次に断頭台に立つ者

「ディートリヒ殿下のおかげで、コレンゲル侯爵に無事返済を済ませることができました……!」


 ノーラを仲間に引き入れてから一週間後、彼女は泣きながら結果を報告してくれた。

 まあ、金についてはその日のうちにリッシェ子爵家に送るよう手配したからな。煩わしい連中から解放されるためにも、すぐに返済できてよかった。


「だが、コレンゲル侯爵はかなり渋ったのではないか?」

「そ、そのとおりでございます……殿下、よくお分かりになりましたね……」

「まあ、な……」


 元々は、コレンゲル侯爵はあの山にある金鉱脈が目当てだからな。

 返されると思ってもみなかった借金を返済されてしまい、内心かなり面白くないはずだ。


 まあ、結果として将来の第二王子派の一角を崩せたのだ。少々出費は大きかったが、成功と言えるだろう。


「ディートリヒ殿下、ノーラ=リッシェ及びリッシェ子爵家は、この恩を末代まで忘れはいたしません。ディートリヒ殿下に、永遠の忠誠を誓います」

「そうか……ならば、例の件をしかと頼んだぞ。それと……その忠誠、私ではなく婚約者のマルグリットに捧げてほしい」

「マルグリット様に、ですか……かしこまりました」


 ノーラは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに表情を元に戻して恭しく一礼した後、退室した。


 すると。


「ディートリヒお兄様……」

「……ヨゼフィーネ」


 入れ替わるように、妹で第一王女のヨゼフィーネが部屋にやって来た。

 だが、一体何の用だ?


「どうした……?」

「……最近、ディートリヒお兄様と一緒に食事をしておりません。そればかりか、王宮内ですらもお会いすることありません……」

「…………………………」


 目を伏せながらそう話すヨゼフィーネに、私は感情の籠っていない視線を向ける。

 十二歳の妹に向けるものとは思えないほど、冷たい視線を。


「そ、それで、今日こそはとディートリヒお兄様を夕食に誘いにまいりました……」

「そうか……」


 さて、どうしたものか。

 確かに、私を死に追いやったオスカーと目の前のヨゼフィーネと一緒に食事をするなど、私からすればあり得ない。

 下手をすれば、毒を盛られることすらもあり得るのだからな。


 だが……確かに避けてばかりだと、態度が変わり過ぎて逆に怪しまれる結果になってしまうか……。


「……分かった。今夜は食事を共にしよう」

「! あ、ありがとうございます! オスカーお兄様もお喜びになられます!」

「待て、オスカーも同席するのか?」

「? はい。元々、オスカーお兄様が『ヨゼフィーネがお願いすれば、兄上は断ったりはしない』とご助言をいただきましたので、それで……」


 ヨゼフィーネは少し申し訳なさそうな表情をしながら、上目遣いで答えた。

 だが、そうか……オスカーの奴が、な……。


「分かった。ではまた、夕食の時にな」

「は、はい!」


 ヨゼフィーネはパアア、と満面の笑みを浮かべながら、部屋を出て行った。


「……ハンナ」

「はい」

「今日の夕食、あらかじめ目を光らせておいてくれ」

「かしこまりました」


 さて……オスカーは、何の目的で私と食事をしたいのか……。


 そんなことを考えながら、私は窓の外を眺めた。


 ◇


「ディートリヒお兄様!」


 夜になり、食堂へとやって来るとヨゼフィーネが嬉しそうに微笑む。


「あはは、なんだか兄上にお会いするのも久しぶりのように感じますね」

「……そうか」


 同じく笑顔を見せるオスカーに、私は素っ気なく返した。

 なお、オスカーの後ろにはリンダが控えていた。


 ハンナが椅子を引き、私は席に着くと。


「……確認いたしましたが、毒などは入っておりません」

「そうか」


 そっと耳打ちするハンナに、短く答えた。


「さあ、楽しい夕食を始めましょう!」


 オスカーの合図で料理が運ばれ、夕食を開始した。


「ところで兄上……マルグリットが王宮へやって来るのはもうすぐですよね?」

「ああ。来週末に来る予定だ」

「ふうん……」

「なんだ、マルグリット殿が気になるのか?」


 何かを考え込むような仕草を見せるオスカーに、私はジロリ、と視線を向けて尋ねる。


「いえ。一応は・・・僕の姉上になるかもしれませんからね。少々興味があっただけですよ」

「そうか……」


 一応・・、な……。

 つまりオスカーは、マルグリットを私の婚約者だと認めていないということか。


「だが、この婚約は国王陛下がお決めになられたこと。どのようなことがあっても覆ることはない」

「あはは、そうですね」


 私の言葉に、オスカーが苦笑した。


 そして私はリンダに目配せをすると、少し緊張した面持ちで頷いた。

 そうだ。オスカーが何かをしでかそうとする前に、この私に知らせるのだぞ。


「ああそれと、リッシェ子爵家はご存知ですか?」

「……リッシェ子爵家?」


 質問の意図が分からず、私はとぼけたふりをして聞き返した。


「はい。何でも、急に羽振りがよくなったとか。なので、いかがわしい・・・・・・こと・・をしていないか、査察に入るようですよ?」

「……ほう?」


 なるほど……今日の夕食は、これが目的であったか。

 私がノーラの実家を救ったことで、コレンゲル侯爵経由でオスカーの耳に入ったのだな。


 となると、私とノーラが繋がっていることも承知済み、か。


「ふむ……そうすると、リッシェ子爵がそのようなことになって、困る者でもいるのかもしれないな。まあ、この私には関係のないことだが」

「あはは……そうかもしれません」


 私はとぼけながらそんな皮肉を返してみると、オスカーは視線を逸らしながら苦笑した。


「もう! せっかくディートリヒお兄様との夕食なのですから、そのような難しい話はやめましょう!」


 私とオスカーの皮肉の応酬に辟易したのか、ヨゼフィーネがそんなことを言った。

 今のところ、ヨゼフィーネには幼い印象が強いが、油断はできない。

 とはいえ、少なくとも今の段階ではオスカーほど警戒する必要はないだろう。


 だが……もう一度同じ人生を歩んでみて分かった。

 オスカーよ。貴様は、この時既に私のであったのだな。


 ならば、私も容赦はしない。


 ――次に断頭台の前に立つのは、貴様の番だ。

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