世界は悪意に満ちている。
ボン
3話 デモ
2011年8月の日曜の午後
小雨の中、シュプレヒコールと共にデモが終わり
俺と要杏子は駅へと向かうまだ興奮さめやらぬ群衆の中にいた。
親父さんの転勤で東京の高校へ進んだいた杏子とは先日、偶然に有楽町マリオン前で再会したのだが、約5年振りに会った彼女はシャツの下からへそを出していた。
どうやら彼女はW大の政経学部の2年らしい。
「凄いな!」という俺に「商学部も法学部も文学部も落ちたのに運良く最難関の政経だけ補欠で受かったのよ。」と笑う。
「そういえばアンタって防大を3日で辞めたって聞いたけどああいう窮屈そうなところは合わないと思うけどね。」
「地獄耳だな。防大は収容所みたいなノリだからな。それに収容所は自衛隊生徒でもう充分さ。と言って今更センター試験を受ける気も無いから高専に編入した。」
「高専って、工業高校と短大を併せた様な学校だよね。」
「まあ、そんなところだ。余りの自由さに正直驚いて居るよ。
今はエクストリームのクラブに入って活動して居るよ。」
「エクストリームスポーツ?」
「ああ、壁を走ったり、ビルとビルとを飛び越えたりするアクション映画みたいなやつ。」
杏子は俺の身体を舐める様に見ながら
「ふぅ〜ん、随分と逞しそうだけど因みに今は何センチ?」杏子が再び言う。
「うーん身長180センチで胸囲110センチ、リーチは190センチ、首周りは50」と言いかける俺を遮る様に
「ハイハイ、分かった。やっぱりアンタ高専向きだよ。でも私が聞きたいのは大層ご立派になられた息子サンの長さなんだけど?。」相変わらず斜め上な杏子は舌舐めずりしながら俺の肩を軽く叩いて、笑う。元々明るくスケベな杏子は中学の美術の時間に石膏で男性器の貼り型を作って、上目つかいでそれを舐めるパフォーマンスなどして、男子生徒を沸かせていた事を思い出して、俺は苦笑した。
「でも他人ごとほぼ関心のないアンタがデモに参加してる事自体が意外と言うか、もはや驚天動地。」
俺が今回のデモに参加した理由は、今年の3月末に東京で開かれる筈だったスケートの国際大会が震災の影響で中止となり、その代替の大会が4月にロシアで行われた際にロシア大統領が東北震災の死者を弔うセレモニーを行なったのに対し、この民放局はそのそのセレモニー部分を全カットし韓国のスケート選手の特集を放映していた事がSNSで拡散され、強い憤りを感じた杏子に誘われたからだ。
俺は確かにフィギュアスケートに何の興味もないのだが、それでもこのTV局の偏向ぶりには普段穏やかな俺ですら腹が立った。
俺の曽祖父は満州赤十字の医師だったのだが、半島から逃げて来る時に犯され妊娠した女性たちが中絶するために設けられた九州の保養施設で一時期働いていた事があり、半島人に対しては好ましからず思っていたのだが、そのDNAは親父や俺にも引き継がれている。
「俺にはやっぱり杏子の側が一番心地よいよ。」と答えると杏子は「何を今更しおらしい事を。」と言いながら少し嬉しそうに表情を緩ませた。
俺と杏子との出会いは俺が中学3年の春に親父の転勤で海外より福島県の湾岸部の町に転入して来たことに始まる。
当時海上保安官だった親父は転勤が多く、俺は親父の転勤の度に各地を転々としていたのだが、元来のボッチ体質の上、大抵の事は一人で完結出来る器用さからこれまでそれほど不便を感じた事は無かった。
そして中学へ転入早々、転校生のお約束とも言える不良達からの洗礼を受けた俺は、逆に連中のNo.2の歯並びを変えてしまったことから受験体制に突入しつつあったクラスの中で早くも浮いた存在となりつつあったが、クラス委員の松田瑠衣ともう一人、ESS部長だった要杏子だけは優しく接してくれた。
杏子は軽度のアルビノから来る亜麻色の髪に白い肌、鳶色の瞳というエキゾチックな容貌を持ち、細っそりとした腰から脚にかけてのラインもまるでカモシカの様に優美かつエロテックで、当時よりとても年齢相応には見えなかった。
そしてそんな杏子と俺とは互いに初めての相手となった。
それは中学最後のクリスマスに、杏子の家に初めて遊びに行った時の事だ。
彼女の両親は大学生の兄を訪ねて上京して不在な事をいいことに、杏子が出して来た親脳モーゼルワインをしこたま飲まされた俺がそのままリビングで眠っている間に、いつしか全裸になった杏子が覆い被さって来た。
何となく期待はしていたもののまさかの嬉しいアプローチだった。
乳輪と共に下の毛もまた薄い色だった事は俺の予想通りだった。
また再会した際には、何処から聞いて来たのか杏子からは瑠衣との事をいろいろと聞かれたが、俺は確かに瑠衣と関係を持ったが、震災を境に瑠衣とは音信不通になったと告げる。
最初は疑いの目を向けていた杏子だが、瑠衣は金本光一によってドラッグ漬にされていたが、現在薬物治療の校正施設に入所しているらしいと瑠衣についての俺の知らないストーリーを話し始めた。
瑠衣の親父はカルト教団の教師の在日コーリアンで、日本人の瑠衣の母親とは別に在日同胞の妻がいたことが瑠衣が高校へ上がる際に発覚したため、瑠衣の両親は離婚して、瑠衣もかなり落ち込んだ時期があったらしい。そんな時に金本光一と瑠衣が交流を持つようになった事は聞かされていたが瑠衣まで薬物をやっていたのは初耳だった。
「あいつらは「土台人」と言って、北朝鮮の工作員による拉致活動の援助や資金援助などを行う現地工作員だったんだけど、中国製のクスリの流通まで手がけていたみたいだ。」
「親父からの情報によれば中国製合成麻薬は本来鎮静剤としても流通しているんだが、実はヘロインの50倍もの習慣性があり、やがて中毒者はバイオハザードのゾンビみたいになってやがて死ぬらしい。」
「そんなッ、瑠衣は大丈夫なの?」
「俺がみた限りだがまだそんなんじゃ無かったようだが。」
俺が言うと光一とその兄も現在行方不明者のリストに載っているらしいと言う。
「随分詳しいな。」と俺が言うと、「兄さんが市役所にいてね。それであの人達、特に金本兄の雄一って言う人は知人の在日の人の生活保護の陳情なんかで、随分と無理を言って来ていたみたいなの。だけどあの人達って、パチンコで随分とお金を儲けてるんだから、自分達の仲間の生活費位、自分達で払えばいいのにと市役所内では言われていたのだけど、怖くて表だってそれを言う人はいなかったらしいわ。アンタのお父さん以外にはね。」
「カエサルのものはカエサルにってか。」俺は呟くと、光一の姿を思い浮かべる。
瑠衣からの依頼は光一と別れる手伝いをして欲しいとの事だったが、ついぞや永遠の別れになった訳だが。
そして俺の親父はおそらく海上保安庁史上、最も有名な男だ。
元々キャリア技官としての入庁だったのだが、妊婦だった母が地下鉄でカルト教団による毒ガステロに巻き込まれた事を契機に公安職にジョブチェンジして対テロ特殊部隊に入隊、その後、警察庁や内閣情報調査室、海外勤務などを経て福島県の保安部長だった一昨年の夏に中国民兵の起こした「尖閣諸島事件」の事を左翼政権が国民に隠蔽しようとした事をネットの動画投稿サイトにてリークした事で、公務員の秘密守秘義務違反を理由に海保を追われたのだ。
それが左派マスコミや政治評論家達といったおかしな連中から恰好の攻撃対象となっているのだが、むしろ親父の行いは俺にとってむしろ誇りでしかない。またそれによってガス抜きがされたのか、密に囁かれていた自衛隊有志によるクーデターの噂が聞かれなくなったことも確かだ。
俺は、夢の島のヨットハーバーのカフェに杏子を誘った。俺はここの展望デッキからの眺めが気に入っている。
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