世界は悪意に満ちている。
ボン
4話 帰国して
2010年7月の週末
梅雨が明けた日の午前、俺は東京ドームからほど近い都の教育センターにいた。
ここで只今、「都立高校生」対象の留学支援プログラムである「ネクストリーダーキャンプ」第1期生の帰国式が粛々と進行している最中で、確か出発時には101名いたメンバーも途中ホームシックや体調不良になって帰国した者がいたりと、今日の帰国式に出席したのは俺を含め97名だった。
式典が終了し、既に夏休みに突入している様々な夏服姿の高校生達がわれ先にと会場を出て行くなか、唯一人居残りを告げられた俺だけが最後尾の席にポツンと一人取り残された。
しばらくすると出入口の扉が閉じられて、こちらへ近づいて来るハイヒールの刻むリズムと香水の匂いとは俺が良く知るものだった。
因みに、人によって異なる生体電位固有のリズムを捉える事で、俺を中心とした半径40m位までを「心眼」によって俯瞰視する事が出来る。
その人物は背後から俺の目を覆うと
「さて誰でしょう」イタズラっぽく笑う。
「蜜子さん。」俺が言うと
「うふふ、正解。」と背後から俺の首に抱きつき、軽く噛み付いてくるのは都の教育委員会から《セラピスト》》として留学に同行していた「如月 蜜子」だ。
スリムな長身にスッと伸びた背筋は日本舞踊の舞手の様な体幹の強さを伺わせ、ショートボブのキメ細かい髪に、白い半袖ブラウスの胸元をを押し上げる形の良いバスト、グレーのタイトスカートから覗くスラリと長い脚、クールな鳶色の三白眼に小ぶりでスッと通った鼻筋と甘美な唇との絶妙なバランスとはそのまま宝塚スターが務まりそうだ。
だが彼女の本来の顔は海上保安庁「警備情報課」に所属するキャリア組の海上保安官だ。
海保でのキャリア組は基本「技官」なのだが、蜜子サンやかっての親父みたいにに入庁後に「公安職」にジョブチェンジする者も少数だが居るのだ。
その蜜子サンから俺宛の2通の封筒を手渡された。
それは文科大臣と都知事からのものだったので取り敢えず開封しないまま
目を通して見る。内容はどちらも似た内容で、5月にアメリカで開催された「HAL国際学生科学フェア」での最優秀賞を讃える言葉と共に表彰したいので来て欲しいという旨の内容だった。
「HAL国際学生科学フェア」は別名「科学のオリンピック」と言われる世界的な理系高校生の競技会で、そのレベルは極めて高く、実際に歴代の優勝者からは多くのノーベル賞受賞者を輩出している事でも知られる。
そして今回、俺の貰った優勝賞金は特別賞を合わせて12万5000ドル、更にアメリカの名門私大であるコロンビア大やカーネギーメロン大から奨学金付きでのお誘いがあった位だ。
またそれ以外にも昨年ラスベガスで開催された高校生のEスポーツの国際大会で得た優勝賞金20万ドルを併せて俺がこの1年間の留学中に得た賞金は、日本円でざっと3000万円を超えており、またニューヨークのミリタリースクールではフェンシングチームの代表選手として学校の名誉のために大いに貢献した事もあって、
愛校心溢れる女子生徒や一部の職員にもモテモテだった俺はタイガーウッズの気持ちが少しは理解出来た様な気がしている。
そして日本を外から見れたことがやはり大きかった。
また日本の学校では教えていないが、アメリカとかつての敗戦国である日本との間には条約以上の効力を持つ「日米地位協定」と言うモノが交わされており、実は有力な官庁らも政府よりもアメリカからの命令を優先するのだ。
つまり日本はアメリカの植民地だと云う事を改めて理解出来た1年ではあったが、
ミリタリースクールには期待していたキューブリックの「フルメタルジャケット」みたいな教官も居らず、俺は日本で叶わなかった憧れのハイスクールライフを大いに満喫出来た事に満足していた。
取り敢えず封筒をグレゴリーのデイパックにしまい、俺と蜜子サンは1Fのエントランスロビーに降りた。
エントランスにはまだ半数くらいの参加者が残っており、仲の良いグループで記念撮影をしたり、おしゃべりを楽しむ者などそれぞれに賑やかな様相を呈して居るが
そこに俺を知る者は殆ど居ない。
というのも震災特例枠なる出発直前に参加が決まった事に加えその所属が「都立高校」では無く「都立高専」だったという事も関係している。
「高専」とは高等専門学校の略で、高校と短大を併せた様な5年制の学校だが、高校との最大の違いは、高専は大学などと同じく高等教育機関であり、当然ながら都の教育委員会の傘下にはない。
にも関わらず俺が今回のプログラムに参加出来たのはタカ派で知られる都知事の鶴の一声で東北震災の避難者に対する特別枠が設けられ、参加資格が緩和されたためだ。
そんな中でさっきからこちらをチラ見てくるのはミニスカートから粗挽きソーセージの様な太腿を覗かせた女の子を中心とした一団だった。
俺はノーマン・リーダスばりのスマイルを返すが、それに呼応してソワソワし出した女子高生の周囲の男子生徒達からのチリチリとした視線のベクトルを感じる。
蜜子サンと教育センターを出ると下りの総武線で浅草橋に出ると、メインストリートから外れた彼女オススメという路地裏にあるこじんまりとした江戸前寿司の店に入る。それぞれ上寿司を1人前半を頼む、親父さんがハケでトロに醤油を塗る手捌きを見ながら、久しぶりの寿司に期待大だ。
だが実際に握りの余りの美味さに俺達は会話を忘れて、寿司に没頭する。
隣で寿司を旨そうにつまむ彼女が秋より北欧の大学院へ留学する事から、もう間もなくお別れだが、海保キャリアである彼女が東京都の教育委員会に出向し留学プログラムへの随行員になって居たのは無論、彼ら留学生の面倒を見るためではない。
その背景には東アジア各国からの侵略行為がある。
よく中国の人権問題は、アメリカを始めとする西側先進国が中国批判する際によく使うカードだが、中国当局が政治犯としている連中やチベットやウイグルの少数民族、貧しい農村から売られて来た無戸籍児らを生きながらにして解体して、その臓器を売買しているというのがその実態だ。またある政治家の妻などは旦那の愛人を殺して人体標本にするなどマトモな人間ならおおよそ想像もつかない様な事をするのが中国という国だ。
にも関わらず、グローバル化を叫ぶマスコミや人権団体も敢えてこう言った問題に全く触れようとしないし、平和ボケの日本人の多くも無関心で対岸の火事位にしか思っていない。
だが現実にはアメリカでは臓器移植のドナーが現在1億人いるにも関わらず、実際に移植される迄には3年程待つのに対して、中国に置いては臓器移植のドナー登録が30万人以下であるにも関わらず、金さえ積めは早くて数日後には臓器移植手術が出来、また日本からも臓器移植の為に中国を訪れる者は少なからずいるのだということを日本人はもっと知るべきだろう。
実は、戦前より名門の子弟が通う事で知られる某名門私大では、最近まで左翼政党の幹部である国会議員が客員教授として法律を教えていたらしい。因みにその教授は左翼政権が発足した際に閣僚入りしたため、現在大学に籍は無いようだが、他の学部にはゼミ旅行で韓国の従軍慰安婦を訪ねるなんて教授も居たりする。これはゼミ旅行にかこつけ、学生達に自虐的歴史感を植え付け、半島に対する「謝罪と賠償」とを永続的に行わせる事が目的なのだが、最近青年皇族がミッション系の大学に進学するようになった背景にはこういった事情もあるのだろう。
また中国では「超限戦」=「ハイブリッド戦」もしくは「静かな侵略」と言われる非戦闘員を使った情報や経済の操作。また賄賂やハニートラップを用いて政治家や自衛官とその家族を抱きこむなど、軍事面と複合する形で多極的な世界侵略を進めており、日本に置いてかなりの数の親中政治家やスパイを生み出している。さらには、アヘン戦争の仕返しとばかりにヘロインの数十倍の習慣性を持つ合成麻薬をカナダやメキシコ経由でアメリカに大量に流入させており、アメリカにおいては昨年この合成麻薬による死者は4万人を超えているのだ。
因みにユダ店長もこの薬の売人であり、また瑠衣も光一にこの中国製合成麻薬を使われて操られていたのだ。
また俺は何故彼女が海保に入ったのかを初めて聞かされた。
まだ高校の時、長野県に住んでいた際に冬季五輪のポランティアに参加していたのだかが、何故か中国人達が暴動を起こした際、警察が見守るだけで何もせずに、むしろそれに抗議した台湾人だけを逮捕したのを目の当たりにして、警察や政治家に対して不審を抱くようになったからだ。
大学の4年時に大学院に進むか就職するか進路を考えていた時に官庁訪問で海上保安庁を訪れた際、大学の先輩であり当時「警備情報課長」だった親父から海保は日本で唯一、警察力と軍事力を持つ組織であり、また他と比較して現場での裁量が大きい事を聞かされ海保に興味を持ったらしい。
30分後、笑顔で店を出た俺達はおそらくこれが最後となるであろう長いキスを交わし別れ、俺は薬物中毒で入院中の杏子の元へ向かった。
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