新たな従者

「王国の星、ディートリヒ殿下に拝謁賜ります。本日より殿下の身の回りをお世話させていただくことになりました、“ハンナ=シャハト”と申します」


 マルグリットとの顔合わせをした日から三日後、私の侍従が交代となり、目の前でカーテシーをするハンナが担当することとなった。


 このハンナという女性、一応は男爵家の令嬢という肩書を持っているが、要はフリーデンライヒ侯爵子飼いの諜報員である。

 一週間と言わず、三日で派遣してくれたのだから、フリーデンライヒ侯爵には感謝しかない。


 それにしても……見た限り、年齢にしてまだ成人(十五歳)を迎えて少しといったところに見えるが……いやいや、あのフリーデンライヒ侯爵が派遣してくれたのだ。かなり優秀なのだろう。


「うむ……それで、ハンナはどのように聞いている?」

「はい。ディートリヒ殿下に生涯忠誠を誓え、と」

「そ、そうか……」


 予想外の答えに、私は思わずのけ反ってしまった。

 確かに信頼のおける部下を得たのは嬉しいが、ここまでとは思ってもみなかったぞ……。


「それで、私は何をいたしましょうか?」

「うむ……ハンナには、まずは侍従として王宮にいる侍従や使用人について把握すると共に、それぞれ誰に属しているのか、それを確認しておいてくれ。それから……」


 私は、マルグリットが来る一か月の間にしてもらうことを一つ一つ説明する。


 まず、最初に着手するのは王宮にいる使用人達の全てを把握すること。

 特に、誰が第二王子派であるかを確認しておく必要がある。


 次に、第一王妃派と第二王子派の中で、弱みを持っている者を見つけること。

 その弱みを握ることで、本当の意味での第一王子派に引き込むのだ。


「……かしこまりました。その上で、一言申し上げてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「はい……弱みを握ると申しましても、その弱みには種類も、弱みの軽重も様々です。どの程度までの弱みを握ればよろしいでしょうか……?」


 表情を一切変えず、淡々と尋ねるハンナ。

 なるほど……こちらの意図を正確に汲み取っていることやその冷静な態度から察するに、かなり優秀であることがうかがえる。


 ……今度フリーデンライヒ侯爵にあったら、感謝の言葉を伝えねばな。


「そうだな。第一王妃派の者を取り込む場合には他者の理由による弱みを、第二王子派については、本人自身による弱みをつかめ」

「理由をお尋ねしても?」

「ああ……まず、第一王妃派の者は、これから婚約者であるマルグリットの世話をすることになるだろう。ならば、弱みは弱みでも、私やマルグリットを裏切らない、そんな信頼関係を築きたいと考えている」


 そう……所詮、本人絡みの弱みというのは、あくまでも本人の落ち度によるものがほとんどだ。そのような者を味方に引き入れたところで、いつかは身を滅ぼすに決まっている。

 一方、本人の事由によらず他者が原因である者は、少なくとも身持ちは安心できる。加えて、そのような者を救ってやれば、信頼関係を築くのは容易だからな。


「なるほど……では、第二王子派の者は、逆に本人に落ち度がある者を……」

「そのとおりだ。こちらの場合は、仲間に引き入れるのではなく、利用する・・・・のだ」


 私の説明に納得したハンナは、強く頷いた。


「かしこまりました。では、すぐにでも調査してまいります」

「ああ……ハンナの働きが、マルグリットの幸せを……そして、ハンナ自身の・・・・・・幸せな未来にも繋がってくるのだ。頼んだぞ」

「っ! ……お任せください」


 一瞬息を飲んだ後、ハンナは恭しく一礼して部屋を出た。


「……我ながら卑怯・・だな……」


 ハンナが出て行った扉を眺めながら、私はポツリ、と呟く。


 彼女のような諜報員というのは、その任務の特殊性から、素性が孤児である場合がほとんどだ。

 そのほうが使い勝手がよい上に、いざとなったら捨てやすいからな。


 そんな彼女に、私は約束・・をしてみせたのだ。

 私に従い行動してくれれば使い捨てになどせず、部下として大切にすると。


 要は、そんな彼女の心理を逆手に取って揺さぶり、依存させるような言葉を投げかけたわけなのだから。


「まあ……その言葉に、偽り・・もないがな」


 マルグリットを幸せにすることは、すなわち私の地位は盤石で揺るぎないものとなっているということ。

 当然ながら、私に仕える者にも、その幸せを享受することを約束せねばならない。


 それに。


「……マルグリットのためならば天使にも悪魔にもなれるが、かといって、できればマルグリットに嫌われたくはないからな……」


 マルグリットにあのような仕打ちをした私が、そのような高望みをすることこそおこがましいが、それでも……そうすることでマルグリットが微笑んでくれるのならば、喜んでしよう。


 そんな彼女を想い、私は胸襟むなえりを握りしめた。

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