婚約者との夕食と高鳴る胸
「ディートリヒ殿下、マルグリット様、夕食の準備が整いました」
「ああ、すまないな」
オスカーとヨゼフィーネの乱入があったものの、気を取り直してマルグリットと談笑していたところに、呼びに来てくれたハンナに労いの言葉をかけた。
「ディートリヒ殿下は、必ずそうやって誰にでも心配りをされるのですね……」
「……いや。恥ずかしながら、このようになったのは君と婚約してからだ」
そう……私は、決して褒められた人間ではない。
このように変われたのは、前の人生でマルグリットが私のために不器用に支え、祈りを捧げてくれたからなのだから。
「いいえ、人の想いが分からないような御方でしたら、どこの者かも分からないような小さな女の子のために、一緒に祈りを捧げてくださるはずがございません」
マルグリットは、真顔でそう告げるが……そういったことを言ってもらった経験もないゆえ、何ともこそばゆいな……。
「ですが、私がきっかけでそのようなお姿を見せていただけるようになったのなら、これほど嬉しいことはありません」
「ああ……それだけは間違いない。今の私があるのは、全て君のおかげだ」
「ふあ!?」
私のために美辞麗句を並べてくれたマルグリットだが、私の言葉でその白い肌を赤く染め、またもや可愛い声を漏らした。
はは……以前は私が不器用すぎてこのような姿を見ることができなかったが、本来の彼女はこんなにも分かりやすかったのだな……。
これでは、不器用が一回りして反応が素直すぎるではないか。
「……殿下。さすがにそのようにお笑いになるのは、おやめください」
「む……私は笑ってしまっていたか。それはすまない」
だが、この場合は前回とは異なり、愉快といったほうが正しい感情かもしれないな。
「……もう」
……前言撤回。やはり、私の笑顔の原因は、マルグリットが愛おしすぎるからだ。
「……ディートリヒ殿下、マルグリット様。料理が冷めてしまいますので、そろそろ……」
「あ……そ、そうだったな……」
「ま、まいりましょう……」
少々冷ややかな視線を送りながら告げるハンナに、気まずくなった私とマルグリットは軽く咳払いすると、共に手を取り合って食堂へと向かった。
◇
「食事は口にあったかな?」
「はい……どれも素晴らしい料理でした。しかも、全て私の大好きなものばかりで……」
食事を終えてお茶を飲みながら感想を尋ねると、マルグリットは表情を緩め、嬉しそうに微笑む。
うむ……ハンナにマルグリットの好みを確認させておいて正解だった。
私はテーブルの下で、小さく拳を握った。
「さて……明日から、テレサ王妃殿下による指導と様々な家庭教師による教育が始まるが……」
「はい。ですが、王妃となるための教育については、幼い頃から実家でも取り組んでおりましたので、問題はないと思います」
「幼い頃から!?」
マルグリットの言葉に、私は思わず聞き返した。
確かに、前の人生でマルグリットの知識や能力は特に素晴らしかったことは承知しているが、婚約が決まったのは一か月前だぞ!?
「……お恥ずかしいのですが、その……わ、私はディートリヒ殿下の妻となることが、夢でしたので……」
「…………………………」
マルグリットは消え入りそうな声でそう答えるが……私は今、顔が熱くて、心臓の音がうるさくて仕方がない。
そ、それは、噴水に祈りを捧げたあの時からずっと、彼女はこの私のことを想っていた、ということなのか……?
しかも、王妃になりたいのではなく、この私の妻になりたいと……。
「ディ、ディートリヒ……殿下……?」
「……す、すまない。君の言葉があまりにも嬉しすぎて、気持ちの整理が追いつきそうもない……」
「ふああああ!?」
さらにここにきて、そのような可愛い声を漏らすのは反則だろう!?
ああ……前の人生でこんな彼女の可愛さに気づかなかったことには心底後悔しているが、それ以上に、こんなにも素晴らしい
「コホン……だ、だが、それであれば勉学や作法に関しては、一切問題はないな……」
「は、はい……」
私は何とか平静を保とうと、咳払いをしながら話を締めくくった。
そして。
「……とはいえ、我が母ながらテレサ王妃殿下は一筋縄ではいかない。もし、何か問題があったら、必ず私に言うのだぞ?」
私が
「ご、ご心配には及びません。ですが……そこまで私のことを気遣っていただき、本当にありがとうございます……」
「当然だ。君は、私の大切なたった一人の婚約者なのだから」
「はい……ありがとう、ございます……」
そうして、私達は婚約者として初めての夕食を終え、彼女を部屋へとエスコートする。
「ディートリヒ殿下……本当に、ありがとうございます」
「何を言うか、まだたった一日だ。これからは、生涯このようにするのだからな?」
「あ……ふふ、はい……」
私の言葉に、マルグリットはこんなにも嬉しそうに微笑んでくれる……。
もう彼女を休ませねばならないのに、私はマルグリットと離れたくなくて……。
すると。
「そ、その……一つ、
「もちろんだ。何でも言ってくれ」
「で、では、これからは私の名を呼ぶ時は、敬称はお付けなさらずに、ただ“マルグリット”と……そうお呼びいただけますでしょうか……?」
……彼女の
「分かった。だが、それならば一つ条件がある」
「それは何でございましょうか?」
「ああ……君も、これからは私のことを“ディートリヒ”と、敬称をつけずにそう呼んでくれ」
「ふああ!?」
私の言葉に驚き、マルグリットはまたもや可愛らしい声を漏らす。
「そ、そういうわけにはまいりません……殿下は尊い御方、そのようなことは……」
「いや、私が君にそう呼んでほしいのだ。公式の場では叶わないかもしれないが、それでも、こうして二人の時だけでも、そのようにしてほしい」
困惑するマルグリットにそう告げると、私は
私がどれほどそれを望んでいるか、知ってもらうために。
「お、おやめください! ……わ、分かりました。では、せめてディートリヒ
「……承知した、マルグリット」
ただし、あくまでも
「……名残惜しいが、私はそろそろ帰ろう」
「はい……お送りくださり、ありがとうございました」
「ああ……マルグリット、良い夢を……」
私はマルグリットのその白い手を取り、そっと口づけをすると、彼女に見送られながら、部屋へと戻った。
「……だが、今日は眠れる自信がないな」
高鳴る心臓を押さえるように右手を当てながら、私はそう呟いた。
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