マルグリット、さすがに突然のことで驚いただろう。昼食まで、ゆっくり休むといい」
「は、はい……」
マルグリットは、申し訳なさからなのか、返事をするとうつむいてしまった。
「マルグリット……昼食の時には、君の元気な姿が見たい。だから、お願いできるか?」
「あ……」
私は彼女の手を取り、そっと口づけを落とす。
「はい……ご心配をおかけしました」
「うむ」
気丈にも、マルグリットは私のために顔を上げて凛とした姿を見せてくれた。
「ではな」
「はい……」
マルグリットに向けて軽く頭を下げると、私は部屋をでて自室へと戻る……のだが。
「……ハンナ」
「ディートリヒ殿下、ご無理をなされてはいけません。部屋に戻り次第、手当てをいたしましょう」
「……なんだ、ハンナにはバレていたのか」
私は自嘲気味に口の端を持ち上げる。
まあ、ハンナは元々、フリーデンライヒ侯爵家の暗部だからな。そういったことには敏いか……。
「ハンナ、マルグリットには秘密だぞ?」
「かしこまりました……では、これは殿下と私だけの秘密ということで」
「ああ……」
私はハンナの肩を借りて部屋に戻り、傷の手当を受けた。
◇
「ディートリヒ殿下、美味しいです」
「そうか。たくさん食べるといい」
昼になり、私はマルグリットと共に昼食を摂っている。
彼女はその言葉どおり、美味しそうに目の前の料理を食べていた。
「ふふ……ですが、たくさん食べてしまっては、その……太ってしまいますので……」
「そうか? 私からすれば、むしろ痩せすぎではないかと心配しているのだが……」
「そ、そんなことはありません。なので、程々にしておきます」
「む、そうか」
ふむ……まあ、そこまで食が細いというわけでもないから、心配する必要はないか……。
「ところで……ノーラ、ハンナ。申し訳ないけど、午後の授業のために歴史関連の本を一通り部屋に運んでおいてくれるかしら?」
「「かしこまりました」」
ハンナとノーラは一礼すると、食堂を出て行った。
ほう……さすがはマルグリット、勉強熱心だな……って。
すると、マルグリットは席を立ち、私の
その顔を、くしゃくしゃにしながら。
「マ、マルグリット!? 一体どうしたのだ!?」
「どうしたとは、私の
そう言って、彼女は私に詰め寄る。
「どうして……どうしてそんな、我慢をなさるのですか……! どうして、私なんかのために、あなた様が傷つかないといけないのですか……!」
「……気づいていたのか」
「わざわざ机の上に鞭が置いてあり、しかもそれで叩く音が聞こえたのです! それに、ディートリヒ様は痛みに耐えて苦しい表情を浮かべていらっしゃったではありませんか!」
はは……これでは、ハンナに口止めをした意味がないな……。
だが、私は“冷害王子”と呼ばれるほど、表情に変化はないと自負しているのだが、な……。
そして、どうやら私は
真にマルグリットのことを想うのならば、私自身が傷ついて彼女につらい思いをさせるわけにはいかない。
「お願いですから……お願いですから、私のためにあなた様が傷つくのはおやめください……!」
「……分かった」
むせび泣く彼女の訴えに、私は素直に頷いた。
もう間違えないと、心に誓いながら。
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