帰国して

クリスマス明けに交換留学より帰国すると我が家では色々と大変な事になっていた。

親父が国家公務員の守秘義務違反に問われ書類送検されていたのだ。

俺の中国での一件から暫くの後に、親父が動画サイトで中国絡みのある事件の証拠映像をネット上に流出させたのだ。

結果、内部告発者として「萬尾安針」は日本一有名な公務員となったと同時に、お役所の掟に従い職場を去ったのだが、結果「日本の政治家には子供がいないのだろうか?」「目先のことばかり考えて、次の世代にわざわざ負の遺産を押し付けて恥ずかしくないのだろうか?」などとするコメントがSNS上を賑わせ、俺は親父の事を誇りに思った。


だがともあれ正月明け早々に借り上げ官舎からも出なければならないという現実もまたあり、我が家では急遽、住まい探しに追われる事になったのだが、ちょうど郊外の海が見える丘の斜面に敷地200坪、建物43坪の2LDKの中古のログハウスが売りに出ていた。


しばらくの間、誰もここに近づいていないらしく庭に落ち葉が厚く敷き詰められたその家は、事故物件という事も有り中々買い手がつかずに相場の半分以下という格安で売りに出ていたのだが、ウチの家族は誰もそういった事しないたちだったせいで、その日のうちに即決した。


冬休みが終わり再び授業が始まると、俺は進級のための補講と大量のレポート提出とに追われていたのだが、反面通学に要する時間は以前の倍以上に増えていた。

そのため来季からは車通学をしようと思いたったタイミングで高専の先輩である岩野よりベンツのGクラスを買わないかと言う話が舞い込んだ。


因みに俺の通う国立高専と言うのは、偏差値が高めの高校と短大を一緒にした様な5年制の学校と思えば分かりやすいかも知れない。

高校との違いは、高専が大学と同様に高等教育機関であり、試験や課題さえしっかりこなせれば、1年次よりバイトや服装についてもかなり寛容で、更に高学年になるとバイクや車で通学する者もいたりする。

反面、毎年2割以上の学生が留年するというかなりのハードモードだったりする。

と言うもの一匹狼や個性的なオタクが多く、他人の目を気にしないでも良い環境は俺には居心地が良く、ここに来たことは結果オーライだったが。


そんな高専にあって岩野はかなりぶっ飛んだ存在だった。

ベンツのゲレンデに乗り、女の子を集めクルーザーでパーティーを主催したりしていたが、実は元々自衛隊生徒からの編入者で、本人曰く、以前の収容所の様な環境からあまりにも自由な高専の環境にはっちゃけてしまったらしい。


実は岩野のベンツには別にオーナーがおり、直の買い手を急ぎ探しているという事だったが、昨年の国際学生科学フェアでの優勝や自作動画の配信収益によって些か小金を持っていた俺は岩野の口利きによりベンツG320を450万で購入した。


そんな中、親父は予想通り不起訴となり、同時に再就職の話も幾つか浮上して来た。


一つは前の職場とも関係の深い公益財団法人の研究職で、元々キャリア技官から公安職にジョブチェンジした親父にはほとぼりを冷ます意味でも、まあ無難な選択かも知れない。


もう一つは総合セキュリティ会社の役員のポストに空きがあるらしい。

元々、公安系キャリアの天下り先として作られたその会社では公共施設やビルの管理メンテナンスなどを手掛けていたが、最近ではセキュリティを売りにしたマンションがヒットしており他にも防犯AI•ロボット開発分野にも手を広げており、近く上場する予定だ。

また親愛なる都知事による新たなる利権、IR事業にも一枚噛みたいという思惑や水面下では日本サイドが東京オリンピックの誘致に動き始めた件もあり、対テロリスト特殊部隊での実戦経験に加えて国内外の情報機関にも些か顔の効く親父をリスクマネジメント担当の役員として招聘しようという魂胆らしい。


他にも保守政党からの国政選挙への出馬要請の話なんかもあった。

警察官僚出身の政治家が、何度もウチを訪れ、帰り際に俺の肩を叩きながら「萬尾安針」はまったくよくやったと笑った。

後から知った話だが、当時自衛隊周辺ではクーデターの噂があったらしく、どうやら親父の動き以降、そういった話も聞かれなくなったというのがその理由らしい。


結局親父はセキュリティ会社との間で条件が合意した様で最近は母を伴って頻繁に東京へ足を運んでいる。


そして無事、進級が決まった俺は、3月末に開かれる高校剣道3大タイトルの一つである「全国選抜高校選手権」に出場することにする。

前哨戦として各県の強豪の集う「東北選抜剣道大会」、「関東近県高校冬季選手権」の団体戦にそれぞれ出場した。

高校剣道の団体戦は基本的に先鋒、次鋒、中堅、副将、大将戦の5試合での勝ち抜き戦となるのだが、俺の居る高専チームでは先鋒、中堅、大将の3人編成だ。

つまり先鋒、中堅が負けても、大将である俺が3試合で勝てばトーナメントを勝ち進めるというシンプルなプランだ。


先だって出場した東北選抜では7県24校が出場しており、ルールは4分1本勝負で勝ち数の多いチームが次の試合に進むと言うものだったが、試合においても俺の攻撃パターンはシンプルだ。

竹刀を正眼から眉の高さまで引き上げ、唸り声と共に相手の頭目掛けてそのまま打ち下ろす。ただそれだけだ。

足裏から吸い上げた氣の塊を竹刀に乗せて相手を打つのだが、その交通事故の如き打撃に防御は意味を成さず対戦相手は例外なく皆担架で運ばれ試合は終了となる。


次の関東近県大会においては、東北勢は俺と対峙するとびびってしまいまい、まるで無人の野を行く感じだった。そうして高専チームは前哨戦となる両大会で優勝した。


県立高校での卒業式が行われた翌日、約3年振りに中学の同窓会が行われ、ボッチだった俺にもどういう訳かお声が掛かる。


公務員だった親父の転勤で、あちこち転々としていた俺には、幼馴染だとか、地元の繋がりとかいういうものは殆ど無く、また中3で海外から帰国したため2年分の内申が不足しており、そのため高校ほど内申が重視されない「高専」へ進んだのだが、時間帯や長期休みなどでも高専と高校ではズレがあり、元々関係性の薄い中学の同級生達とは自然と疎遠になっていったからだ。 


理由を尋ねてみたところ、俺がSNSで投稿していたコメントがウケたらしい。

俺がL.Aの高校に留学して覚えた事は、いかに成績が良かろうとも自分について発信出来ない奴は、ダメな奴だと思われるという事だ。


同窓会は市内中心部の洋風居酒屋でおこなれた。

これから国立大学の後期試験に臨む者や、ヤンチャグループにいた者などを除いて、クラスの2/3位の人数が集まっていたが、既に東京の有名大学に合格している者達などは一塊りの集団となっており、その中にはかってクラスのマドンナだった松田瑠衣の顔も見えた。


久しぶりに見た瑠衣は少し垢抜けて大っぽくなり、その身体にも少し丸みを帯びたラインが加わってを自認する俺から見ても、是非一度お手合わせ願いたいと思う様なイイ女になっていた。


転入初日から不良グループとの間で一悶着あり高校受験を控えたクラスの中でかなり浮いた存在だった俺にも瑠衣は優しくしてくれたし、当時の俺もそんな瑠衣に甘えていた節がある。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る