2話 メルトダウン

その時、地面が激しく揺れ出した。

地震だろう。そして俺はそれが訪れる事を知っていた。


実は今朝からこの地では何度も小さな地震が繰り返し起きていたが、その不協和音が臨界点が近いと告げていたからだ。


今の俺は地磁気や動物の体表を覆う「生体電位」の固有のリズムを脳内変換により「オーラ」として認識出来、「心眼」によって目を瞑っていても半径約40m以内にいる虫の動きさえも俯瞰視点によって「視る」ことが出来る上にただ気配を察知するだけなら半径150m以内の人間の気配を把握出来る。

そのため駅で電車を降りた時から光一達3人の他に誰も居ない事を最初から把握していた。


この4番目の特性を厨二っぽく「スコーピオン感覚」と呼んでいる。


体内時計で約2分40秒程が経過すると一旦揺れはおさまったが、揺れ具合から察して、いずれこの海岸にまで津波が押し寄せて来るだろう。そして場合によっては近くの原子力発電所に浸水しメルトダウンする可能性がある。まあその場合には、東日本全体が汚染され、日本沈没ならぬ、日本終了となるのだが。


まあ取り敢えず、これまでの出席日数の不足分を補う補習が既に終わっていたのがせめてもの救いだなと思いながら駅に戻ると待合には瑠衣がいた。

瑠衣が俺を待っていたかは定かではないが、いずれにせよ瑠衣が俺に望んでいた、光一との関係を終わらせたいという件についてはこれで落着だろう。


瑠衣の父親は韓国系のカルト教団の教師で既に在日同胞と婚姻していたにも関わらず、通名を用いて日本人である瑠衣の母親とも二重結婚していた。

だが瑠衣が高校に上がるタイミングで父親の二重結婚がばれ、それが原因で両親が離婚した事にショックを受けた瑠衣は光一の甘言に乗せられて肉体関係を持っていたが今では後悔していた。

そんなタイミングで俺に再会したのだのだが、俺も以前とは違い多少の包容力を備えて居た。

ひとまず海岸から遠ざかるべく俺たちはログハウスを目指した。


◆◆◆


地震が収まってから20分程経ったころ、金本兄弟らが倒れているそばに一人の長身の男がいた。年の頃として20歳前後に見えるその男はベレッタを腰から引き抜くと、倒れて居る金本達の頭に向けて弾がきれるまで引き金を引き続けた。

ニヤッと笑うと、空の弾倉を海に投げ込むと新たな弾倉を装填し、安全装置を掛けたベレッタをベルトの腰の辺りに差し込むと停めてあったカワサキの250CCのオフロードバイクへと向かう。

沖から津波が押し寄せて来るのを見届けながらその男、岩野は悠然とバイクをスタートさせた。


自宅に戻った俺はこんな状況下であるにもかかわらず瑠衣の身体を貧欲に貪る。


我ながら困った性分だが、瑠衣ともう会う事が無い、そんな気がしたからだ。

そんな瑠衣もシーツがびしょびしょになるくらいに潮を吹いていた。ぐったりとしいる瑠衣を抱いて浴室に向かうとエコキュートに残った湯を目一杯使いシャワーを浴びる。


一休みした後、ガレージにあるバイクのエンジンを掛ける。そのミリタリー調バイクは太いブロックタイアを履かせたスクランブラーと言われるタイプで、オンロード用バイクをダート走行が出来るように改造したものだ。ベース車は単気筒の旧車であるホンダGB250クラブマンだが、エンジンを競技用オフローダーのモノと取り替えてあり、その440ccの太いトルクの単気筒SOHCエンジンは7500回転で40馬力を絞り出す。また単気筒エンジン独特の突き上げる様な振動はバランサー及び補強フレームに後付けした振動吸収用のダンパーよってかなり改善されている。

また前後ディスクブレーキ、インジェクター、ABSなどを装備し、そのクラッシックな見た目とは違い、最新のバイク同様の装備を備えるものだ。

さすが機械オタクの親父らしい、そして俺は現在はまだ仮免なのだが

今回は緊急避難という事でまあ大目に見て欲しい。


いよいよ津波が押し寄せるのをひしひし感じながら、パープルのヘルメットを被せた瑠衣を後ろに乗せるとバイクを慎重にスタートさせた。

道路が閉鎖されないうちに町を出ると一路東京を目指す。

途中、瑠衣の兄の住んでいるという千葉県の柏市の駅前で瑠衣を下ろしてから

再び長いキスを交わした後、俺は東京の「夢の島」を目指す。


深夜、江東区夢の島にある都営のヨットハーバーの駐車場でパープルのベンツのゲレンデを確認した俺はバイクをその脇に駐めると、親父に電話してから船が係留されている区画へと向かう。

ウチの船は中型船が係留された区画に停めてあり、船は007に出て来そうなスタイリッシュなフォルムからすぐにわかった。


出迎えた親父は指揮者のフォン・カラヤンに酷似した渋い中年ダンディで、またその落ち着いた佇まいを見ていると今が非常事態だという事を一時忘れる程だ。


親父は京都大学で人工衛星から地表の情報を取集するリモートセンシングを専攻しており、元々海保へはキャリア技官として入庁したのだが、臨月だった母が地下鉄テロの被害に遭った事を契機に公安職へジョブチェンジし、海保の対テロ特殊部隊を皮切りに警察庁や内閣情報調査室への出向、そしてマレーシア沿岸警備隊の特殊部隊の創設任務などをこなし、「海保のジェームズボンド」と言われた男だ。だが昨年、福島県の保安部長だった時に「尖閣諸島事件」が起きたのだった。


だがその事実を国民に対して隠蔽しようとした左翼政権に対して憤りを感じた親父は、動画サイトにてその証拠動画を投稿した。

海上保安庁のキャリアだった親父の行動は大きな波紋を呼び、左翼政権やマスコミからは盛大に叩かれた。だが親父が全く悪びれもせず、平然として要られたのも、実は密かに保守勢力との取引がなされていたからで、また左翼政権の終焉が近い事を感じていた親父は母の勧めでいわき市郊外にある事故物件のログハウスを二足三文で買い、そこを拠点として講演や執筆活動をしながら過ごしていた。


翌朝、改めてヨットハーバー内を散歩してみる。

我が家の船は全長13.5m×幅4.5mの幅広の中型ヨットで船体には紫色の塗装が施されていた。

そのプレジャーボートとセイラーの中間の様なフォルムはモーターセイラーとかデッキサルーン言われるタイプだ。

内部は2(トイレ+シャワールーム)と2ベッドルームの構成で、デッキも合わせると小さな2DKの団地程度の居住スペースがあり、3人家族なら何とか生活出来るレベルだろう。


そして両親が東京を訪れていたのは、そのヨットの受け取りのためだった。

また神楽坂にあるこぢんまりとしたクラッシックホテルの長期滞在者用の部屋を借りていた事もあり、俺達はしばらくそれらを拠点として過ごしているうちに震災に関する色々情報も纏まって来た。


ニュース番組では、俺のいた東北湾岸部の町では地震による津波で大きな被害を受け、死者、行方不明者数は現在不明だが、恐らく千名を超えるだろうとの事だった。

そして予想に違わず原発は事故を起こしていた。


3月に東北地方を襲った大地震による原発事故により、事故のあった原発から半径30キロ圏内の住民に避難勧告が出されたが、そのエリアにはどうやら我が家も含まれている様子だった。

もちろんこの半径30キロという基準は科学的な根拠によるものではない。欧州の安全基準から考えると半径50キロでも不十分なくらいだろうが、もしこの避難エリアを半径40キロに広げただけでも、高速道路や多くの大企業の工場などがその半径に入り、またこれから補償を受ける世帯数も倍増する為、文字通り東北の経済はストップしてしまう事から、半径30キロを政治的な線引きとしたためだ。




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