世界は悪意に満ちている。

ボン

プロローグ

俺はログハウスの天窓から射す朝の光と喉の渇きで、あの「」から目醒めた。


同時に昨夜読んでいた遺伝子学の本がベッドから転がり落ちた。

ベッドから降りると本を拾い、汗をかいたパープルカラーのスエットを脱ぐ。

フッと息を吐き水を一杯飲むと、まだ肌寒い東北地方の朝の空気の中、シャワーを浴びるために階下へ降りた。


あの妙にリアルな夢の中で俺は「虫」だった。

そしてそのの舞台は何処かの研究室らしき一室にある巨大な

水槽の中で、その部屋で使われている文字から想像するにおそらく中国の何処かなのだろうと思えるが、そこではいろんな毒を持つ生き物達を幾つかの水槽に入れて、お互いを戦わせていた。

そして水槽の中で生き残った個体をまた別の水槽に集め、再び戦わせる様は伝奇小説なんかに出てくる「蠱毒」を思わせ、更に生き残った個体同士「つがい」を作らせ、それを何代か繰り返す。俺はそんな中で生き残った一体だった。

ある日、実験は中止となり、眠らされた実験体たちが何処かに持ち出されて行くところでこの悪夢は終わりを告げる。


俺が「」を見るようになったのは、昨年秋に中国で開かれたE–sporsの国際大会「WEG2010」こと「World E-sports Games 2010」への参加がきっかけだった。


当時「尖閣諸島事件」や「ゼネコン社員拘束事件」、「レアメタル禁輸措置」といった一連の中国からの挑発行為により日中間での緊張感が大いに高まった時期と重なり、日本からの参加が危ぶまれていたのだが、大会の2週間前になってようやく日本チームの招待が決まったもの、オファーを受けた選手の中には当然ながらスケジュール調整が間に合わない者もいた訳で、当時ゲーマーとして売り出し中だった俺にも声が掛かったのだった。

結果として俺はFPSシューティングゲーム部門にて見事優勝して国際大会での2勝目を挙げると同時に、日本チームの総合2位にも大きく貢献する働きを見せたのだが。


また大会終了後はまっ直ぐ日本へトンボ返りする予定だったのだが、予定していた便が運休となり帰国が1日延びたため、俺たちは取り敢えず地元の食べ物を楽しむ事でなんちゃって観光気分を味わう事にした。

さすがにその位ならスパイ容疑で拘束される事はまあないだろうと誰かが呟いた。


今回のゲーム開催地である湖北省武漢市の中心エリアには生きた野生動物を扱う生鮮食品市場が幾つも有り、と称して半茹でコウモリが丸ごと入ったスープを出す店なども有ると、優勝したシンガポールチームのメンバーに誘われた俺達は怖いモノ見たさも手伝ってその夜、監視カメラから逃れる様に地元通訳の人のオススメだという薬膳料理店に連れて行って貰った。

実は親父の仕事の都合で2年前までマレーシアに住んでいた俺はマングリッシュと言われる訛りのある英語の他、中国語も少しなら話す事が出来るため何とかなると思ったこともあった。


薬膳料理店ではネタ料理のオンパレードだったが、さすがに「半茹でのコウモリ」はビジュアル的にNGなのと、伝染病のウィルスの宿主である可能性もありパスし、俺はアルコールで酔わせたサソリの踊り食いの方にチャレンジするが、予想通りの甲殻類っぽい食感と味も悪くなかった。

だが帰国した日の夜には不意に高熱に襲われ、数日寝込むことになった。

俺には生まれながら脳神経に奇形があり、また投薬の副作用もあってか、これまでにも時々、高熱で寝込む事が度々あったのだが、今回ばかりは何かが違うと「悪夢」を見ながら意識の何処かで考えていた。


そして熱が下がった朝、以前に増してすこぶるコンディションが良くなっていたのを感じると同時に、うなされながら繰り返し見ていたあの「悪夢」が何なのかが気になり、その原因を武漢市に求めて裏サイトなどで情報を集め始めたのだが、どうやら武漢市には1950年代より「ウィルス研究所」なる施設が置かれており、コウモリなどを媒介としたウィルス兵器などの研究をしているらしい。

更にヤバい事にはそのウィルス研究所で使った実験動物を研究所員が小遣い稼ぎのために野生動物市場に横流ししている可能性があるという如何にも中国アルアルなネット情報にはさすがに背筋が寒くなった。


事実は小説より奇なりと言うが、大都市の市長の妻が妊娠中の夫の愛人を殺害し、胎児ごと樹脂で固めた人体標本にして博覧会で展示したり、

一人っ子政策の弊害で生まれた戸籍無し子を使った臓器移植市場があったりと、まるで都市伝説みたいな話が実際に起こりうるのが今の中国だそうで、

俺の身体に「換骨奪胎」とも言うべき劇的な変化が生じ始めたのもちょうどその頃からだ。

トイレで用を足してからシャワーを浴び、洗濯物を洗濯機に放り込むと洗面台に向かう。

鏡の向こうからこちらを覗く、ブロンズ色の顔はノミで削り出したが如くシャープで、短く刈られた銀髪と相まって些か精悍過ぎる印象を与える。

また正面から見ると日本人だが、横顔は西洋人を思わせる絶妙なバランスで成り立っており、また長身でバランスの良い骨格をトレースする筋肉もジムなどで人工的に肥大させたモノと明らかには質感が異なっており、まるで炭鉱夫上がりのボクサーの様に無駄がなく、その肩から背中に掛けての隆起は巨大なサソリを連想させた。
















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