使用人リスト

「ディートリヒ殿下、こちらがリストになります」


 ハンナが私に仕えるようになってから二日後、彼女は早速使用人のリストを持参してくれた。

 普段の私の世話もあるにもかかわらず、こんなにも早く仕事をこなすとは……やはり、かなり優秀な人材だ。


「よくぞここまで……本当に素晴らしい。そうだ、何か必要なものや、欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ」

「滅相もございません。私は主人であるディートリヒ殿下の指示に従ったまで。そのようなものをお受けするなど、畏れ多いことでございます」


 受け取ったリストを流し読みしてから、その出来を褒めて褒美を取らせようとそう告げるが、ハンナは首を左右に振って断りを示す。


「それこそ気にするな。私とて第一王子なのだ、それなりの余裕はある」


 今までは、何も使い道もなく腐らせていた資金ではあるが、こうやってマルグリットや大切な部下のために使ったほうが、価値があるというものだからな。


「……本当に、変な御方ですね」

「? 何か言ったか?」

「……いいえ」


 私が尋ねると、ハンナは表情を変えずに否定した。

 まあ、彼女がそう言うのならそうなのだろう。


「ふむ……では、まずはこのリストにある第二王子派の“リンダ”という侍従に接触するとしようか」


 このリンダは古参の侍従で、当然ながら私とも面識がある。

 あからさまに私を毛嫌いし、それを隠そうともしないからな。


 だがハンナの調査結果を見ると、まさかオスカーに与えられている資金の一部を横領していたとは……。


「それで……どのようにこのリンダという女を脅迫するのですか? おそらくは、横領の事実を突き付けたところで、しらを切るものと思われますが……」

「そうだな。だが、私とて伊達に人としての感情がないだの、氷のように冷たいなどと噂されているわけではない。私が本気・・だと知れば、こういった小者はすぐに弁えるものだ」

「かしこまりました」


 私とハンナは、リンダを探しに部屋を出る。


「この時間ですと、侍従用のサロンで休憩しているかと」

「分かった。では、そちらに向かおう」


 まさか、使用人の行動パターンまで把握しているとは……ますますもって優秀だな……。


 すると。


「おや、兄上」

「……オスカーか」


 都合の悪いことに、探していたリンダはオスカーと一緒だった。

 そして、リンダもリンダでオスカーと一緒にいることで気が大きくなっているのか、少し小馬鹿にするような表情を浮かべていた。


 周りに無関心だったころは気にも留めなかったが、視野を少し広げただけでこうも不快に感じるとはな……。


「ところで、マルグリットの時もそうでしたが、また見慣れない女性を連れておられますね? 婚約したばかりだというのに……」


 オスカーはやれやれといった表情で、肩をすくめた。


「ああ、紹介が遅れたな。二日前から私の侍女となったシャハト男爵の令嬢、ハンナ=シャハトだ」

「王国の星、オスカー殿下にご挨拶申し上げます。ハンナと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」


 オスカーに向かって恭しくカーテシーをするハンナ。


「おやおや、ディートリヒ殿下はよわい十三歳にして、かなりの好色家であらせられるのですね。これは、お世継ぎに困ることはなさそうです」

「……リンダ様。ディートリヒ殿下に対し、今の言葉は不敬極まりないですが」


 いざとなったらオスカーが助けてくれるとでも思っているのだろう。リンダは、あまりにも失礼な言葉を告げた。

 それをよく思わないハンナが、すかさずリンダを咎める。


「あはは、リンダも悪気があって言ったわけではないんです。兄上、どうか許してやってはもらえ……「何故だ?」」


 にこやかな表情を浮かべながらリンダを庇おうとするオスカーに、私は威圧的に尋ねた。


「な、何故って……?」

「私の言葉の意味が分からないのか? 何故、第一王子である私に対して不遜な態度をとったこの者を、許さねばならぬのかと聞いているのだ」

「「っ!?」」


 私の言葉に、オスカーとリンダは思わず身を竦めた。


「そこの衛兵。この者は私に対して不敬を働いた。すぐに牢へとぶち込め」

「ハ……ハッ!」


 衛兵は困惑した表情を浮かべるが、私が本気であると見るや、その指示に従ってリンダを拘束する。


「あ、兄上! どうかリンダを許してやってください!」

「も、申し訳ございませんでした! どうかお許しを!」


 リンダは顔を真っ青にしながら床に額をこすりつけて謝罪し、オスカーも慌てて私にすがる。

 まあ、これまでの私であれば気にも留めずに聞き流したであろうし、何より、オスカーに対してこのような態度を取ったことはないからな。


「……今回はオスカーに免じて許してやる。だが、二度とそのような口をきいてみろ。その時は覚悟しておけ」

「は、はい! ディートリヒ殿下の寛大な御心に感謝いたします!」


 ひたすら土下座をするリンダ。

 私はそんな彼女とあからさまに安堵するオスカーを一瞥いちべつすると、鼻を鳴らしてハンナと共にその場を離れた。


「ディートリヒ殿下……ですが、リンダを抱き込む件についてはいかがいたしましょうか……?」

「なあに、逆にこれでやりやすくなったというものだ。あのような体裁だけの謝罪では、裏では今までどおり私のことは侮るであろうが、それでも、私が本気になると分かれば、これからは無碍むげにはできまい」

「…………………………」

「つまり、横領の事実を告げた上で今度こそ追い込んでやれば、リンダは間違いなくこちらになびくだろう。なにせ、オスカーがいようがいまいが、私はいつでも処断することを認識したであろうからな」


 そうは言っても、侍従は王宮を取り仕切る二人の王妃に人事権がある。本当はこの私に処断する権限などないのだがな。


「では……」

「うむ。時間を置いて、今度はリンダを部屋に呼び出すのだ。今の出来事があったばかりだ、すぐに従うだろう」

「かしこまりました」


 私とハンナは、そのまま部屋へと戻った。

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