帰国して

2010年の年末、アメリカ留学より帰国したら家では色々大変な事になっていた。


親父が国家公務員の守秘義務違反に抵触したとして、書類送検されていたのだ。

政府が隠蔽しようとした事件の証拠映像を流出させた親父は一躍ヒーローとして世間の喝采を浴びると同時にお役所の掟に従い職を辞したのだが、同時に正月明け早々に借り上げ官舎からも出なければならないというオマケが付いていた。

という訳で我が家では急遽、住まい探しに追われる事になったのだが、ちょうど郊外の海が見える丘の中腹に建つ敷地110坪、建物43坪の中古ログハウスが売りに出ていた。

ここは元々違法薬物の売人が変死した場所だった事から中々買い手がつかずに、格安で売りに出ていたのだが、ウチの家族はそういった事はさほど気にしないたちだ。


そうして引越しと並行して授業が再会し、俺は進級のための補講と大量のレポートとに追われていたのだが、通学に要する時間は以前の倍以上に増えていた。

そのため来季からは車通学をしようと思いたったタイミングで高専の先輩である岩野よりベンツのGクラスを買わないかと言う話が舞い込んだ。


因みに俺の通う国立高専と言うのは、偏差値が高めの高校と短大を一緒にした様な5年制の学校と思えば分かりやすいかも知れない。

高校との違いは、高専が大学と同様に高等教育機関であり1年生の頃から大人として扱われる。また試験や課題さえしっかりこなせれば、バイトや服装についてもかなり自由で、高学年になるとバイクや車で通学する者もいたりする。

反面、2割以上が留年するというかなりのハードモードだ。


岩野はそんな自由な高専でかなりぶっ飛んだ存在だった。

ベンツのGクラスに乗り、女の子を集めクルーザーでパーティーを主催したりしていたが、元々自衛隊生徒からの編入者で、本人曰く、以前いた収容所の様な環境からあまりに自由な高専での環境にはっちゃけてしまったらしい。


実は岩野のベンツには別にオーナーがおり、急ぎ買い手を探しているという事だった。

昨年優勝した国際学生科学フェアや自作の動画の配信収益によって些か小金を持っていた俺は岩野の口利きでベンツG320ショートを400万で購入した。


そんな中、親父は予定通り不起訴となり、同時に再就職の話も幾つか浮上して来た。


一つは某公益財団法人の研究職で、元々キャリア技官から公安職にジョブチェンジした親父にはほとぼりを冷ます意味でも、まあ無難な選択かも知れない。


もう一つは総合セキュリティ会社の役員のポストに空きがあるらしい。

元々、公安系キャリアの天下り先として作られたその会社では公共施設やビルの管理メンテナンスなどを手掛けていたが、最近ではセキュリティを売りにしたマンションがヒットしており他にも防犯AI•ロボット開発分野にも手を広げており、近く上場する様だ。

更には東京オリンピックや新たなる利権であるIR事業にも一枚噛みたいという方針から対テロリスト特殊部隊での実戦経験に加えて国内外の情報機関にも些か顔の効く親父をリスクマネジメント担当の役員として招聘しようという事らしい。


最後に保守政党からの国政選挙補選への出馬要請の話もあった。

警察官僚出身の政治家が、帰り際に、俺の肩を叩きながら親父はよくやったと笑った。

後から知った話では、当時自衛隊の中では、中国の顔色ばかり見ている政府に対してクーデターの噂があり、親父の告発によってガス抜きが出来たらしく、その空気はいつしか治ったらしい


結局親父はセキュリティ会社との間で良い条件で握ったらしく、また間もなく会社が販売するマンションが気になっているらしい母を伴って頻繁に東京へ足を運んでいる。


そして無事、進級が決まった俺は、3月末に開かれる高校剣道3大タイトルの一つである「全国選抜高校選手権」に出場することにする。

前哨戦として各県の強豪の集う「東北高校剣道選抜大会」、関東近県高校剣道冬季選手権」の団体戦にそれぞれ出場した。

高校剣道の団体戦は基本的に先鋒、次鋒、中堅、副将、大将戦の5試合での勝ち抜き戦となるのだが、俺が大将を務めるの高専チームでは先鋒、中堅、大将の3人編成だ。

つまり先鋒、中堅が負けても、大将である俺が3試合で勝てばトーナメントを勝ち進めるというシンプルなプランだ。


先だって出場した東北選抜では7県24校が出場しており、ルールは4分1本勝負で勝ち数の多いチームが次の試合に進むと言うものだったが、試合においても俺の攻撃パターンはシンプルだ。

竹刀を正眼から眉の高さまで引き上げ、唸り声と共に相手の頭目掛けてそのまま打ち下ろす。ただそれだけだ。

足裏から背骨をとおして吸い上げた氣の塊を竹刀に乗せて相手を打つのだが、交通事故の衝撃の如き打撃に防御は意味を成さず対戦相手は例外なく担架で運ばれて試合は終了となる。


次の関東近県大会においては、東北勢は俺と対峙すると掛け声だけでびびってしまいまるで無人の野を行く感じだった。そうして高専チームは前哨戦となる両大会で優勝した。


県立高校で卒業式が行われた翌日、約3年振りに中学の同窓会が行われ、俺にもどういう訳かお声が掛かる。


海上保安官だった親父の転勤で、あちこち転々としていた俺には、幼馴染だとか、地元の繋がりとかいういうものが殆ど無く、また帰国子女だった俺には2年分の内申が不足しており、そのため受験において内申比率の低い「高専」へ進んだのだが、時間帯や長期休みなどでも高専と高校ではズレがあり、中学の同級生達とは自然と疎遠になっていったからだ。 


理由を尋ねてみたところ、俺がL.Aの高校に留学していた頃、アメリカでの日常生活を「L.A高校生白書」として動画配信していたのだが、これが日本の若者達にもかなりの人気を博しているようだった。


同窓会は市内中心部の洋風居酒屋でおこなれた。

国立大学の後期試験に臨む者や、不良グループにいた者などを除いて、クラスの2/3位の人数が集まっていたが、既に東京の有名大学に推薦やAO入学が決まったいる者達は、一塊りの集団となっており、その中にはクラスのマドンナだった松田瑠衣の顔も見えた。


久しぶりに見た瑠衣は少し垢抜けて大っぽくなり、その身体にも少し丸みを帯びたラインが加わってを自認する俺から見ても、是非一度お手合わせ願いたいと思う様なイイ女になっていた。


転入初日から不良グループとの間で一悶着あった俺は高校受験を控えたクラスの中でかなり浮いた存在だったのだが、そんな中で瑠衣は優しくしてくれたし、当時の俺もそんな瑠衣に甘えていた節がある。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る