3.叔父と甥は先生とアシスタント

 おれたち二人と静は離れた場所で、それぞれがやるべきことを始めた。


「静、そこでちゃんとやれよー。分からないことがあったら呼んでも良いけど」

「はーい」


 良い返事。しかし、落ち着きのない静のことだ。絶対こっちの邪魔をしに来るだろう。


「おしず頑張れ~」

「うん! 準ちゃんも頑張って~♪」

「はぁ~い♪」


 おしず命な準ちゃんに、静をあしらうことはできない。そのときは、おれが「宿題見てやる」と言って奴を元の位置に戻そう。

 静が宿題を始めた様子を確認してから、おれたちもやるべきことを開始した。


「じゃあ、まずはベタを頼むね」

「了解」


 準ちゃんは(何とか、きちんとした生活ができている)漫画家だ。ちなみにアナログ派。おれが準ちゃんに呼び出された理由は、漫画家アシスタントだ。

 おれは小さいころから絵を描くのが、どちらかといえば得意な方だった。図工あるいは美術の成績は良い。

 そして……。


「お兄ちゃん、これ描いてー」


 おれは昔から、よく静にキャラクターのイラストを描くことをお願いされる。初めて静のために絵を描いたのは、おれが11歳で静が3歳のときだった。

 お互い16歳と8歳になった今も続いていて、いつも静の自由帳は本人ではなく兄によってページを埋められてしまう。それを静は学校の友達に(きっと自分は描いていないのにドヤ顔になって)見せているようだ。すると、


「これ見せたら、みんな上手って言ってくれたよ! それでね……」


 たまに静の友達からもイラストを催促される。「あんまり上手くないね」と素直な感想を刺されるまでは続けてやろうと考えている。


「カズ、こんなに上手に描けるのか……!」


 大好きな姪の友達が知っている甥の情報を、近所に住んでいる叔父が知らないわけがない。初めて自分が描いた絵を準ちゃんに見せたあの日は忘れられない。なぜなら……。


「よしカズ! 今から漫画の特訓をしよう!」

「えっ」


 おれは準ちゃんに才能を認められ、その日から漫画家アシスタントをやらされるようになったからだ。すぐ作業に慣れたおれは「上手で格安で気軽」という理由から、今でも準ちゃんの仕事を手伝っている。ただし制限も存在する。


「トーンはボクがやるからね」


 毎回聞く言葉。一応習っているし苦手ではないが、トーン貼りは全然やらされない。叔父として刃物を使う危ない作業を、かわいい甥にさせたくないとのこと。


「ヒロインが黒ギャルだから、今回の原稿はトーン多いね」

「うん。でもボクがやるから、カズは他を頼むね!」

「分かりました~」




「準ちゃん、おれ以外の人は雇わないの?」


 作業中、地味に気になっていたことを聞いてみた。


「そんな余裕ないよ~」

「いつもギリギリなんだね、お金も〆切も」

「……あー、売れたい!」

「そうだね。おれもそう思うよ」

「あと結婚したい!」


 そうだ。

 準ちゃんは結婚したい人だった。


「はーあ。この前の婚活パーティーも惨敗だったな~」


 ここで(いつも同じような内容の)準ちゃんの婚活愚痴が始まった。

 ……お金も〆切も危ないのは、もしかして婚活も関係していないか……?


「その見た目だからじゃないの? 坊主でプロレスラーみたいな体型で」

「こ……こういうのが好みな人もいるよ!」

「でも少数派じゃない? もうイメチェンしたら?」

「嫌だ! ナメられないから、ずっとこれが良い!」

「そんなんだから、お巡りさんに疑われるんだよ」


 オタクな準ちゃんはナメられたくないという理由で、性格に合わないコワモテスタイルを装っている。当然ナメられはしないが、淋しい思いをする機会が増えたとのこと。


「もうっ! いつだってカズは、ああ言えばこう言う!」

「条件の良いアシスタントに対して、その態度は何ですか先生」

「それとこれとは別だよ!」

「許してくださいよ。あんな減らず口の人間に散々な目に合わされたら、そりゃ自衛のためにも口達者になるでしょ」


 ここで叔父の言葉が詰まり、手が止まった。


「……はっはっはっ」


 口と目を大きく開いた真っ青な顔を見て、おれは笑った。


「……ごめん……」

「ほらほら先生、謝っている暇があったら仕事しましょうよ」

「……」


 色々と小さくなっている漫画家は、アシスタントと共に作業を再開し「お兄ちゃん!」ようと思ったが。

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