「マルグリット。今日は初日なのだから、無理をする必要はないぞ?」

「ふふ……ディートリヒ様、もう三回目・・・ですよ?」


 マルグリットが王宮へやって来て二日目の朝。

 一緒に朝食を食べながら、私はマルグリットにクスクスと笑われてしまった。


 だが、心配なものは心配であるし、三回でも四回でも、必要ならば言わないとな。

 何より、マルグリットは不器用だから、一人で抱えてしまうところがある。


 前の人生では、私はそんな彼女を充分に支えてやれてなかったが、今回はそのような失態は繰り返さない。


「私のことはさておき、ディートリヒ様は本日はどのようなご予定なのですか?」

「む……私はいつもどおり語学と地理の授業、それに剣術の訓練だ」


 まあ、継続がものをいう剣術はともかく、既に複数の言語とこの国の歴史……いや、そもそも勉学に関しては全て熟知しているのだから、授業を受ける必要は皆無なのだがな。


「そうなのですね……ディートリヒ様、どうかご無理なさいませぬよう」

「それは私の台詞セリフだ。マルグリットも程々にな」

「ふふ……まさかディートリヒ様がこのように過保護でいらっしゃるとは、思いもよりませんでした」

「む……」


 し、仕方あるまい……私は、君のことが世界一大切なのだから……。


「マルグリット様、そろそろお時間です」

「ディートリヒ殿下も」


 ハンナとノーラが私達のそばに寄り、そっと耳打ちする。

 ……どうやら楽しい時間はここまでのようだ。


「マルグリット、テレサ王妃殿下の指導については話半分で充分だ。まあ、君なら二言、三言交わせば理解してくれるとは思うが」

「……ディートリヒ様、さすがにそれは言い過ぎです」

「……だが、私の言ったことはよく覚えておいてくれ」


 マルグリットに限って、第一王妃に感化されたりはしないとは思うが、それでも念のため言っておかねばな……。


「では、行ってまいります」

「ああ。昼食も一緒に取ろう」

「はい!」


 マルグリットは元気よく返事し、第一王妃の待つ部屋へと向かった。


 ◇


「……ディートリヒ殿下、聞いておられるのですか?」


 私の態度が気になるのか、語学の教師が苛立ちを隠さずに声をかけてきた。

 まだ開始して十分も経っていないが、それでも、既に理解しているものを……しかも初歩に毛の生えた程度のものを習ったところで意味がない。


 それに……マルグリットが心配で仕方がない。

 さすがに初日から変な真似はしないとは思うが、相手はあの第一王妃。第二王妃を見返すためだけに、マルグリットに無理な要求を突き付ける可能性も否定できない。


 ……いや、それだけではない。

 彼女にまで、私と同じようにしつけなどをしたら……。


「……すまないが、今日の授業はここまでだ」

「っ!? な、何をおっしゃっているのですか! ディートリヒ殿下は、第一王子としての自覚はおありなのですか!」


 大したことも教えられぬ家庭教師の分際で、随分な口の利き方だな。

 まあ……それだけ私が侮られているという証左ではあるが。


『貴様の授業に、一分の価値もない』

「な、何を言っているのですか……?」


 こんな簡単な外国語も理解できないとは……やはり、教師としては無価値だな。


「これ以上の話は無用。ハンナ、行くぞ」

「はい」


 部屋の隅に控えていたハンナを伴い、私はマルグリットと第一王妃のいる部屋へと向かう……のだが。


「あ! ディートリヒ殿下!」


 向こうから、ノーラが焦った様子でこちらに向かってきた。


「ノーラ……まさか!」

「は、はい……かなり険悪な状況になっております」

「そうか、よく知らせてくれた!」


 私は合流したノーラも引き連れ、部屋の前へとやって来た。


 すると。


「よいですか! あなたはあくまでもディートリヒの影! 出しゃばった真似をしようなどと思わぬことです!」

「…………………………」


 中から聞こえてきたのは、指導とは程遠い、マルグリットに向けた罵倒の数々だった。


 そして、私は気づく。

 前の人生でマルグリットが表情も変えず不器用なまま、ただ私の後ろをついて来ていた日々を。

 そのような中でも、マルグリットは私に尽くそうとしてくれていたのだと。


 ……もう、限界だった。


「テレサ王妃殿下」

「っ! ディートリヒ、今はマルグリットに王妃としての心構えを教えている最中ですよ! 下がりなさい!」


 突然部屋の中へ入ってきた私を、当然ながら第一王妃は追い出そうとした。

 だが、こちらも引き下がるつもりはない!


「部屋の外から聞いておりましたが、テレサ王妃殿下のそれは、到底指導とは呼べぬもの。残念ながら、そのようなものを私の大切な・・・・・マルグリットに受けさせるわけにはまいりません」

「っ! 誰に向かって口をきいているのですか!」


 私の初めての・・・・反抗・・に、第一王妃は逆上して叫んだ。


「ハンナ、ノーラ。マルグリットを連れて部屋に戻るのだ」

「はい。マルグリット様、どうぞこちらへ」

「で、ですが、殿下が……!」


 私を心配し、ここに留まろうとするマルグリット。

 だが、私は二人に目配せをし、強引に連れ出させた。


「……あなたには、再教育・・・が必要ですね……!」


 忌々しげに私を睨みつけ、第一王妃はテーブルに置いてある鞭を手に取った。


「早く! 服を脱ぎなさい! 脱ぐのです!」

「…………………………」


 指示されるがまま、私は上半身の服を脱ぐ。


「この……! 恥を知りなさい!」


 私に罵詈雑言を浴びせながら、第一王妃は容赦なく鞭で打ち据えた。

 何度も、何度も。


 身体に強烈な痛みを感じながら、無言で耐える。

 だが……私は満足だった。


 私は、救えたのだ。

 マルグリットがこのような目に遭う前に、救うことができたのだ。


 部屋の中に鞭の音が響く中、私は達成感に包まれていた。

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